失せ物出でず
初めて家の鍵を持たされた時、失くすのが怖くてずっと握りしめていた。
中学一年の夏だったろうか。知らないことが多かったあの頃は、知らないことすら知らなかった私は、必死だったのだ。ただこれだけは、大事なものだから、大切にしていないとダメなんだと、そう信じていた。
幼い少女の手はいつも、生暖かく鉄の臭いが染み付いていた。
そんな健気な少女も何度か鍵を失くしたことがある。
部屋をひっくり返す勢いで掻き乱しては、机の下やポッケの中で見つけて、胸を撫で下ろし、また失くす。
そんな間抜けを繰り返すうちに、大きくなった彼女の手には、媚びるように甘い香水がつけられていた。
ブランド物のキーケースには、鍵が3つ。
26歳を目前に、私はまた鍵を失くしてしまった。相変わらず間抜けで、探すことすら諦めているような私は、あの頃の焦りも、葛藤も、失くしてしまったらしい。
鍵ならいつか出てくるだろうだなんて呑気に考えながら、今日も寂しく底なし沼の上を歩いて帰る。
少し重たい玄関のドアを開けた先から、微かに鉄の匂いがした。
淡い期待を込めて放たれた、ただいま、という声は、誰もいないリビングへと消えていった。
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