coda
私は子供の頃から耳が良かった。調律師である父が羨ましがるほどに。
幼かった私は、大好きな父に褒めてほしいがために、たくさんの間違いを犯した。耳が悪くなっていく父の気持ちを、慮ることなどできなかった。
時には父が調律したピアノを弾いて、音が濁っていると言ったこともあった。子供とは、残酷な生き物だ。
そんな残酷な生き物を飼う家族は、いつの日からか少しずつその調和を失っていった。
ある日の朝、母のいってらっしゃいという声があまりにも耳障りだった。父のおはようという声も、いつもより少し上ずったような、不気味な違和感があった気がする。
確かあの日は、父が出張に行く日だった。私はというと、中学校に行ってからそのままピアノのレッスンだった。コンクールが近いから仕方なかったが、当時は家族の時間が徐々に減っていた。
高校生になった今、子供部屋のベッドに寝転ぶ私は、もはや子供とは言えない大きさになっていた。
使い古したマットレスは所々柔らかくなって、最近よく軋むようにもなったし、抜け毛も多くなった気がする。コンクールへのストレスは私が感じている以上のものなのかもしれない。
こうやってあれこれ考えていても、小さくなったベットがずっと、ギシギシとうるさく話しかけてくる。
私を嘲笑っているみたいに。
私はもう何年も父の調律したピアノを弾いていない。母は私のコンクールには来なくなった。
スタートを告げるピストルの発砲音と、バットが球を打つ気持ちの良い快音に、グラウンドを走る隊列の合唱。私の好きな音は屋上の扉を開ける時のA4bの金属音。
グラウンドに響き渡る声援を想像しながら、フィナーレを飾る私は、渾身の一音を携えて、音の海に飛び込んで行く。
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