代理

長万部 三郎太

正体がバレて

わたしは某出版で働くしがない編集者。

薄給で奴隷のように働く日々だ。


ある日、わたしは憂さ晴らしと暇つぶしを兼ね、小説投稿サイトに登録をしてみた。

これが意外とハマってしまい、ここ最近は毎日のように新作を上げている。


しかし何の因果か、企画会議でわたしのアカウントが取り上げられ、書籍化計画が立ち上がったからさぁ大変。しかも “わたし” の担当はわたしだ。



弊社は副業こそセーフだが、さすがに正体がバレてしまっては企画も中止だろう。

夢見る印税生活のためにも、わたしは策を練った。


あらゆる事態に備え、著者に関するいくつかの『設定』を盛り込むと、友人に土下座をしてギャラを振り込むための口座を間借りした。


著者と編集担当の打ち合わせは必要ない。なぜなら頭の中で完結するからだ。

仕事は実にスムーズに進み、あっという間に校了。



初版こそ部数が絞られたものの売れ行きが好調で度々重版がかかり、わたしの著書はベストセラーとなった。

思わぬ印税収入で喜ぶわたしに、編集長がこう尋ねてきた。


「我が編集部にとって、久しぶりのヒット作になった。

 ぜひ先生と懇親会を兼ねた打ち上げをやりたいので、セッティングをしてほしい」


この提案にわたしは焦った。これまで打ち合わせや契約、請求書まわりなど、1人でごまかすことはできたものの、本人を連れてこいというオーダーはなかったのだ。


わたしは咄嗟に “設定した” 事情を説明した。


「先生は郊外在住のうえ、車が故障しているようです。またつい先月足を骨折したとのことですので、接待とはいえ今遠出を強いるのはご迷惑になるかと」


編集長は不服そうにこう提案する。


「なら取り急ぎ、ご挨拶とお礼の電話をかけよう。先生の番号を教えてくれ」


さらに考え、こう返す。


「先生は夏風邪で咽喉をやられており、ここ最近のやりとりはメールが基本です。お電話をすると、お身体にご負担をかけてしまいます」


「では、ご挨拶だけでもできるようwebカメラの準備を進めてくれ」


さらにさらに考える。


「実は先生は目の手術をしたばかりで、物を注視することは難しいと……」


「そんな状況でご執筆頂いたのか。

 ではもうご自宅に伺うしかないな。お前と副編を連れて明日にでも行こう」



『……先生はもう死にました』



この会話の流れでそう切り出せるメンタルがあれば、わたしは今頃局長にでもなっていただろう。編集長からの要求に対して、わたしは最後の手段にでた。


翌日。


「こちらが先生のお宅です」


わたしは口座を間借りした友人の家に編集長たちを案内した。

郊外と呼ぶには駅から近すぎたかも、と今更心配したがもう遅い。

ドアベルを鳴らすと家の奥から元気のよい足音とともに友人、もとい先生が現れた。



「やぁ、どうもいらっしゃい。皆さんスーツで暑いでしょう? さぁ中へどうぞ」



わたしの設定とは裏腹に、足も咽喉も、そして目も達者な先生だった。





(すこし・ふしぎシリーズ『代理』 おわり)

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代理 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

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