0話

力なく座り込んだ真響の手の甲に、雪の上に大粒の涙が跡を落とす。

ぱらぱら、ぱらぱらぱら…。

涙に昏くれる真響は知る由もないが…いま、真響の身辺に尋常ではない現象が起きていた。

涙が頬を伝い落ちてその身を離れた瞬間、銀色の魔力が眩く輝いて球に変わり、雪の上に落下する。

点々とまばらに散らばるのは、真響の涙───もとい、真珠たち。

感情の赴くまま、疲れて涙が止まるまで濃い銀色の魔力が咲き、真珠が降り積もった。



とある世界の片隅。

人狼の青年は祓魔師の軍勢に追い詰められ、切羽詰まった末に本来ならば絶対に空けてはならない次元壁に隧道バイパスを拓いた。

執拗な爆撃に火の粉を散らして燃え盛る街並みを背に逃げ惑い、もう何処にも逃げ場がなかったのだ。

逃げなければ、逃げなければ残る道は死のみ!

しかし…それが悪く働き、彼は生じた負荷により未知の空間に弾き飛ばされた。


───ズザザザザァ……ドオ…ッ!


「ギャッ、ぐあっ! がっ、かはっ……」


生々しく血の滲んだ満身創痍の身体が、吹き晒されて硬い雪の上を転がり落ち、なだらかな窪みで漸く動きを止めた。


「ぐ…っ………ハア、ハア…かろうじて、生きている、か……」


ここは何処だろう。

言い表せない強烈な痛みに軋む身を擡もたげた彼の視界一面に映るのは、広大な雪原とその周囲を囲うようにして聳える険しく雄大な山脈。

未知の異世界とは思えないほど、穏やかで殺風景な景色が広がっていた


「っ!」


ゆっくりと起き上がろうと地面に手を着いた彼は、その時に初めて己が人型ではない事に気付いて驚いた。

…なんてこった。

どうやら、隧道バイパスを拓くのにかなり大量の魔力を消耗したようだ。

おまけに、軽いとは言えない怪我まで負っているから…完治まで更に時間がかかるだろう。

ならばこそ、どこか安全な場所に身を隠し、身体を休めなければなるまい。

ウンザリしながら、彼──白オオカミは満身創痍の身体で休息場を見繕うべくゆっくりとゆっくりと雪原に歩み出した。

雪に足跡を刻んで進むが、しかし…行けども視界を占めるのは雪景色ばかりで、身を潜められそうな場所は見当たらない。

朦朧としながら何度も立ち止まる内に彼はついに倒れ、力尽きた。

ゆるやかに日が暮れ、冷たい雪混じりの風がヒゲをそよがせていく。

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