第25話

 エルフに支配される都市ラノンだからこそだろうか、俺が観衆の目の前で外套に付いている暗めな茶色のフードを取り払った事で騒がしい喧騒は冷や水を浴びたかのように一瞬に静寂に包まれた。


(頬に軟膏は付けている。人間だけなら問題ない……ハズ)


 警備隊の兵士も付近に居る冒険者も全員が人間だ。一瞬千里眼を使って正確に確認しようと思ったがもしその魔力の波長が感じ取られた場合余計に自体が悪化するので直前で我慢した。


「は?……え、エルフ……様?なな、なんでここに……?」


 真っ赤な肌をしていた警備隊の男性は一瞬にして血の気が抜け白くそして青ざめた表情へと変わる。


 俺が姿を現したことで付近に居た冒険者は無意識のうちに距離を取る。様々な場所からやってきて肌色も髪色も色彩豊かなこの冒険者の中でも照り付ける日差しに反射する白金の髪質をする者はこの場には居ない

 エルフを想像させる長く空に向けて尖った大きな耳、調べてみたらナディスさんやシスターよりも一回り大きな耳はこの場において余計に目立った特徴をしている。


(さて、この場をどうするか)


 先制は取れた。先ほどまで激怒した様子の警備兵の男性は顔を青ざめる程狼狽えており、そのまま言い包めればその場を立ち去ることが出来そうだった。

 ただ現在トバリにナディスさんを呼んで貰っているので、このまま詰所に連れて行って彼女たちが助けに来るのを待つというのも一つの手だと思う


 突発的なアクシデントなのでアドリブ力が試されるこの場だが……


「おい、お前」

「は、はい!なんでしょうか!」


 とりあえず遠目で見たことのある一般的なエルフの冒険者と同じような感じで喋りかける。何が起きているのか分からない状態でもピシッと背筋を張り姿勢を正す様を見るに彼がいちゃもんを付ける様な悪質な警備兵ではないと直感的に思った。


「何やら騒ぎが起きていたから見学していただけなんだが……まぁこうやって姿を現すとこうなるわけだ」

「は、はい!」

「俺は自分から騒ぎを起こしたくは無かった……でも君が姿を現せとをするわけだからこうせざる得なかったのだが、騒ぎを治めて貰えるね?」

「了解しました!至急隊長に指示を仰ぎます!!」


 早くこの場から抜け出したかったのか、男性は言葉を言い終わる前に、乱闘騒ぎを起こした冒険者達を連行する為の作業をしていた隊長と思わしき人物の場所に飛んでいった。


 俺とのやり取りによって起きている騒ぎに遠くからでも気が付いていたのか、例の警備兵の男性から話を聞くと、遠目からではあるものの、こちらの方を見て驚いた表情を浮かべていた。

 そして何やら物を耳に当て喋っている……何かの連絡をしているのだろうか?短いやり取りの後部下の兵士たちを引き連れて走ってきた。


「この度は私の部下があなた様に大変な粗相をおかけして誠に申し訳ありません!」


 こちらへ来た瞬間、部下の兵士共々に地面に手を付け頭を下げる。先ほどまでの怒気はどこへやら全員が額を地面にこすりつける姿に俺は思わず頭が痛くなる気がした。


(……失敗だ。これほどまでにエルフの権力が強いとは……使い方を間違えた)


 目頭を指でつまみ、俺が致命的なミスをしでかしたことを悟る。ただその行為が未だ俺がこの件に関して怒っていると勘違いしたのか隊長格の男性は何かを決心した様子で腰に携えていた予備の剣を抜く


「……この度、あなた様に粗相をしでかした部下と私の首でこの場を治めていただけないでしょうか……」


 そうやって持っていた剣を首に当てる。その神妙な面持ちを見て隣に土下座をしていた男性も何かを悟って同じように腰に携えていた剣を取り出している。

 ただその光景は見るからに悲痛を感じるもので、先ほどとは違う意味で顔を真っ赤にし目は若干潤いを帯びていた。


 柄を握る手もガタガタと震えているし、明らかに恐怖に包まれていることが目に見えた。


『まじかよ、エルフの冒険者にあれだけの事をやったら部下どころか縁坐だぜあれ、下手すりゃ家族共々皆殺しだ』


 後ろから聞こえてきた野次馬の冒険者の一人がそんなことを呟いていた。


 縁坐、それは犯罪を犯した当人だけではなく関係者共々まで責が及ぶ非常に重い罰だ。そしてそれは家族まで及ぶらしい


 馬鹿馬鹿しい……とは思うが、その言葉を出した冒険者が嘘を言っている様子は無い、ただ目の前に映るのは決心のついた隊長の男性と俺と会話をした部下の男性が剣を首に当てていつでも掻き切れる状態だった。

 ただ縁坐ともなれば周囲を囲む警備隊の兵士体にも累が及ぶ可能性も高い、その為か誰もが息を荒くして震えていた。


「いや、そこまでしなくていい……不審な恰好をしていたのは私の方だから、なので責を負う必要はありません、これは命令です」

「いえ、しかし!」

「もう一度言います。これは命令です……私は事を大きくしたくないと言いましたなのでこれ以上騒ぎを起こされると困るのです」


 まさかこうなるとは、自分の浅はかな考えに心底嫌になるがこうも言わないと俺のせいで何人もの罪のない人間の首が物理的に飛びかねない、こんな事で失くしてよい命ではないのだから


「なのでこの場に居る冒険者も決して噂を広めないで欲しいのです」


 そう言いながら俺は後ろで見守る冒険者達を見渡した。まさか自分たちが対象になるとは思わなかったようで一同に驚いてはいたが無言でコクリと何度もうなずいていた。


(あぁ、無理だろうな……普通に考えて噂が広まらないなんていうのはあり得ない、どうしよう)


 俺が責を問わせないと明言したので隊長の男性以外は明らかに顔色を良くした様子だが、俺と目の前で膝立ちしたまま動かない隊長の男性だけはどうも顔色が優れないでいた。







 警備隊の詰所というには明らかにイメージ違いの豪華な部屋の一室が宛がわれた。やはりと言うか、エルフである俺にはなるべく関わりたくないのかこの部屋に連れてきた警備隊の兵士はすぐさまに退室して部屋の外で待機している。

 部屋にはどこか統一された調度品が並び、色鮮やかな果物がテーブルの上の更に盛られている。


 横には呼び鈴がある辺り、何かあればこれを鳴らせという事だろう何とも手厚い歓迎を受けてうんざりすら覚えた。


(まだエルフとしか思われていない、それだけでラッキーって事かな……)


 幸いにも俺が特殊なエルフだとは気が付かれていないようだった。彼らにとって他のエルフの人物にも連絡を取るのに時間がかかるそうで少し待っていて欲しいと丁寧な口調で言われた。

 なので特異な魔力の質がバレることはほぼ無い……と思うが他の関係を持たないエルフが来る前にナディスさんとトバリが来ることをただひたすらに祈っていた。


 コンコンと軽く扉を叩く音がする。俺が応答する前にガチャリと扉が開かれた。


「……随分と大変だったようだね」

「——はい」


 扉を開けた先の人物を見て俺はホッと一息をついた。真っ赤な緋色の髪の毛をした美女、この都市に来てからシスターと同様にお世話になっているエルフの女性のナディスさんだった。


「ホッとした所悪いけど、事態はそう甘くないんだ」


 俺の気持ちを裏切るかのようにどこか居心地が悪そうな様子で俺の顔を見るナディスさん


「どういうことですか?」


 後はナディスさんが引き取り人として俺を連れて行くだけではないのか?そう思い疑問を浮かべたのだが、彼女がどうして居心地悪そうな様子をしていたのか次の瞬間判明した。


「……なるほど、これは確かに私たちエルフとの魔力の質が違いますね、ナディスさん?」


 俺とナディスさんのやり取りに間が空いた瞬間を狙って部屋に入ってきたのは何やら豪華な装飾を施した服を着るエルフの男性だった。


「私は第3都市警備隊組長のカルゼラと申します。以後お見知りおきを」


 流麗な動きでお辞儀をする男性はの後ろには控えていた部下と思われるエルフが数人おり、カルゼラと言われた男性と同様に頭を下げた。









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