第28話
「要人の護衛ですか?」
複数のエルフに囲まれながら部屋の真ん中に置かれたソファーに腰を下ろす。
その向かい側には隊のトップであるカルゼラ組長が、その横には秘書と思われる女性のエルフが待機していた。
「そう、その要人は私たちと同じエルフ人だ。ただ訳アリでね、ここで事情を知っているエルフ以外には知られたくないんだよ」
「事情は把握しました。……ですがなぜ私なのでしょうか?特務隊の方々や私などより遥かに優れた方々が居ると思いますが?」
カルゼラ組長がエルフの要人、そう言った瞬間私の心はどこかざわついた。
サンディアス帝国で最も尊いとされているのはエルフから身ごもった子供だ。
ハーフエルフ、人間とエルフとの間に生まれた子供はそう言われる種族になる。エルフ程に無いにしても優秀な魔力量と適性を持ち顔立ちも良い
そして最大の理由が寿命が長くなること、純血のエルフなら1000以上も生きると言われているが、ハーフエルフは300年程の寿命があると言われている。
サンディアス帝国でもハーフエルフ人は数が少ないので確証は無いが少なくとも寿命が60年ほどとされている人間よりは途方もない寿命の長さだ。
寿命が長ければ経験や知識が蓄えられるのは勿論、長命で優秀な人物が組織のトップになれば安定化が進む
そして長命と言うのは人間であればだれもが羨むものだ。その為サンディアス帝国では婿としてエルフを狙う事が多い
そんなエルフ達、それも組織でトップの人物である組長が要人として語る人物に私の心は酷く興味をひかれた。
「君たち人間にもあるように、私たちエルフ達にも権力闘争があってね……他の派閥のエルフたちに知られたくないんだ」
「なるほど」
「その人はこの都市で生活しているのだけど、エルフが護衛ってなると人目に付くしね?だからこそ人間の護衛が適切なんだ」
彼らが住む国、パーシウス王国はこの場所から南東へ向かった先にあるとされている。ラノンの都市以外ではほぼ見る事の無い希少なエルフ達が住むと言われているその場所は特殊な地形に阻まれ全容を知ることは出来ない
だけどもエルフを私たち人間と同じように社会を築きそこには様々な派閥が日夜権力闘争を行っているのだろう
「つまりはその方はカルゼラ組長の関係者の方という事ですか?」
「私?それは違うね、高貴なお方だよ……私なんかよりずっとね」
意味深な事を呟くと、続けざまにこう話してくれる。
「王族に連なるエルフはね、頬に黒い痣の様なのが存在するんだ。これを持つことで王族として認められる」
「そして王族エルフは一般のエルフには使えない特別な魔法を行使できる。その全容を私は知り得ないがどれもが優秀な物だと聞く」
王族エルフ、パーシウス王国が王国と言う制度の為彼らの中にも王族という血筋があると帝国内でも言われていた。
ただパーシウス王国自体が不明瞭でエルフの貴人が国の外へ出ることな無い、それは交流を始めてから判明したことだ。
「……つまりはその痣を持つ王族の方がこのラノンの都市で生活していると?」
「そうだね、しかも人間として隠れて生活しているその事実を私が知ったのはつい先ほどだ」
「なんと」
王族のエルフが人間と同じ暮らしを?にわかには信じがたいが私に態々嘘をつくとも思えない
「では私がやる任務と言うのは?」
「その要人はミナト様と言う、その御方は冒険者として生活している訳だが、私たちとしてはエルフの貴人がダンジョンへ挑むのはやめて欲しいのだが止めることも出来ない」
「……なので私が呼ばれたのですね」
私がそう言うとカルゼラ組長はニッコリとほほ笑んだ様子でそうだね、と言った。
「君は人間の中でも優秀だと聞いているし、どこかの派閥へ所属している訳でもない……勿論守秘義務契約をして貰うがどうかな?」
このどうかな?とはカルゼラ組長から言われたエルフの貴人を護衛をやるかどうかと聞かれているのだろう
(何を言っているのだが……ここで断れるはずもないし、断ったら何をされるか分からない)
消される、という事は無いだろうが記憶操作ぐらいはあるかもしれない、記憶操作は非常に難易度が高く被験者の心身にも多大な負荷をかけると言われているが彼らなら躊躇いなくするだろう。
「拝命いただきました。このライザ、全身全霊を持って任務に当たります」
私がそう言えばカルゼラ組長は微笑んでいた笑みをより一層深くし、席を立つ
「よろしい、任務の詳細は追って説明する。では退室しなさい」
その要人がどのような人物なのか分からない、少なくとも人間社会に紛れ込めているという事は問題ある人物では無いと思うが、その不安よりもエルフの貴人と言う特級クラスの人物の関係者に入り込めたという幸運を噛みしめて退室した。
「いいのですか?彼女、天帝様を狙ってますよ」
ライザ一等兵が退室した後、微笑んでいたカルゼラはその顔に似合う冷淡とした表情に戻っていた。
天帝様、ハイエルフを崇めるロマ教に置いてハイエルフは地の王たちを天で見渡す帝と言う意味で天帝と呼ぶ。
その様子を見て特別驚いた様子の無いカルゼラの横に待機していた秘書ミネスは退室した人間の女、ライザに対してそう感想を述べた。
彼女も敬虔な信徒の一人、そして一般的な思想を持つエルフの女性だ。その為、人間の女如きが天帝を護衛する栄誉を頂く事自体が業腹だが、第一にライザのような彼女達の国の方針からして天帝を拐かす可能性に危機感を抱いていた。
「問題ないね、彼女には誓いの魔法を結んでもらうし、誘惑が成功したとしても、私としては相手が人間であろうがエルフであろうが出来た子は半分尊き血を持っている。勿論出来た子供は国が引き取るが」
「……では問題ないかと、少なくとも同年代の女で彼女程優秀な人間は居ないようですし」
「それでも人間とミナト様との子は嫌かい?」
「えぇ、代わりに私がとは畏れ多いですが」
ライザ・マルキネス、アビスの大穴があるカイネス大陸から北へ行ったコーキ大陸の覇者であるサンディアス帝国の貴族の娘
様々な人間たちから血を集め、種族として位階を上げようと努力している人間の国、つい10年前ごろからこの都市へ留学と称して血を集めに来ていたはずだ。
その国の出であるライザ一等兵は書類上、その階級には似つかわしくない程の優秀な人間だという
「ミナト様なの護衛をさせるなら最低でも緑等級クラスは欲しい、そして人間でミナト様と同年代となれば選択肢は少なくなる」
本当であればカルゼラ組長本人が護衛をしたいはずだ。ハイエルフ様を護衛するという事はそれほど名誉なことであるし、彼も敬虔な信徒であることからして、この状況は歯がゆいはずだ。
「付き添いは出来ないけど、ミナト様が泊まっている宿にも部下を入れる……そちらは赤等級以上のエルフだ。」
赤等級、HR8以上で四十階層以上へ挑める冒険者
冒険者で赤等級以上なのは人間には存在しないし、エルフを含めた他種族でもこの都市に100人も居ないだろう
「いいのですか?赤等級以上となれば警備隊でも数が限られます。他から警戒されなければいいのですが」
「大丈夫だ、全員特務隊から出す」
特務隊、全員が優秀な特殊技能を持ち実力もこの都市でも最上位だ。彼らなら他の派閥から介入も無いだろうし一見最適な人選だと思うが
「エイネスにも話を通しておく、今回の件を聞けば嫌とは言わないだろう」
第5都市警備隊組長であるエイネス、カルゼラ組長と思想が近く彼女であれば他に漏らす心配も無いが
「君の懸念も最もだ。エイネスならミナト様に会わせろと五月蝿いだろう、そこは私と君とで宥めるしかないがね」
……そうだろうと思った。エイネス組長も同じように敬虔なロマ教徒なのだが彼女の性格上、約束は守るだろうが
「お初にお目にかかりますミナト様、私はライザ・マルキネス、カルゼラ組長からミナト様の護衛の任を受けてやってまいりました」
朝日に反射する白に近い銀髪、彼女の服装は一般的な冒険者の装備を身に纏っているが、それでも隠し切れない肉感ある魅力的な彼女の肉体がどこかその道の女性かと思わせる。
一般的な男性なら彼女の隠し切れない扇情的な色香に思わず目を向けてしまうだろう、その整った顔立ちはエルフ達にも勝るとも劣らない程で髪色といいその身体といい、黒髪で少女らしい凹凸の少ないトバリとは対照的な女性だった。
「あ、あぁ……俺はミナト、そして隣にいるのがトバリという」
「よろしくお願いしますライザさん」
宿の外へ出た後、その入り口の横に一人の女性が立っていた。
北地区でも都市の端っこ側にこの宿は有るので人通りは多くない、そんな中で誰だろう?と確認してみれば中々お目に掛かれない美女が俺を見ていた。
彼女がカルゼラさんから派遣された人か、彼が指名するほどだからとても優秀な女性なのだろう
「……なるほど、ライザはそのサンディアス帝国から留学に来ていて一時的に警備隊に入っているのか」
「はい、様々な文化や技術を吸収し祖国へ利益をもたらす……これが私たち貴族の義務です」
「ライザが貴族ってことは召使いの方もこの都市に?」
「いいえ、家からの資金援助はありますが、私の場合は単身でこの都市で生活しております。ただ他の帝国人は何人か召使いを連れてきているようですが」
彼女もこの宿に泊まるという事なので、俺とトバリを含めた三人で宿の一室で今後について話すことにした。
意図してなのかトバリと対照的な女性、ライザは背も高く発育も良いなので大人の女性かと思ったのだが彼女は今年で15歳、俺より一個年下で、トバリの一個年上だ。
なので呼び捨てで構わないとの事なのでそのまま呼び捨てで名前を呼ぶ、ただ彼女もトバリと同様に様付けなのは外見的に困るのだが、事情が事情なので仕方の無い事だろうか
ライザが借りた部屋は俺とトバリの向かい側にある。彼女の一室は一人用の部屋なので俺とトバリが泊まる部屋より少し狭い
そしてこの部屋に入ったものこれが初めてだという事でまだ荷物が何もない殺風景な場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます