0話

「…る、さない。…絶対に…許すものか…」


膝丈の黒ブーツが、硬い雪片の幾許かを掬いあげて散らす。

時化しけ始めた雪原を、真響はゆっくりと歩み出した。

ふい、真響の口から呼気が一頻り強く白い軌跡を描いて霧散してゆく。

これまでの人生の大半を憎悪に塗りたくり、さんざん甚振ってきたゴミクズ共は、果たして一体どんな醜態を晒して破滅するのだろうか。

未練も後悔もないが、それだけが気がかりだ。


(以後これからのことを考えるのは、凡ての顛末を見届けてからでも遅くはない…)


疲労の色が濃い面持ちから深々と吐かれた溜息には、むねに収まりきらない大量の怨念が含まれていた。


彼女の人生は、子供の時分から常にハードモードだった。

美人かと訊かれれば、10人が10人とも頷く美貌をもつ真響だが、同世代やその親からのいじめや誘拐など、負の積み重ねによるトラウマから警戒心が強くなり、その性格はドがいくつも付くほどにキツい。

男受けのする顔立ち故に男からは色目を使われ、同性には憎悪の対象にされる。

どちらかと云えば当人の意思関係なく、周囲に嫌われるタイプだった。

真響は、何も悪くはない。むしろ悪として看做みなされるべきなのは、彼女を取り巻く人間と環境である。

しかし彼女の背後には、やっかみを含んだいわゆる女の悋気の類いの揉め事が常について回った。

女とは、本当に恐ろしい生物である。

男、それもルックスがよく裕福そうであれば挙って押し寄せ、媚びを売ることに余念がない。

互いに言葉による攻撃や牽制の応酬をしながら笑顔の水面下で反撃をし、時間の経過に拘わらず根が深く、非常に陰湿である。

だから女からの嫌がらせで問答が起きるのは茶飯事のことで、それを避けるためにキツい態度をとるので、さらに轍は深まるばかりだった。

持ち前の毒舌と過激な防衛行動をとってしまうが故に人付き合いが寸断され、部署の年長者からはもちろん、同世代にすら嫌悪される会社員生活を過ごした。

狭い地域であるからか、真響の迫害は自宅近隣にまで根回しをされ、食品などを売ってもらえずにいる。


「言われなくても消えてやるわよ…」


真響は人並みに生きられない自身と、そんな風にしか世界を捉え、誰も愛せない自分自身を嫌悪し、そして深く疲弊していた。

長い睫毛に縁取られた茶色の瞳には、心ない人間への濃密な憎悪と反骨心が陽炎のように揺れていた。








 



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