【都にて3】

なお、もっと即物的なことを言うと、この狼を売手市場に出した場合、それは驚くべき通り値(ね)が付くそうな。


頑丈な牙は諸々の道具に加工され、特大の骨格は、建物を支える形鋼(けいこう)の類(たぐい)に利用される。


何とも逞(たくま)しい話ではあるが、こうした世の中の趨勢(すうせい)にこそ、人間の賢(かしこ)さ、それに狡猾(こうかつ)さが、一緒くたに詰め込まれているような気がしてならないのである。


「舟に乗りてぇんなら、もそっと堅実に生きりゃいいのにね?」


「ん、そだね」


しかし、これもまた面白い図式ではあるだろう。


件(くだん)の狼を獲得した者のうち、ある者は途方もない金持ちに。 ある者は、晴れて天にのぼる道を得る。


もはや、どちらが善い悪いの話ではない。


ただ、この期(ご)に及んだ世界の有様(ありさま)は、哀(かな)しくあり、また愉快でもある。


「けどなぁ……」と、近場の席で頻(しき)りに談義する若者らの内、片方が盛大に息をついた。


こちらは、どうやら乗り気でない様子。


常人よりいくら肝っ玉があろうと、熟練の度合(どあい)を無視して然(しか)るべきものではない。


身ひとつで大壁(たいへき)に挑む者を、ひとえに馬鹿と言う。


もちろん、場所柄(ばしょがら)さえきちんと弁(わきま)えていれば、これぞ愉快な大馬鹿だ。


「狩(や)ろうぜ! 狼!」


「マジで? いや……、うーん」


いよいよ気乗りを得ない連れ人(びと)に対し、片や鼻息の荒い男性は、口早にこう言った。


「リースちゃん! リースちゃんだぞリースちゃん!」


「は?」


「リース・アダムズ! ほら、有名な」


「知ってる。 ってか、こないだサイン本を」


「この街に来てるって」


途端に、椅子を大きく鳴らした若者が、“ぎゃあ!”とも“げぇ!”ともつかず奇声を上げた。


じつに目を引く行為だが、店内の活況も手伝って、これに注目する者はほぼ皆無である。


「こうしちゃ居らんねえ! 武器! 武器武器!!」などと、続けて彼は錯乱したように吼え立てた。


「お、おう!」と、応じる片方はなかば圧(お)され気味。


形勢逆転もここまで来れば清清(すがすが)しいが、しかし彼をそこまで駆り立てるものとは、はて如何(いか)なる功名心(こうみょうしん)かと、葛葉は気になった。


「はい。 おまちどお」


「来た! やっと来た!」


「お?」


これを解(かい)するべく、仙力を働かせようとした矢先、愛想笑いを絵に描いたような店員が、注文の品を届けてくれた。


そちらに気を取られる間(ま)に、先の二名は取る物も取り敢(あ)えず、慌ただしく退店。


何のことはない昼下がりの一幕であったが、ともかく頭を切り替えた葛葉と連れの童(わらべ)は、心静かに本日の昼食にありつく運びとなった。




数十分後。 ようやく人心地ついた両名は、足の向くまま裏通りへ身を投じた。


こうなると、もはや観光気分。 腹ごなしを兼(か)ねて、少し散策をしてみようという寸法だ。


多様な店々が看板を掲(かか)げ、大勢の人足(ひとあし)が行き交(か)う街路。


都の風情を守(も)り立てる、大路小路(おうじこうじ)である。


ふと鼻先に及ぶ馨香(けいきょう)は、焦がし醤油のものか。 近くに団子屋などあるのかも知れない。


かと思うと、女子(じょし)の気を引く小間物が店先に並んでおり、つい足が止まる。


「いいね。 おみやげにでも。 なぁ?」


「………………」


「寝てる? 寝てんの? 子どもかよ」


「………………」


「あ、子どもか」


腰部に意識を払い、苦笑いを施(ほどこ)す。


相棒がおネムの折(お)りは、話し相手を得られず、殊(こと)のほか寂しいもの。


これは、ふたり旅の性(さが)であるから仕様がない。


そんな時である。


「えーっ! 無いの!?」と、周囲の喧騒(けんそう)にも紛(まぎ)れぬ上声(うわごえ)が、人混(ひとごみ)の垣根(かきね)を越えて、葛葉の耳を打った。


見ると、武事の品々を扱う露店の前に、小柄な娘がいる。


何やら、店主と押し問答をしているようだ。

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