本の壁

 真冬の夜。

 肌を突き刺すような鋭い風を、鼻上まで撒いたマフラーで凌ぎながら、私は夜道を歩いていた。

 コートやらパーカーやらでグルグル巻きな上半身はともかくとして、スカートとストッキングくらいしかない下半身はかなり厳しい。

 私だって受験生とはいえ女の子だ。お洒落の一つくらいはしたい。

 おしゃれと言うのは幾らかの犠牲の上で成り立っているのだ。脚が冷たいことは我慢するほかない。


 とはいえ、流石に厳しい。明日からはジーンズにしようか迷いどころだ。

 などと考えながら寒さに耐え忍んでいれば、いつの間にか家に着く。

 家族はもうすでに寝ているだろう。

 すでに冷えた夜ご飯も、いつも通りレンジで温め直すとしよう。

 そしてご飯が温まるまでの数分間、カバン野中に突っ込んである筆箱やら参考書やらを自室の机に広げ、そのままリビングに戻ってご飯を食べる。


 ……ここまで、私以外に音はない。

 なんて静かなのだろう、と年柄もなく考えてしまう。

 妙に感傷深くなった訳ではないが、数ヶ月前まではこうでなかったのだから仕方ない。


 食器を片付けて、お風呂に入り、自室に戻る。

 机の上には、予め広げておいた参考書。

 私も、今や尻に火がついた受験生だ。復習をしないなんて事ができるほど、私に余裕はない。

 音楽をかけることもなく、私は黙々と今日解いた問題の、自分の回答と解説を照らし合わせていく。


 一時間近くが過ぎ、ようやく今日の勉学が終わる。

 これもいつも思うことだけど、本当に静寂の時間が長くなった。友人と話すときも、もう趣味の話はなかなかできない。


 寂しいけど、これが正しいのだろう。

 この静寂も、私が成長するために必要な事なのだろう。

 正直、どこでどう必要になるのかは分からない。

 けれど、したほうが良い事であることくらいは流石にわかる。


 机の端に積み上げられた小さな本の壁は、いつか私が大きな試練に立ち向かわなければならない時に踏み台になってくれるはずだ。

 だから、今日も静寂を抱いて眠ろう。

 かつて私を閉じ込めていた布のオリに。

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