ハードバックストーリー

いつもの喫茶店でホットコーヒーを注文する。今日のお相手は大学生の男の子だそうだ。彼は私にどんなお話を聞かせてくれるのだろう。期待に胸を躍らせながら、バッグからメガネを取り出す。


一昨日の異世界から転生してきたという青年に比べると、少しだけ、堅苦しい雰囲気ではあったが、お話が進むにつれて、私は少しずつ、彼の生きる世界に惹かれていくのであった。


けれどコーヒーが冷める頃にはいつも、いささか注意力が散漫である私は、今夜はなに食べよっかなあ〜、なんて考えてしまう。これだから私は同性の友達が少ないのだろう。学生時代の苦い記憶がフラッシュバックしかけるも独り、必死に抵抗する。ああ、悲しきかな、コミュ障芋女め!


と、そんなことはさておき、彼のお話に集中し直そうと思い、少し背筋を伸ばし、前を向いたら、閉店のお時間ですので、という優しく退店を促す店員さんの声が聞こえた。


私は向かいの椅子に置いた鞄から財布を取り出し店を後にした。


中途半端なところで彼との時間が終わってしまい、一人で夜道を歩く、少し物足りない気分の私は、また次の彼を探しに行ってしまう。


ざっくりと五十音順に並べられた、無数のプロフィールたちを前に、まだ知らない彼に会うために。

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