第24話

 相変わらず喧騒に包まれたギルドの建物の受付ロビー


 その空間には我先にと張り出されたクエストの用紙を奪い合い、笑顔を崩さない受付嬢の前に叩きつけるように提出する。

 これは俺が受けようとしたんだ!

 うるせぇ!早い者勝ちだ!


 荒くれ者の多い冒険者の中でその様な売り言葉に買い言葉、発展して他を巻き込む大喧嘩と言うのは決して珍しくは無い


「……相変わらずですね、この騒がしさは」


 冒険者ギルドの巨大なボードに張り出されるクエストは特定のモンスターを討伐したり、素材を持ち帰って提出することで普段より割増の報奨金がギルドから出る。

 中には期限の決まっていないクエストも張り出されており、たまたま討伐したモンスターがそのクエストの対象だったなんてこともよくある話だ。


 なので知らない内にクエスト達成分の報奨金が懐に入っていたなんてことは良く起きることで、予想外の収入で普段より豪華な夕食を取るなんてこともあるだろう


 何が言いたいかと言うと、クエストは基本的に受け得だという事、中には期限付きの物もあるがその類はその分達成時の報奨金が高かったりする。

 張り出されるクエストは数に限りがあるので、張り出される早朝と夕方時には特に人混みが激しくなっている。我先にと張り出されるクエスト用紙を取り合って喧嘩が起きているのだ。


 その様子にうんざりした表情を浮かべるトバリを見て俺はクスリと小さく笑う


「?どうしましたかミナト様、私の顔に何かついていますでしょうか?」


 俺がトバリの表情を見て笑ってしまったので不思議そうに俺に問う彼女の表情はラノンの都市へ来た頃に比べたら随分と表情が豊かになった。


「いや、トバリも随分と表情豊かになったなって」

「そうでしょうか?」


 彼女自身にその自覚は無さそうだ。ただ冒険者になって一か月共に居た俺からしたら劇的に変わっていると断言できる。これは悪い事ではない、最初の頃は俺の話を聞くだけだったが彼女から話しかけてくることも少なくない


『てめぇ!』

「あ、喧嘩だ」


 トバリの変化について語っていたら先ほどまで言い争いをしていた冒険者達が本格的な乱闘騒ぎに発展した。

 ただ彼らも深い部分ではちゃんと理性は保っているようで武器を構えず素手で殴りあっている。


 ギルドの方を見てもどうも慣れているのか、武器を出さない乱闘騒ぎであれば特に介入する様子は無さそうだった。何事も無かったかのように並んでいる冒険者たちの受付作業を行っている。


「うわっ」


 岩の様な硬い拳が相手側の冒険者の男の頬に突き刺さる。見るからにクリーンヒットしている様子で拳に潰された顔面は深く歪んでおり、その瞬間を見ていた自分は思わず目をしかめる。


 そのまま振りぬかれた拳に吹き飛ばされ囲んでいた野次馬の冒険者たちにぶつかっていた。


「いってぇな!」

「いや!俺たちのせいじゃねぇ!」


 その野次馬に押された形で事情を知らない冒険者が吠える。野次馬の冒険者の方は被害者なので特に悪い訳では無いのだが、ぶつかった相手はちょうど虫の居所が悪かったのか、喧嘩腰で胸倉に掴みかかる。


 何とも酷い光景だ。幸いにも騒ぎの中心から離れていたおかげで巻き込まれずに済んだが、伝染するかのように乱闘の規模が段々と大きくなっていく。

 このままだとギルドの設備が壊れるんじゃないか?と思っていたら、流石の乱闘騒ぎになれているギルドの職員でも規模が大きくなってきたのに危機感を抱いたようでどこかへ連絡する職員を見つけた。







「お前ら!何をやっている!」


 乱闘騒ぎは更に広がりを見せて遂にはギルドの建物の外の広場まで発展していた。武器は出してはいない物の盾で殴ったり身体能力を向上させる魔法を使用していたりと戦闘行為は段々とエスカレートしていった中で一人の男性の声が周囲に響き渡った。


「ラノンの都市でこんなことをやっててただで済むと思っているのか!全員ひっとらえろ!」


 装備が統一された集団が乱闘騒ぎの中心にやってきた。全員が金属の防具を身に纏い、それぞれ短めの槍を持つ者や直剣と盾を装備している者もいる。

 ラノンの都市の警備兵、都市の入国管理を行う守衛の兵士たちとはまた違った装いをしており、鎖帷子などモンスターと言うよりは対人間用の装備を身に纏っていた。


 その警備隊の戦闘に立つ他の兵士とは少し違った装備を身に纏う男性が広場に響き渡る怒声を放った。すれば先ほどまで騒がしかった乱闘に参加していた冒険者達が一斉に静まる。ツカツカと靴音を鳴らしながら乱闘騒ぎの中心に向かて歩く


「おい、この乱闘騒ぎを起こしたやつはどこだ!」


 顔を覆うフルフェイス型の兜を脱いだその隊長格の男性は般若の様相、そう言い表せる程の怒気を含んだ表情で「冒険者達を見渡す。


「お前らのせいで上の方々からも苦情が来ているんだぞ!」


 本音はこれか、人間とエルフの冒険者ギルドは隣接しているのでこの騒ぎに気が付いていたのは都市の支配者階級であるエルフの冒険者達にも知るわけだ。

 本来であれば特区と言う形でエルフと人間たちは住みわけが出来ているので、種族間のいざこざは起きにくい、ただ冒険者という同じ枠組みであり、その大本となる冒険者ギルドの作業量は膨大で利便性を考えた結果このような隣接する形なったと聞くが、そのエルフと人間の距離が近い場所で騒ぎが起きたせいで、今回事が大きくなった理由だろう


「おい、立て」


 広場には乱闘によってけがをした冒険者達を強引に立たせる。未だ自力で立ち上がって動ける者も地に伏している者も関係なくかかわったと思われる冒険者を中心に連行していった。


「————ミナト様、ここにいると少々危ないかと」

「確かに、余り長居しない方が良さそうだ」


 俺の横で現場を見ていたトバリが耳打ちする。見れば乱闘騒ぎを起こした冒険者以外にも周りに居た野次馬たちに聞き取り調査を開始していた。

 そうなって俺に話しかけられるとまずい、今の俺はローブを深く被っている周りから見たら明らかに不審人物だからだ。聞き取り調査で顔を見せろと言われたら少しまずい状況になりかねない


 それを心配してトバリは態々話しかけたのだろう、未だ俺とトバリの周囲まで兵士は来ていないがそれも時間の問題だ。


 その場を離れようと身体を翻したその瞬間だった。


「おい!そこのフードを被っている奴!何をしている!」



 ――――――終わった。


 スゥッと細く息を吸う、普段見かけない程の大規模な乱闘騒ぎだったので思わず長居をしてしまったのが仇となった。

 この身体になって一か月が経ちどこか警戒が緩んでいたのだろうか、横目を見てもトバリが心配そうな目でこちらを見ていた。


「そこを動くな!」


 石畳を叩くように兵士が俺の方へ向けて迫ってくる足音が聞こえる。


(トバリ、俺はいいからどこかに行っておいて……あとナディスさんに連絡を頼む)

(はい、分かりました)


 今であればトバリはこれから起こるであろう騒ぎから逃れられることが出来る。そう思い他の人達に聞こえない小さな声でそう話した。

 こくり、と小さく頷き気配を上手く消して野次馬の中に紛れ込んだ。


「お前!こんな場所でフードを深く被っているとは見るからに怪しい奴め、顔を見せろ!」


 別に俺が何かをした訳じゃないのに、その男はまるで俺をこの乱闘騒ぎを起こした首謀者を見つけたかのような態度で顔を真っ赤にしながらやってくる。


「貴様!命令をきか「これでいい?」ん……か…………」


 どの道顔を見せる羽目になるならこういう場合は先に仕掛けたほうが良い、この際俺の姿を隠すのはラノンの都市へ一生入らないという気持ちが無ければ無理な話だ。


 だからこそ、近くの冒険者達が一斉に俺の動向を注目する中、パサリとその茶色のフードを勢いよく脱いだ。





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