第26話
第3都市警備隊とはその名の通り都市ラノンを警備する部隊の名称だが、実際には謎の多いエルフの国の派遣軍の一つとされている。
エルフだけで構成されている本国の正規軍と違い、警備隊はエルフを上層部に置いた実に7割以上がラノンに住む人間や獣人族の人々で構成された混成軍であり、都市警備隊は第1から第10まで存在し、総勢1万人を超す巨大な軍隊を成している。
その都市警備隊の中でも第3都市警備隊は人の行き交いが激しい北地区を専門に管轄する都市内部の治安維持隊であり、今回の件もその長であるカルゼラ、と名乗った男性のエルフの耳にまで聞き及んでいた。
「ご心配なさらず。あなた様の存在はこの場に居る者たちしか知りませんので、御付きの人間種の女性も無事保護しております」
どこか様になる笑みを浮かべながら話すカルゼラは知的そうな顔には似つかない恍惚とした表情をしており、その美しい顔も相まってどこか怖い
「勿論、あなた様の懸念することも承知しております。事前にナディスから話を聞いておりますのでこの事を広めるつもりは毛頭ございません、情報規制もすでに済ませております」
ここに連れられてからまだ一時間ちょっとしか経っていないだろう、俺が顔を晒して色々あった時間も含めてもそんなに経っていないはずだ。
それなのにカルゼラと呼ばれたこの男性は既に情報統制を終わらせており、この件を喋った冒険者は厳罰に処すとまで個々に通達を終わらせているようだ。
そして彼の横に気まずそうにこちらの様子を見るナディスさんもどこか気になる。彼の恍惚とした表情と言い何か問題があるのは間違いないだろう
「それはこちらとしてもありがたいです。トバリを保護してくれたことも含めて重ねて礼を言わせてください」
「とんでもありません!いと尊き存在であられるミナト様に尽くせることは私を含めたエルフたちの本望ですので」
眼をクワッと開く彼は何時しか見かけた熱心な宗教家を思い出す。後ろに控えるエルフたちも彼ほどに無いにしてもどこか熱ぼった表情でこちらを見ていた。
「……ミナト、本当にすまない」
ぼそりと横でどこかうわの空にいるカルゼラに聞こえないようにナディスさんが呟いた。こう見る限りこれが普通だという
「……カルゼラはロマ教に対して少し熱心なんだ」
ロマ教というのはエルフたちが唯一信仰している宗教の事だ。ロマ教はハイエルフとその血を繋ぐ王族を讃える宗教で今目の前にいる男性はナディスさん基準で少し信奉の熱いエルフだそうだ。
(これで、これで少しなのか?)
見た目からしてヤバイ薬を使った中毒者姿にしか見えないのだが、これでもバレたエルフ族の中ではまだマシの部類だという
「まだ局長や他組長にバレるよりはマシ……かな?」
「えぇ!ナセンダやエルメシアでしたら尊き御方の意思を無視して本国へ連れて行ったことでしょう!しかし!真の信奉者である私はその様な事は断じて許しません!」
都市警備隊を統括する局長のナセンダや第1都市警備隊を指揮するエルメシアよりはマシな部類だとカルゼラさんは言う、その彼の言葉に悩みながらも頷いているナディスさんを見て彼が言っていることは少なからず事実なのだろう
「カルゼラさんが言う事は分かりました、ですが私か今後どうなるのでしょうか?」
結局そこに行き着くだろう、彼は俺を尊重してくれるというがお互いかんがえていることが乖離しているなんて事は多々ある。
「変わりません」
「は?」
「この都市から出なければ特に私からお願いをすることはございません、出来れば北地区に留まって欲しいとは思っております」
ふむ、とカルゼラさんが言う事は何となくわかった。
「それに関しては問題ありません、私としても特に他の場所へ移ろうとも思っていませんし」
「それともう一つ」
何もないと言いつつもやはり何か提案があるのだろうか?それでもこうやって事態をもみ消して貰えるのなら多少の事ならやろうと思うが……
「私の部隊から一人護衛を、ナディスはエルフですので人間の隊員を一人護衛に付けて頂けないかと」
「なるほど」
態々人間の隊員と言っている辺り、こちらの事情を汲んでいるということだろうか
「はい、こちらこそお願いします。丁度二人では人数が不足していたので」
十中八九その隊員から俺とトバリの情報はカルゼラさんらに筒抜けだろうが今回の件を治めてくれたのと、今後の事も考えれば悪い提案ではない
「私の願いを聞き入れて貰い誠にありがとうございます。明朝には担当の者をミナト様が泊まっていられる宿へ向かわせます」
この件が彼にとっての一番重要だったことだったのだろう、どこかホッとした様子で俺の顔を見ていた。
(断ったとしても監視は付いていただろうし)
実際にパーティーメンバーが増えることは良い事だ。こちらとしてもエルフと公言出来ない事情があるので意図を汲み取れる人物は貴重だ。それも人間の冒険者となれば自力で見つけるのは難しいだろう
その後、多少の擦り合わせを行い、カルゼラさんは部下を引き連れて退室していった。残っているのは疲れた表情をしているナディスさんと俺の二人だけだ。
「北地区の管轄があいつで良かったというべきか、これが外縁都市警備隊だったら大変な事になっていた」
「先ほどもナディスさんが言っていましたが、他の組長はそこまで凄いんですか?」
先程までこの部屋で会話をしていたカルゼラさんも結構複数の意味で凄い人物だったのだが、繰り返しナディスさんがそう言う辺り他の組長は尋常ではないのだろう
「特に危険なのは局長と第1都市警備隊の組長だろうが、他の組長にバレたらまぁ本国行きは免れないかもしれない、第5警備隊なら大丈夫だろうが」
都市警備隊を纏める局長が指揮をする都市警備本隊はラノンの中心にある城や付近の行政区の警備を担当している。
外縁都市警備隊とは第1都市警備隊の別名で、都市の外を中心に警備を担当する。ここが都市警備本隊の次に規模が大きく、一万人居る都市警備隊の中で2000人を指揮しているそうだ。
他にも様々な役割を持つ警備隊があるのだが、カルゼラさんが指揮する第3都市警備隊は今いるこの場所を含めた北地区を担当する。人の出入りが多く冒険者の数も多いので都市警備隊の規模としては第1都市警備隊の次に多い1300人程度だと言われる。
「正直、今回の件は流石の私も肝を冷やした。蓋を開けてみれば状況は好転しているが下手すれば本国送りだったぞ」
「この件に関しては誠に申し訳ありませんでした……」
都市で生活を始めて一か月、どこか警戒が緩んでいたのは事実だった。改めて思い出してみれば、乱闘騒ぎの現場で全身を外套で包み込みフードを深く被っていれば誰だって不振に思う
俺がバレるのはまだマシで、その後の俺の短慮な考えで数人の罪のない人たちが死ぬ可能性もあったのだ。
「私もあらゆるところから怒られたよ、もっと君の面倒を見ろとな……だからこそカルゼラは側使を付けたんだろうが」
「いえ、自分が好奇心で乱闘騒ぎの現場に行かなければよかったのです」
どうやらナディスさんは俺の存在を事前に知っていたのでカルゼラやその他エルフの人達からチクチクと小言を貰ったそうだ。それはこの部屋へ到着するまで移動しながら続いたそうで、流石のナディスさんでも参ったという
「それでも君たちの先生役は続けて行けるそうだ。君の存在がある意味助けてくれたとも言えるのかな?」
そうクスリと小さく笑うナディスさんだが、俺が居なければ彼女がこうやって苦労をする必要も無かったわけで、こちらとしては心苦しい他なかった。
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