【都にて2】
「お腹空いたな……」
「飯だ! メシっすね!?」
「ホント口悪いな……。 誰の影響よ?」
時間を確認すると正午過ぎ。
あれは今朝がたの事だったか。 街道の茶店で、当の相棒と一串の団子を取り合った記憶が、もう随分と前のことに思える。
「なに食べたい?」
「サンドウィッチ!」
「お。 ハイカラ」
ともあれ、連れの注文に沿(そ)った葛葉は、手近の喫茶店へ向かうことにした。
清洒(せいしゃ)なドアを開くと、焙煎(ばいせん)の良い薫りに包まれ、途端に肩の力が抜けた。
時間も相俟(あいま)って、店内はほぼ満席の盛況(せいきょう)ぶり。 数名の店員たちが、忙しそうに走り回っていた。
カウンターの末席(まっせき)を身繕(みつくろ)い、腰を落ち着ける。
そんな二名の隣席では、割合に図体(がたい)の良い老骨が、真っ昼間からグラスを握ったまま潰(つぶ)れていた。
「ご注文は?」
そこに一瞥(いちべつ)をくれた後、愛想を取り直したマスターが、決まり文句でオーダーを取りに来てくれた。
「ここのコーヒー旨(うめ)えかね? こないだのぁヤバかった! 完全に墨だぜありゃ!」
「お前さん、コーヒーの味ホントに分かんのかね?」
注文の品を待つ間、手元のメニューをまるで絵本のように取りなす相棒の傍(かたわ)らで、葛葉は深々と息を吐(つ)いた。
いまだに朱(しゅ)を得ない紅葉(もみじ)のような手が、洒脱(しゃだつ)なページをペラペラと繰(く)る様は、ひとえに愛らしくあり、見ていて飽きない。
よもや母性愛では無かろう。
ふと、近場の席で熱心に語らう若者たちの声が、喧騒の袂(たもと)からポロリと転がるようにして小耳に届いた。
「最近は狼が人気だって。“猟師 ”の間だと」
「聞いた聞いた! 見た目よりかは獲(や)りやすいって」
「どうよ? 俺らも」
「え? いやでもお前……。 うーん」
“猟師”と言えば、この界隈(かいわい)では独自性の強いものを指す場合が多い。
現状の衣食を整えるべく、必要な分だけ獲物を狩るのではなく、行く行くの衣食住を獲得するため節操なく獲物を狩る。
先見に飽(あ)かして、せっせとひた走る働き者たち。
そう表せば聞こえは良いが、兎にも角にも天(あめ)の船賃を手っ取り早く稼(かせ)いでやろうという底意地が見え見えで、こちらとしては辟易(へきえき)するより他はない。
「甘(あめ)えっての。 ねぇ? そんなんでニンマリする性質(たち)っすかぃ? あのおヒト、姐御のお父っつぁん」
「まぁ……、逆じゃない?」
「怖え顔で火吹いたり?」
「やめな。 笑えん」
在りかたや魂胆はともかく、一応は歴(れっき)とした職業であるワケだし、当方が口を挟む謂われは無い。
それに業種が業種なだけに、危険も多いと聞く。
「体張ってバケモン殺(と)りまくりゃ、晴れて極楽往生ですか?」
「人によると思うよ。 それは、もちろん」
相棒が口を尖らせて唱えた“バケモン”という語義は、現状かの若者らが議題に挙げる狼の様相に、まさしく打ってつけのニュアンスであろう。
あれはもはや、狼と呼べるような代物ではない。
生物学上の定義を大きく逸脱(いつだつ)し、その身は巨大。
爪牙(そうが)が恐ろしく堅牢(けんろう)で、辺境の土地では人家が壊される被害も頻発しているそうな。
彼らの生息圏は、いまや全土に飛び火しつつあると言う。
気になる価格、もとい船賃を得るための代価であるが、これは一律でないため、何とも言い難(がた)い。
一頭を退治(たいじ)たのみできっかりと等価に及ぶ者もいれば、百頭から数百頭を狩ったところで、足蹴(あしげ)にされる者らもいる。
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