第10話 離脱

 水瀬が格納庫へ戻ったころには、彼も駆けつけていた。


「シンギュラリティ・コモンズか。

 確認する」


 金紅は端末を取り出し、パネルを操作する。


「体長1メートル大の蝙蝠型、複数いるな。

 場所は新世代外郭放水路予定地、暫定調圧水槽。

 詳細は――行ってからだな、話の途中ですまない」

「仕方ないだろ、どのみちすぐに出ないと」



 結は人形に乗る水瀬を見下ろしていた。


「で……こっからどうするんだろうね、うち」


 大人しく帰れというならそこまでだし、ここに居残るだけの理由はない。

 水瀬のことは心配だが、ここにいて自分にできることはないのもわかっていた。

 と――直後、また人がデッキへ入ってくる。今度は金髪の女性だ。


「あなたが教授の娘さんか。

 初めまして……では、ないわね」

「金紅くんの、お義母さん」

「改めまして、天縫ひさめです」

「お久しぶりです。

 父の部屋に、よく来られていた学生さんですよね」

「切原くんに会いに来たの?

 今から出動だけど、間が悪かったかな」

「いえ、さっき色々話せたので。

 そろそろお暇しようかと」

「そっか……ま、ゆっくりしていって頂戴。

 こっちはしばらく、手が離せなくなるけど。そういえば、切原くんのアドレス帳とかは?」

「いえ、まだ」

「いま送っとくよ」


 ひさめは携帯端末を取り出した。


「いいんです?」

「私はふたりが現地に着くまでやる事ないから。敵が積極的なら、また話は変わってくるけど。

 彼、他人に異能のこと話したがらないでしょ。

 金紅ほど、自分の力を前向きに捉えるのが稀か」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「そりゃね……切原君は、あの子とはタイプが違う。

 こと異能使いの生い立ちなら、彼は典型的だ。

 彼の力は、人形の運用に際して、あまりに汎用性が高いのよ。

 斬撃を彼の認識できるいつでもどこにでも配置して発動する。

 破壊において、他者の追随など許さない、圧倒的な暴威。

 彼が人形に乗るのは、きっと必然だった」

「でも彼は、それを望んでいないんじゃないですか」

「だったら一人で生きていくという、あの思い上がりを捨ててもらわないとね」

「思い上がり?」

「いや、高望みというのが正しいか。

 けして不相応なものじゃない、でも彼が当たり前を求めれば、代償は高くつくの。

 全ては彼の異能を見出した、大人のせいだけど。

 彼自身のせいでない失調マイナスを、プラマイゼロに引き戻すだけで彼の時間は吸われてる。

 ……私にできることなら、今だって叶えてあげたい。

 あの子は私に、心を開かない」



 金紅の声がスピーカーから聞こえた。


『群体が他の通路や地上に這い出す前に封鎖し、掃討する』

「地下ならとどまっているうち、まとめて水没させられないのか」

『理屈はとかくあくまで予定地だ、実際にそれをやるのは難しいな。

 必要な箇所は土嚢を積んで、誘導している。

 おびき出して、しらみつぶす』

「そう。……キャンサーシステムのマップを共有する」


 交感ネットワークの反応を検出する手立ては少ない。

 キャンサーシステムは、現状緋々絲のみに搭載される。

 緋々絲が現場についてから、暫定だった反応が実物と確定することもあり、今回もそうだ。


「人形で切り込まずに済むなら、楽だけど」

『機体が心もとないか?

 問題ない、俺がお前を守る』

「馬鹿――逆だろう」


 たとえ切原水瀬が死んでも、その逆、というのに。


「それじゃなんのために、俺が前に出るんだ。

 ずっと待ちぼうけ喰らってきたのに」


 緋々絲を水瀬の手で、曲がりなりにも二度目の実働にこぎつけた。

 金紅が笑っているように感じる。


「楽しそうだな?」

『やっとお前と、人形で肩を並べることができる』


 双剣を構えた緋色が先行し、後から黒乃瑪瑙が続く。

 緋々絲は装甲重量の関係で、相変わらず剣と胸部に内蔵されたガトリング砲のみ――かたや黒乃瑪瑙は元の盾型な手甲に加え、水瀬への補給も兼ねて腰部と両腕に計四丁のサブマシンガンを追加で携行する。 


「敵の反応を押さえた!

 正面から同時の異能で叩き潰す!」

『了解だ、まずはうち漏らさない!』


 水瀬の道いっぱいに放った波動が、群体を圧倒すると、その間隙を踏破しよう後続を、金紅の手甲から放たれるオニキスが縫い墜としていった。


『銃器など、携行するまでもないな』

「警戒はしてくれ。

 キャンサーシステムの情報は、通常の電波通信で処理してる。

 補助脳と相性もよくないし」

『システムを組んだのは、俺とあの人だぞ?

 織り込み済みだ――しかし、この群体。

 統制する親玉がいるようだ』

「さしずめ蜂における、女王ってことかな。

 交感ネットワークが齎した変化、だけだと想うかよ天才?」

『……いや、自然発生とは言い切れない。

 そもこの空間、工事で人の手が入っていたはずなのに、異形化するまで、蝙蝠の一匹も見つからないままだったはずだ』

「つまり」


 全容を知るには、より深部へ行かねばならない。


「この群体は、人為的に発生したと?

 交感ネットワークや補助脳さえ、その最先端の俺たちで、到底御し得ていると言えないのに」

『まだ憶測の域だ。

 さっきからキャンサーの解析で出てる、ひときわ大きな反応が怪しい。

 こいつを捕縛できないかな、できれば生かしたまま』

「交感ネットの反応は、生体から検出できない。

 とはいえ、人為的な痕跡が見つかるなら、生死は問わないでいいんじゃ?」

『なら競争だ。

 どっちが先に、親玉を倒すか』

「仕方ないな……」


 それで金紅のモチベーションが向上するなら、乗ってやらないでもない水瀬である、ところで金紅は一言付け加えるのだ。


『じゃ勝ったほうが、藍野さんとデートする。

 がんばれよ』

「――は?」


 道の硝煙が晴れるとともに、黒の人形が水瀬より先へすり抜けていく。

 暢気なことを、そう想うと同時に、この場にいない彼女に決定権がないことを引き合いに出した彼に、初めての怒りが湧いた。


「……ふざけんな」


 発破をかけたというより、あいつは結を山車に俺を試している。


「誰がそんな口約束、本気にするんだよッ」


 機体の出力を上げようとした途端、


「は?」


 黒乃瑪瑙――金紅の人形、その反応が消えた。



 金紅の消えたポイントは、そこから道が陥没するように一気にひらけた空間だった。

 場所の構造はリアルタイムで地形をスキャンしているので、煙や物理的な障害がなければ、まず問題ない、しかし――。


「キャンサーシステム、交感ネットの反応は奥からするけど、群体が密集し過ぎてる? まだはっきりしない!

 黒乃瑪瑙はどうなった、損傷してればペインマーカーの情報が必ず送信される、これで電波障害でもないなら――まさか吞み込まれた」


 自分の想定は、あまりに突拍子のない。


「そんなまさか、全長8メートル近い機体を、こんな閉所で?

 群れの個体は大きくても2メートル前後、じゃああいつの言ってた統制個体……こんな近くに?

 まずは確認しないと――金紅っ、何があった!」


 返事はなかった。


「落ち着け、あの天才が、簡単にやられるわけ。

 俺より人形の実働時間は長いだろ、俺なんかいなくても、あいつひとりで解決してきたじゃないか、これまでだって!」


 少なくとも繭の件より前は、ずっと彼と黒乃瑪瑙だけで、シンギュラリティ・コモンズには対処してきた。群体にあたるようなことは、まず少なかったが。


「敵が攻撃的に活性している様子もない。

 ただの事故か?

 だめだ、いったん後退して、観測所の指示を仰がないと――ひさめさんに、何て言うんだ……」


 俺が止めなかったから、金紅を見失ったと――怒られるのが怖いのではない、観測所における金紅の存在がどれほど重要か、知っていたはずなのに、こんな迂闊に彼を見失うなど。


「反応が……近い!

 黒乃瑪瑙の信号が生きてる!

 おい天才、返事をしろ――なんだ、これ」


 区画を隔てて、ひときわ大きな交感ネットワークの反応――人形の反応もまた、その中からだった。


(やはり取り込まれて――念のため、マーキングしないと)


 前進し、周辺の群体を斬撃で払い、足元から見覚えのあるものを拾う。


「金紅の持ってたサブマシンガン、バレルは無事そうだが――」


 目標の個体の足元へ滑り込みながら、握ったクナイ状のビーコンを下から突き上げる。手応えはあった、これで以後、対象を確実に捕捉できよう。


「反撃してこない――体型が歪だ、自分の身の丈の半分以上あるものを、取り込もうなんて、羊呑んだ蛇じゃあるまい!?」


 水瀬は壁を伝い、群体を突っ切って離脱する。

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