第30話

 十日に一度、ミナトとトバリにはお互い一日中自由に行動する休日を設けている。決して多くは無い物の、ちょっとした小道具が買えるぐらいのお金を持ってラノンの都市を散策するのだが、今回で四度目となる休日においては今までとは勝手が違った。


「—————なので、休日でも護衛の任務は必要です。こういう日だからこそ悪意のある者たちが襲ってくるのです」


 先日パーティーに加わったライザを含めた初めての休日、トバリに関しては教会のほうに出向いてシスターと何やら相談をするそうだ。


 個人的にはトバリがシスターに対してどんな相談をするのか気になるものの、態々問いただすのは無粋という物だろう、トバリは休日の朝早くから教会の方へ出向いてしまったので必然的に残ったのは俺とライザの二人になった。


 折角の休日なので彼女も警備の任を解いて羽を休めると言い、そう言ったのだがライザは断固として拒否、彼女の理由としては現在交代要員が居ない以上自分が休むわけにはいかないと


 本当であれば警備の都合上、宿の外へ出ては欲しくないがそうやって縛るのも上から禁止されている。なら休日も俺の警備をすることには変わりないと言われた。


 ミナトにとって、自分の都合で彼女の休日を縛りたくはないというのが本音だ。そして折角の休日なのだから普段歩かない様な場所へ赴くのも密かな楽しみとなっていた。

 エルフが支配する都市であるラノンは東西南北それぞれの方角の地区に大きな特徴がある。


 北地区はダンジョン関係の店が並び、冒険者が多く行き交う……その為酒場といった場所も多く一番活気が大きいのはこの北地区だろう


 逆に南地区はシスターが在籍する教会から各国の行商人たちが集まる場所だ。様々な文化を持つ人たちが行き交うので雑多な雰囲気がある場所だ。北地区程では無いにしろ時間帯によっては多くの人達がこの南地区へ訪れた。


 では残りの東と西は?となるのだが、東地区に関してはラノンの都市の物資を集積する倉庫街が並ぶ、そして軍関係の建物も多く建ち並び、ラノンの都市で働く人間たちの兵舎もこの地区に存在した。


 なので東地区は関係者以外は立ち入らない場所だ。軍施設があるので下手に近づけば補導される可能性があるので用が無い限りは殆ど外部の人間が出入りしない場所と言えた。


 そして最後の西地区、ここはこの都市の娯楽施設が立ち並ぶ場所だ。公共ギャンブルから風俗街までがここに集まり、冒険者たちの息抜きの場となっている。


 ライザから聞けばここは第4都市警備隊が管轄しているそうで、風俗街や金融事業と言った他であれば都市の荒くれ者たちがやっているような事業も管理しているそうだ。


「……ちなみに西地区に行こうなんて思っていないですよね?」

「い、いやぁ……折角だから娯楽施設がどのような場所か体験してみたいし」


 ミナトの考えを読んでいたのか、ライザは半目でジト目で観られている。冒険者にとって歓楽街は金、ギャンブル、風俗と言ったダメ人間要素しかない場所だ。女性であるライザにとってミナトの言葉は不信や呆れなどの感情が見て取れた。


「……見るぐらいならいいでしょう、しかし風俗やギャンブルは冒険者カードを提示しないといけないので遊ぶことは出来ませんよ?」

「……わかった」


 心底呆れた様子のため息にどこか気まずさを感じるが、ライザは西地区へ散策しに行くのを許してくれた。


「カルゼラ組長から変化の指輪を頂いていると聞いているので、その指輪を使って西地区に行きましょう、不審な恰好をして第4都市警備隊の兵士に職質されたら大事になっちゃいますし」


 変化の指輪とはその名の通り装着した物の外見を変えることが出来る指輪の事だ。


 この指輪はその性質上、真実薬以上に入手が困難な規制品となっている。この都市であれば人間はまず所持することが出来ないし一般的なエルフ人であっても所持することは困難だという


「変化の指輪は指輪にはめられている宝石に込められた魔力が尽きるまで効果は持続します。使えなくなったら再度こちらで補充しますので無くさないでください」

「あぁ、わかっている」

「……ちなみに変化の指輪は200万ゴルドしますよ?カラーズの冒険者であっても躊躇したくなるほどの値段なので細心の注意を」


 200万と聞けば途端に渡された変哲の無い指輪がどこかしら豪華な品に見えてくる。貴重な魔法具かつ都市内ではおいそれと所持できない規制品なのでこの値段なんだとか






「……ちなみに、なぜミナト様はヤマト人の様な見た目なんでしょうか?」

「……この都市に来てからトバリと一緒に居たからじゃないかな?」


 ライザから渡された手鏡を持って変化の指輪で自分の顔も見てみれば今では少し懐かしいこの身体になる前の姿、平均的なヤマト人の人間が映っていた。


 変化の指輪がミナトの思考をどう読み取ったのかは知らない、ただ無限にある選択肢の内こうやって以前の姿に変化するという事は何かしらの因果関係があっても可笑しくは無かった。


「でもこれなら西地区の歓楽街に行っても問題ないでしょう、護衛は私が勤めますのでミナト様が行きたい場所へ行きましょうか折角の休日ですし」


 ライザは都市の中では巨大なハルバードなどは持ち歩かず実力相応の見事な直剣を腰に携えている。

 ハルバード自体は彼女の得手ではあるそうだが、警備隊として働くには剣の扱いも必須なのだとか、なので直剣であっても力は十全に出せるという






 都市ラノンの西地区、各都市ごとに巨大な水路で分けられているので北地区から西地区へ渡る橋を通ればそこは別世界、太陽が出ている昼間であってもどこか妖しく薄暗い街並みが顔をのぞかせる。


「西地区は露店も多く日中の日差しを遮る為天幕が張られているので常に薄暗いです。なので――――――「ギャア!」……このようにスリを働く者も多いのです」


 西地区に入って建物を伝って張られた天幕が特徴的な薄暗い小道に入った。西地区は昼間は暗く夜間は建物中から明かりが灯るという不思議な場所だ。

 その光景は北地区の方面からも確認出来て、一日中人混みの絶えない北地区でも夜間に限れば最もにぎわっている場所は現在いる西地区だと言えた。


 どこか空気も淀んだ感じのする路地を進みながらライザの話を聞いていたところ、突然ライザは話すのをやめて急に後ろを振り向くといつの間にか俺の背後に立っていた男が絶叫を上げてその場を倒れた。


「て、てめぇ!」

「生憎あなた達の様な輩がスリを働いているのは分かるんですよ、今回は警備隊に突き出さないで起きます」


 ライザに殴られたであろう男性は鼻を抑えながら涙目でこちらを睨むがそれ以上の凄みでライザが睨み返した。


「ハハッ!ケイネス相手が悪かったようだな!」


 ケイネス、ライザに殴られた男性の名前だろうか、路地横に置かれたベンチに酒瓶を片手に顔を真っ赤にした男が笑いながらこちらに向かって話しかけてきた。


「うるせぇ!……ちっ、邪魔したな」


 ケイネスは未だ痛むのであろう鼻を手で押さえつつ退散していった。


「今のは嬢ちゃんが警戒してたからよかったけどよ、坊主お前1人だったらケイネスにスラれていたぜ」

「しかし入っていきなりとは……ご忠告痛み入ります」

「ラノンはエルフ達のせいで綺麗な場所だけどよ、中にはこんな場所もあるんだぜ、気を付けなよ~」


 忠告してくれた男性はだいぶ酒が回っているようでどこか呂律が定まっていない様子だが、善意で忠告してくれているので素直に感謝の言葉を述べる。

 ライザと共に西地区を進めばどこも薄暗い路地が入り乱れている。


「もう少し歩けば色街ですね、昼間だとどこも営業はしていないので人通りは少ないと思います」


 ライザが言う色街とは風俗街の別名だ。性的なサービスをしてくれる娼婦や男娼たちがこの区画に集まり、それを求めで多くの冒険者が訪れるそうだ。


「ここら辺はエルフの方々も来られませんので荒くれ者たちの根城になっています。当然警備隊も巡回に来ていますが実際はどうやら……」


 路地をでて道幅の広い通りへ出てみればピンクや紫といった妖しさを感じる看板を立てた店が建ち並んでいた。

 ライザが言うように通りを歩く人は居ない、それでも店の従業員なのか少し色めかしい恰好をした女性が気怠げな様子で店のごみを出していた。


「……やめてくださいよ?尊き御方のハイエルフ様がこんな色街の女を買ったとなれば私が怒られますので」

「う、うんわかっている」


 ゴミ出しをしていた女性の姿は経験の無いミナトにとって刺激の強い恰好をしていた。内心では期待で膨らんでいたがそれを察したライザが釘を刺す様に忠告した。


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