2022年7月19日 人生でやり直したいシーンとは…
先日友達数人と飲んでいた時、「人生でやり直したいシーンは?」という話になった。やり直したい時代とか時期ではなくシーン。例えばプロポーズがうまく言えなかったとか、就職活動の面接で思いもしないことを口走ったとか、そういう話。その時は私はお酒が入っていたこともあって聞き役に徹していたのだけど、ふとその飲み会の翌日、頭によぎった苦い思い出がある。
高校2年生の時、生まれて初めて海外へ行った。これは学校が主催する交換留学制度のようなもので、2か月ほどイギリスへ行き、現地の高校に通いながらホームステイをするという内容だった。私のクラスは英語を専門とするコースだったため全員参加が決まっていた。当時の私は毎日友達と遊ぶことがなによりも大事で、海外に興味もなく、将来を考えることもなく、英語の成績もクラス内で真ん中くらい。そんなだから「あーめんどくさいな」くらいに思っていた。(今思えば高い旅費を出してくれた両親に申し訳ない…)
数か月前から、あちらの文化を学んだり、旅行会社から持参物の説明を受けたりと着々と準備が進む中、出発直前のホームルームで、ホームステイ中の係決めが行われた。毎日起きたことを記録に残す係、日本の文化をプレゼンする係、写真係、日本からのプレゼントを準備する係など。まずは希望者を募り、誰もいなければくじで決めていく、確かそんな決め方だったような。
その中で私はとんでもないくじを引いてしまった。「クラスリーダー」という係である。名前の通り、クラスの代表として動くのだ。移動の際に点呼を取ったり、注意事項や伝達事項をクラスメートに伝えたりというのが主な役目だったと思う。英語に自信がない私は引率の先生やクラスメートたちにどうにか代わってくれないかと懇願したが、誰にも相手にされず…。
こうして不安を抱えつつも、クラスメートときゃぁきゃぁ言いながらイギリスへ出発した。到着した初日はすでに夕方だったので、各ステイ先のホストファミリーと初対面を行い、そのままステイ先へ。幸いにも私のホストファミリーはとっても優しい方々で安心した。
翌日は、2か月間通う現地の高校へ登校した。登校後、校長先生と我々留学生の簡単な面談が予定されていた。校長先生のお部屋はとても広くて、我々日本人学生40名が入っても十分に余裕があるお部屋だった。女性でとっても美しい校長先生はクラスリーダーである私にあれこれしゃべりかけてきたが、あまり理解できてない私は笑顔で返すのが精いっぱい。引率の先生が苦い顔をしていた。
予定ではその面談後、すぐに授業に入るはずだったのだが、校長先生が気を利かせて下さって「この後、ホールで全校集会があるから、そこにあなたたちも参加してください。皆さんを紹介しますから。」と言ってくださった。私たちは大きな学校の敷地内を緊張しながらぞろぞろと歩いて、いつの間にかホールへと入っていた。
ホールは、前方に大きなステージがあり、客席(この場合は生徒が座る席)が500席くらいだった。ちょうど現地の生徒さんたちも到着したばかりのようでホール内は英語でまみれていた。(当たり前である)我々留学生も指定された客席側に座りつつ、マンモス学校だなーと思っていたら「あなたはそこじゃないわよ、ついてきて」と校長先生に言われ、私は何のことかわからないまま、校長先生について歩いた。
薄暗い廊下のようなところを歩いて、少し明るくなって廊下が開けたなぁと思ったら…私はなんと校長先生と一緒にステージの上にいたのだ。おそらく400名くらい(そのうち40名は日本人クラスメイト)の視線が一気に私へ。
ステージ中央にはマイク、そしてマイクの後ろにはイスが2脚おかれていた。1脚は王様のイスのように赤くて、背もたれ部分が高くて見るからに豪華なイス、もう一脚
は木製でがっちりしたイス。まず校長先生は私に座るように言った。どちらに座ったらいいかわからず、近い方にあった赤いイスへ座った。
校長先生はマイクの前に立ち、学生たちに朝の挨拶をした後、我々について紹介してくださった。学校名だとか、どうして交換留学をすることになったのかなど。そして最後にとびっきりの笑顔で言ったのである。「それではクラスリーダーから挨拶をしてもらいましょう」と。
頭が真っ白になるというのを私は17歳で初めて体験した。マイクの前に立つのも、400人を目の前にして話すのも、まして英語でスピーチするのも、初めてだ。引率の先生も予期していなかったようで、ステージ下で泣きそうな顔をしていた。今更クラスリーダーという大役をくじで決めてしまったことを後悔していたのだろう。
マイクの前へ出るよう促された私は、消え入るような声で「ナイストゥーミーチュー」と言ったものの、そこからの記憶はない。とりあえず日本で練習してほぼ暗記したホストファミリー向けの自己紹介をして、そのあとは何と言ったのだろうか…。おそらく引率の先生がこれは限界だと感じたんだと思うけれど、大きな拍手をして、それにつられて現地の生徒さんや先生方も拍手をしてくださり、私は深々とお辞儀をしてイスへ戻った。
その後、いくつか注意事項などの共有の後、全校集会は終わった。校長先生は私に「今日から2か月間、英語頑張りましょうね」と美しい笑顔で言ってくださった。いくら高校生でもこの意味は分かる。
クラスメイトの元へ戻ったらみんな慰めてくれて余計泣けて来た。そして引率の先生に言われた。
「おい、お前の英語めちゃくちゃだったぞ」
「それとなー、あの赤いイスは校長先生のイスだぞ。お前なんであそこに座ったんだ?」
その先生のことを殴ってやろうかと思ったのはこの時だけだ。
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