お腹がなった音。

俺の右隣席の女子が可愛い。


これは、見た目に対してでなく、俺が言いたいのは彼女の行動に対してだ。


俺の名前は、高美 遥星たかみ はるせ


彼女の名前は、弥吉 凛瑚やよし りこ


この物語は俺と彼女の二人で交わした何気ない日常の話だ。


俺が彼女のことを可愛いと思い始めたのは、中学二年生のある時からだった。



春先、俺達は学年が1つ上がり、二年生となった。つまり、新しいクラス分けがあった。


新しい学期が始まり、すぐに席替えがあった。俺と彼女はその時に初めて隣席になった。とういうか、彼女とはこの時初めて同じクラスになった。


彼女の隣席になったばかりの時、俺はこんなに彼女のことを愛おしく思うとは考えてもいなかった。


俺も彼女も席の移動が終わった、咄嗟の瞬間だった。


「となり、よろしくね♪」


「よろしく」


彼女は頬を緩ませた表情で俺に話しかけてきた。どこか浮き足立っているように見える。


それが完全に俺への何気ない挨拶一言にも現れていた。


新学年へと進級したら、少しぐらいは皆浮き足立ってもおかしくない。それは彼女も例外ではない。


「ねぇねぇ、あれだよね」


「あれ?」


俺はまた彼女に話しかけられた。


「部活で一緒だったけどクラス一緒になって色々するの初めてだよね」


「あー言われてみれば」


俺は結構咄嗟の会話で少し慌ててしまい、気の利いた返事すらできなかった。なんか情けない。


ちなみに会話に出てきている通り、俺と彼女は同じ部活動に所属している。


だが、彼女と会話した機会はそれ程多くない。


二人とも陸上部に所属しているが、競技している種目が違うから、練習で同じ練習をすることはそれ程多くない上に全体練習では、会話するような雰囲気も機会もない。そのため、同じ部活に所属する同級生にも関わらず、彼女との接点は薄く、会話を殆どしたことがないのだ。


「フフフ。なんか新鮮な感じだね。学年も上がったし、いいねっ」


この春季節をだれよりも堪能しているように嬉しそうな顔で言った。


「そうだね。いいねっ。新鮮な感じで」


「だよねー」


もっといい返事ができただろうと思ったが、俺にはこんなひねりのない台詞で限界だ。もっと口上手だったら良かったのに。


この日ほど、そう思った日はなかった。


特にこの日はその後に会話も関係の進展が訪れることはなくその日は終わった。


次の日も

「おはよう」で始まって、

「今日の部活どんなかなー」と当たり障りのない会話を交え、

「次の授業は数学だよね?」と授業の間に雑談をたまに挟み、

「今日も部活頑張ろうねー」などと声を掛け合いながら部活へ向かう

そして、最後は「またねー」と言葉を交わして帰宅に入る。


非常に充実している何気ない日常が続いた。

特に変わったようなことはない。

と言いたいが、俺の今までの日常に彼女と関わっていた記録はない。

つまり、特に変わったようなことはないというのは噓だ。

確かに時間の流れに変化はない。

だが、俺の日常には何気ない大きな変化があった。


今までの俺の人生にいなかった彼女の存在だ。

近いはずなのに、交わることのなかった存在であった彼女と隣席になったことで初めて関係ができた。

今までの人生の中でそれ程女子と関わりがなかった俺にとってはこの距離の関係は新鮮なものだった。

これだけでも俺はじゅうぶんに、彼女に惹かれていたと思う。


そんな感情が高まりつつある日だった。

進級してから2週間が経とうとした4限の授業でのことだ。


俺も彼女もいつも通り授業を受けていた。


教室から漏れる音は黒板に書き込むチョークのゴシゴシとした音と先生の授業の声、生徒がノートに書き込むシャーペンのカタカタとした小さな音の集合体だけだった。


この教室を支配する音は、静寂とは違う静けさ。


様々な人間が入り混じるこの空間にはいくつもの音が重なり合っている。


そんな時だった。


『ぐぅ~~』


お腹が鳴る音が俺の耳入る。間違いなく人間が空腹時などに鳴らす音だった。

そして、この音の出どころも分かっている。

なぜなら俺だけに聞こえる位の大きさの音だった。

つまり...


「・・・」


俺は隣に座る彼女の方を見る。


すると彼女は、お腹を抱えて恥ずかしそうに俯いている。


「・・・!!」


恥ずかしそうにして俯ていた彼女がこちらに気づいたようだ。


彼女はグイグイと距離を詰めよってきて、俺にだけ聞こえる大きさでこう囁いた。


「聞こえた?」


『ドキッ』


照れた様子で俺にだけ聞こえる音量で耳元に囁かれた俺は思わず彼女に対して感情がたかぶってしまった。


ドキドキしてしまっている。


「やっぱり聞こえてた?」


彼女はもう一度確認するために、頬を染めながら、恥ずかしい思いを必死にこらえて俺に聞いてくる。


俺はこの様子を見て、不覚にも彼女のことが可愛いと思ってしまった。


愛おしいと思った。


そして、俺も照れた風にこう返した。


「...うん、聞こえた」


『カァァァァ』


俺の返事を聞いた彼女は一層頬を染めた。


一瞬だけ、照れたように俺から目を離した。


そして、もう一度俺の顔覗き込んで、こんな言葉を笑顔で返してきた。


「お腹空いちゃって」


彼女は恥ずかしい思いを隠すために笑顔をつくった。


その照れからくる必死な笑顔も隠そうとする行動もどれをとっても可愛すぎる。


「そこ二人どうしたー?」


『ビクッ』


「あ、えーと...」


顔を見合わせていた二人。


二人していきなり先生に話しかけられたことに戸惑ってしまう。


「大丈夫か?」


先生は、心配と困惑の表情で、教壇とこちらにある微妙な距離間から問いかける。


「だ、大丈夫です」


と、二人で落ち着きのない態度で返す。


そんな時だった。


『キーンコーンカーンコーン』


チャイムが鳴り、その授業の終わりを告げる。


「じゃあ、今日はここまで。続きは次回以降なー」


こうして授業の終わりが告げられて、挨拶をし、クラス全体が給食に向けて準備を始める。


「・・・」


「・・・」


二人して言葉を詰まらせて黙る。


先に口を開いたのは彼女だった。


「すっごくお腹減ってたから。他の人には聞こえてたりしてなかったかな?」


彼女は、少しうつむきながら、上目使いで俺にそう問いかけてくる。


「た、多分...他の人全然反応してなかったし」


「そうだよね。そうだよね」


同じ言葉繰り返したってことは俺が思う以上にお腹が鳴ったことに対して意識しているんだ。


「生理現象だから仕方ないってわかってるけど、やっぱり他人に聞こえるのは恥ずかしいね」


照れたようにして彼女はそう言った。


お腹を鳴らしことに照れた様子で自分と会話する彼女の姿がすごく可愛いかった。

この時はわかっていなかったが、俺は完全に彼女の虜になっていた。


「お腹減ったね。はやく食べたいな~」


「そうだね。はやく食べられるといいね」


「なんか他人事だね。お腹減ってないの?」


「いや、めちゃくちゃお腹減ってる」


「私と一緒だね」


「お腹が鳴るほどではないけど」


「も~それはいじわるだよ~」


この時のどこか不満そうにしてながら、楽しそうな顔は忘れられない。



ここから、俺達の関係は本当の意味で始まる。


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