第27話
拠点にしている宿に戻ると、宿屋の入り口の横にはどこか申し訳なさそうにしているトバリが立っていた。
「ミナト様……」
「ごめんなトバリ、君にも迷惑をかけた」
ナディスさんと合流した後、俺とパーティーを組んでいたことが幸いして酷い仕打ちは受けなかったようで寧ろ歓待されたと言っていた。
そう聞けば内心に燻ぶっていた罪悪感が多少は紛れた。
寧ろ役に立てずに申し訳ないと言われたが謝るのはこちらの方だ。ただ気まずい雰囲気が俺とトバリの間で漂ってそのまま宿屋に入る。
「……はぁ、あまり私に迷惑かけないでおくれよ」
宿の暖簾をくぐり、目の前に居たのは受付で構えるこの宿の主人であるおばさんだ。壮年の女主人であるこの女性はたった一人でこの宿を切り盛りする人物だ。
それなりに部屋数の多いこの宿はこの女性のお陰で格安宿にしては掃除が行き届いており、水浴びも出来る。別料金ではあるものの値段の割には量も多く味も悪くないという隠れた名店と言える。
「何かありましたか?」
「何かありましたか?じゃないんだよ、やけに身なりの良い冒険者が態々こんな辺鄙な宿に泊まりに来たんだ。この宿に泊まっていたのはあんただけ、なら原因は自ずとわかるってもんだ」
部屋は満室、おかげでこの宿は大忙しだよ……と少し恨めしそうに小言を言う、やれやれと言った様子だったが受付の横に置かれている棚から部屋の鍵を取り出し乱暴に投げる。
「ほら、これがお前たちの宿だ。どうやら彼らはお前たちを囲むように部屋を指定してね、もれなくど真ん中の部屋だよ」
この宿は定期的に掃除が行われる都合上、度々使う部屋が変わる。丁度それが今日だったそうで普段は角部屋を使わせてもらっていたのだが今回は埋まっているとの事
「……度々ご迷惑をおかけします」
俺は女主人に深々と頭を下げる。本来であれば不審人物として通報されても可笑しくない中で泊まらせて貰っているのだ。そして女手一つでこの宿を切り盛りしている都合上、負担をかける事になる。
「はぁ、再来月には豊穣祭もあるって言うのに面倒事はやめてくれよ」
豊穣祭はどの地域でも行われる収穫を祝うお祭りだ。再来月だと丁度秋ごろか……
俺とトバリが拠点とする宿屋の一階には食堂が存在する。
宿泊者以外でも利用出来る宿屋の食堂は他のお店より早くから営業していることもあって宿屋の食堂へ訪れるお客は多い
「今日は人が少ないですね」
青空が広がるの良い天気、太陽が照り付ける朝日が食堂の窓から差し込みどこか洒落た雰囲気を醸し出す。
ここの所、朝早くからアビスの大穴へ挑戦しているので時間節約も兼ねて食堂で朝食を摂ることが多い、300Gと値は一般的な朝食の中では張るものの
冒険者向けに用意された食事の量は多い
肉こそ保存の効く燻製されたベーコンだが、サラダに使われている野菜などはこのアビスの大穴付近に都市を構えるダンジョン4都市で作られた新鮮な野菜だ。
そのおかげで力仕事をする街に住む男性たちを中心に宿屋は人気だった。それこそ宿屋ではなく食堂が主役なんじゃないかと思うほどで、昨日までは多くの人たちで朝から賑わっていた。
そう、昨日までは
「しょうがないね、いきなり都市から命令書が来たと思えば警備隊が任務の為にこの宿を借り受けるっていうんだから」
まぁ私としては楽にお金が貰えるからいいんだけどね、と女主人は言うがその後ろ姿はどこか寂しげな様子だった。
「……尋常ならざる実力を持った方達が宿泊しております。やはり昨日の一件がこのような事になっているのでしょう」
「あの人はあまり大事にしないって言ってたんだけどなぁ」
あの人とはこの状況を作り出した第3都市警備隊組長であるカルゼラさんの事だ。
「エルフの方達にとってはこれでも穏便な方なのかも知れません」
「カルゼラさん達との考え方が根本から違うってことか」
どうも最初に会ったエルフがシスターやナディスさんだったので、どこか安心していた部分があったのかもしれない、カルゼラさんは護衛に1人付けるという話だったが別に他に監視をつけないとは言っていない
俺よりも相手の実力を測ることに長けているトバリが尋常ならざるという程だから余程の実力者が周囲を警備しているのだろうか、少なくとも一端の冒険者では手も足も出ない強者であることは間違いなかった。
私、ライザ・マルキネスは常々運命というものに感謝している。
コーキ大陸の覇者である我が母国『サンディアス帝国』では栄華を極めた大貴族であってもその次世代の当主が愚鈍であれば1代にして没落する厳しい実力社会だ。
帝国貴族たちは常々優秀な血を残す為、あらゆる縁を結び自分の息子娘をどこぞの知らない冒険者たちと結ばせようとする。
留学と呼ばれる帝国独自の習慣では、誇れ高い帝国貴族として生きていく為に子を宿せるようになる適齢期前には国を出て様々な地へ飛ばされる。
まずここで第1の運命の分かれ道だ。
留学先は主に三大迷宮の内の2つ、オブの大森林かアビスの大穴になる。ここで私のようにアビスの大穴が留学先なら良いだろうが、未開の地で未知なる病原体が蔓延るオブの大森林が留学先だとお先真っ暗だ。
そして選ばれた貴族の子息達は家の支援とともに、帝都よりも清潔で快適なラノンの都市で将来の結婚相手を探していくことになる。
この際結婚相手に求めるのは財力でも顔でもない、魔力の多さだ。
魔力量や魔法適性はある程度遺伝する。今から1000年前頃、帝国のとある名の知れた学者がそんな学説を唱えた。
最初は誰も信じていなかった。人は多少の差はあれ総じて魔法適性に乏しく人型種族ではその繁殖能力を抜けば最低に近い、だからこそ他種族は見た目の良いゴブリンなんて揶揄される中、その説を信じた1つの貴族の家があった。
その貴族は帝国でも特筆すべき歴史の無い下級貴族の出であった。
当主は当時では珍しい平民の女性を側室にした。火遊びとばかりに平民の女性を愛人や妾にすることはあったが、正式に貴族家に入れる様な相続が発生する側室にするのはとても珍しかった。
その話はそこで終わらない
白人至上主義、今ではカーメリア国等でしか見ない白い肌を持つ者こそが高貴で選ばれた人種、という考えが当時の帝国でも存在していた。
そんな中、その貴族の男性が側室に選んだ女性は当時、最も忌み嫌われていた黒い肌を持つ女性だった。
帝国の歴史が記されている文献には当時この女性を巡って問題が起きたらしい、汚らわしい黒人の女性と関係を持つのでは無くあろう事か貴族として迎え入れるとは何事かと、その黒人の女性を側室にした家を潰すべきだなんて声も当時は多かった。
ただ結果として騒ぎが収まった理由はその二人の間に産まれた子が理由だ。
騒ぎの種となった黒人の女性はただの一般市民では無かった。
英雄、人の領域を超えた超越者と呼ばれ彼女は人間でありながらエルフを上回る程の魔力と身体能力が高いとされる古代獣人族よりも高い身体能力を持っていた。
そしてその女性から産まれた娘もまた母親まではないにしろ人間の枠を超えた傑物で数多の戦争においで様々な偉業を成し遂げた。
その娘が30歳を迎える頃には帝国の軍部において絶大な権力を握っていたし、夫も帝位継承権は低いものの確かな血筋を持った公爵の男性が選ばれたという。
元が子爵の出の者が公爵家から婿を貰うのだ。現代の今でも最大の立身出世物語であり、その後の帝国は今のように人種関係なく優れた人物を家に迎え入れると言う形になった。
なので帝国貴族では実力がある者、そして優れた平民を迎え入れやすい整った美しい顔立ちのものが生き残った。その末裔である私は例に漏れずエルフ程にないにしろ獣人や一般的な人間の冒険者以上の魔力と美しい顔に、齢14という若い割には肉欲を誘う身体を持っている自負がある。
4都市あるアビスの大穴のダンジョン都市においてサンディアス帝国の貴族の子息達は皆、ラノンの都市へ留学する。理由は勿論優れた才能を持つ獣人やエルフが居るからだ。
ただ結果は芳しくない、まだラノンの都市との交流が始まってから10年も経っていないし、かの黒人の英雄である『ラファ二ー』様と違い肌どころか種族も違うからだ。
ただ一部の貴族はこの都市のエルフから種を貰い子を産んでいると聞く、その為第二第三と2年前ほど前からラノンヘ留学する帝国貴族は多かった。
留学する年数は18歳になるまでの7年間、その間は都市の有権者と交流を深めてもいいし、冒険者や軍部に所属しても良い
軍部に関しては所属先が不安定な為、外人部隊と言われる特定の部隊にしか所属できないが、それでも冒険者としては中々出会えないエルフの軍人たちと交流することが出来る。
私、いや留学しにやってきた帝国淑女達はみなエルフを狙っている。男性はエルフの女性を狙うのは難しいことから優れた冒険者を中心に絞って活動していた。
そんな中、エルフの中でも優れたエルフである第3都市警備隊組長のカルゼラ様から呼び出された。
都市ラノンには大きくわけて5つの区画に分かれており、そのうちの一つである北地区では多くの冒険者が行き交い人が多い場所には商人達が集まる。
8つある都市を防衛する警備隊の中でも北地区を担当する第3都市警備隊は規模が大きく、私のように他国からやってきた種族たちも組み込まれる混合部隊だ。
その為規模も大きく第3都市警備隊の中でも様々な派閥が存在する。
当然というか、第3都市警備隊の中で最大の派閥は組長でおるカルゼラ第3都市警備隊組長であり、私たちサンディアス帝国から留学してきた人間もこの派閥に属する。
他は副組長や隊指揮する隊長事に思想が異なったりするわけなのだが、そのカルゼラ組長から呼び出しを受けたのだ。
(個人的な呼びたし、他の娘たち比べたら活躍しているだろうけど特に面識はないはず)
上司と部下の関係だがその間には大きな壁がある。一般兵の私が幹部に会う事なんてそうそうなく、組長となれば隊長クラスでも会うのが難しいだろう。
(……分からない、でもやましい事はしていないし特に問題がある訳じゃ無いから)
婚活をやましい事と捉えれば間違っては居ないのだが、それに関して言えば向こうもすでに知っていて私たちを入隊させているので咎められることないはずだ。
「失礼します!」
建物の多い都市ラノンの北地区でも第3都市警備隊の拠点は一等地に存在する。私の様な一般兵士は各地に設置されている駐屯地で待機しているので本部へ入った事は指で数えれるほどだが、北地区の表通りに第3都市警備隊の本部は存在するので迷うことは無い
指令所を入り口の衛兵に渡し中へ入る。第3都市警備隊の本部では参謀指令室から特務隊と呼ばれるエルフだけで構成された練度の高い隊なども在籍している。
私が面識がある中で最も階級の高い大隊長のエルフの人に連れられてやってきた組長室、隣には特務隊の部署がある辺り何かしでかしても即時に捕縛されるだろう
組長は人間が多少の粗相をしでかしても激怒することのない穏便な人物として知られているが、この都市でも十指には入る権力者だ。
千を超える隊員たちを纏める司令官であり、今からその人物と面会するとなれば少し手が震えても仕方のない事だった。
震えた情けない声を出さない様に心を強く持ちハッキリとした声でドアを開ける。最初に目撃したのは予想以上に簡素な造りの部屋の中だった。
簡素ではある物の質素ではない、無駄に装飾品を飾るのを好まないのだろうか、組長室に置かれている調度品の数は少ないが、私の目から見てもどれもが高価な品々だというのは分かる。
「ようこそ、ライザ一等兵——————私が組長のカルゼラだ」
部屋の奥に座っていたのは私が所属する第3都市警備隊を指揮するエルフの男性であるカルゼラ組長だ。
その横にもカルゼラ組長の側近と思われるエルフの方々が待機している。
(……ナナ辺りがこの光景を見たら喜びの余り気絶しそうね)
私自身、血を継ぐという意味以外ではエルフに関して魅力を感じていない
勿論、彼らの美しい顔立ちは綺麗だなとは思うものの傲慢であり人間を虫けらぐらいにしか思わない彼らに関しては内心好きではなかった。
ナナ、私と同じサンディアス帝国から留学してきた同年代の女の子、彼女に関して言えば面食いなところがあり顔の整ったイケメンが好きだ。
勿論帝国淑女として礼節を持った対応をしているのだが、興奮すると本来の性格が出てしまいその顔に付けている仮面が取れてしまう
そんな彼女が私と同じ境遇になったらどうなってしまうのか、心のどこかでそう思っていた。
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