第29話
商店通りの特区に位置する『春風亭』、所狭しと並ぶ街並みの中でも広々とした敷地には専属の庭師が手入れをした庭園が広がる。
まるでこの場所だけが別世界、未だ蒸し暑い日中でも春風亭の一室だけは清涼とした風が吹いていた。
「新しく入ったライザがLv70となれば冒険者の等級としては緑に近い、少なくとも未だLv10も満たないミナトとトバリと連携して戦えるとは思えないね」
「ではやはり」
「うん、彼女には非常時以外は戦闘に加わらない方が良いだろうね、寄生行為でレベルを上げることは出来るけど、その能力に対して経験が伴わないとかえって危険だ。私はお勧めしないね」
ヤマト様式と呼ばれる和の一室にて茶を飲みながら俺とトバリの師匠であるナディスさんはそう答える。
寄生行為、あまり推奨された行為ではないものの安全で手軽に対象人物のレベルを上げる為に行われる行為の事である。
本来であれば戦う事すら危険な上位の敵を更に上の実力を持つ冒険者が動きを封じ、レベルの低い者に倒させる。そうすれば本来では倒せないはずのモンスターの莫大な経験値が倒した者に蓄積され効率良くレベルが挙げられる。
ただ先述したようにこれによって培われる戦闘経験は無い、その為咄嗟の判断が出来なかったり最悪の場合は過ぎた力を間違った方向に使用してしまい悲惨な結果を生み出すこともある。
ナディスさんが言うにはこれらの寄生行為という事自体は禁止されていない、非推奨とあまり勧められた行為では無いのだが、往々にしてこのような事は冒険者界隈で行われていた。
「途中まではスムーズに進むからいいだろう……ただその後は?彼女に余裕が出来ない階層まで到達した際結局泣きを見るのは君たちだからね」
少し棘のある言葉ではあるが実際その通りだろう、ライザのレベルは70と非常に高い、彼女の適正階層は二十層付近で冒険者の等級にすればカラーズに片足を踏み込んでいる上位の冒険者だ。
「私としては一安心だよ、この手の行為を嬉々としてやる輩も居るからね」
俺とトバリ、そして新たに加入したライザとの間に隔絶した実力差があると判明したのは今朝方の事であった。
「レベル70!?」
「はい、冒険者としては登録だけしているので鉄等級なのですがレベルは先日70に到達しました」
カルゼラさんが護衛に選ぶほどだから優秀な人物だとは思っていたがまさかレベル70とは、階級こそ同じ鉄等級ではあるもののその間には明確な力の差があった。
「得意魔法は雷です。他には風魔法が使えます」
ライザの使用する武器は彼女の背丈以上もある巨大なハルバードとそれに見合う巨大な盾、普段持ち歩くには不便なため都市内では剣を装備しているそうだが、彼女は魔法を使用しつつもタンクとして適性があるようだった。
「冒険者は外見で判別できないとは言いますが物凄い力ですね」
1人用の狭い部屋の中でひと際大きな荷物、それを紐解いて貰ってみればそこには銀色に輝くハルバードが、華美な装飾が施されている訳ではなくただ武骨に輝く武器はそれだけで威圧感がある。
試しに持たせて貰えば俺とトバリが二人係でも持つことが出来なかった。聞けばライザが使用する武器はダンジョンで採掘された特殊な金属を使っているそうだ。なので見た目以上に重く筋力を擁するとの事だ。
レベル70のライザは筋力値が400弱ある、その中で俺とトバリ二人の筋力値を合計しても90ちょっとなので改めてステータスの差による力の差を感じた。
ライザは服装こそ冒険者の様な地味な色合いの布地の服ではある物の、手に装備する武器と盾は御伽噺に出てくるような聖騎士とした装いを感じる。
第5階層、砂漠を模したその場所は地面に熱を発する不思議な鉱物が多くあることから10層までのアビスの大穴上層の中でも最も熱い場所とされている。
それでも熱を発する不思議な鉱物『太陽石』はこれから訪れる冬の時期を始めとした都市の生活において大量に消費されるので採掘の依頼は途絶えることは無い
そして一個当たりの売却値も結構いい値段なので上層においては最も金策になる階層だ。
その為か炭鉱夫と言った感じのつるはしを持って手拭いを頭に巻き、全身から汗を拭きだしながらも一生懸命に採掘に励む人の姿がそこら辺で見渡すことが出来る。
それでも第5層は立派なダンジョンのエリア内なので必然的にモンスターは湧き出て襲ってくる、なので等間隔に暇を持て余した様子の冒険者達が炭鉱夫の護衛として待機していた。
「太陽石は人間程度の微弱な魔力でも石に込めれば長時間熱を発します。連続して使うと効果が弱まってしまうので、常に世界のどこかで需要があるのです」
太陽石はラノンの都市だけではなく他の諸外国からやってきた商人も態々買い付けに来るほど各地で需要がある。特に産出量が多いのはラノン側の上層ダンジョンで、その売り上げがラノンを豊かにする理由の一つだそうだ。
「都市内では太陽石を専門とした組合もあるそうです。冒険者の中にはギルドを通さずその組合に売りつける人間も多いのだとか」
付け加えるようにトバリがこの一か月の間、ラノンを見てきて分かった事の一つだそうだ。
「トバリさんが言うように、この都市には様々な組合が存在します。太陽石もそうですし、冒険者達にもそれぞれ派閥があって日夜権力闘争をしているようです」
警備兵に所属している為、詳しい事は分からないそうだが冒険者の間でもそれぞれ派閥があり今日もどこかでしのぎを削りあっているそうだ。
「ミナト様もトバリさんもモーヴの街まで到達すればクランの勧誘が来るかもしれませんね、もし強引なのがあれば私が前に出て守ります」
キラリ、とハルバードの斧の刃を光らせて不敵な笑みでほほ笑む彼女は美しい顔をしつつもどこか背筋が凍るような怖さがあった。
『我は魔力を1消費し、螺旋に巻かれた水の球を生み出す』
基本的な球体の魔法、それでも適性値の魔法を込めると威力が高すぎるので自分が調整できる最小の数値をメイスに込め放つ
手から魔力が伝わるように、鈍色のメイスの打撃部に彫られている刻印が光り、小さな魔法陣が展開する。
最小の魔力を込めたとしても、生成された水の球体は小さな子供を飲み込む程大きく、激しく渦を巻いている。
「トバリ、行けるぞ!」
正面で赤い甲殻に覆われた巨大な亀と戦闘を繰り広げていたトバリに報告する。彼女はこちらの様子を態々見ないが、少しずつ連携が取れてきているので退避に余分な動作は無い
メイスを亀のモンスターに向かって突きだし、小さく展開されていた魔法陣が広がる。
「『水球螺旋』!」
中級水属性魔法、中級ではあるものの球体魔法の派生魔法であるこの魔法は威力と中級と言う魔法の階位の割には習得が容易な部類に入る。
俺の声と共に射出された巨大な渦巻いた水球は周囲の地面を抉りながらまっすぐと亀のモンスターに向かって飛んでいく
見た目からして鈍足な動きの亀のモンスターは急いで回避行動を取ろうとするがトバリの退避と一緒に放ったのですでに避けられる時間は当に過ぎていた。
「流石ですミナト様」
パチパチと軽く拍手をあげながら様子を見ていたライザがそう答える。ありがとう、彼女にとってしてみれば拙い魔法なのかもしれないが俺にとっては戦闘系魔法で初めて実戦で使用した中級魔法だ。ここの所この魔法の練習ばかりしていたのでどうにか成功してホッとしているのが今の心境だった。
「ダントルの魔石は頭の中にあります。甲羅も素材としては優秀ですが持ち運びに難点があるので、甲羅に狙い定めるのも問題無いかと思います」
『ダントル』先ほど倒した真っ赤な色合いの亀のモンスターの事だ。俺が放った水球螺旋は丁度甲羅の部分に直撃して飲み込まれて消滅してしまった。
ただ最も価値のある魔石がある部分はギリギリ残ったダントルの頭の中にあるそうなのでギリギリセーフと言った感じか
「ダントルが防御態勢に入ると物理攻撃では難しいようです。ライザさんの様に近接職でも魔法が使えればいいのですが」
今回のダントルとの戦闘の出来に置いて不満を抱いたのは俺が魔法を発動するまで戦っていたトバリだろう
「それに関しては仕方の無い事だ。トバリを補う為に俺が魔法を使っている訳だしそう悲観しないでくれ」
「ですが……」
「なら俺が苦手としている素早い敵の対処は任せる……それでどうだ?」
ダンジョン内に生息しているモンスター達は様々な特徴を持った者たちが居る。
今回は物理攻撃に対して強い亀を魔法使いの俺が倒せたが、もし相手が小さくて素早い動きをするモンスターであれば未だ魔法操作の技量が低い俺にとっては天敵となりうる。
そしてメイス自体にも重量があるのでそれらの敵に対して適した攻撃がで居ると言われれば難しい、そんな際に以前襲ってきた冒険者達を買えりうちにした後、より一層剣の冴えが良くなったトバリの出番だ。
彼女はどこか悲観的な部分がある。自分の出来る事よりも出来ない事を重要視するきらいがあるが俺からすればトバリは優秀すぎる程の剣士だ。
「ミナト様の言う通りですトバリさん、出来る範囲が多ければ多いに越したことは無いのですが、トバリさんにはそれを十分に補う力があるんじゃないですか?」
「……うん」
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