第15話

 刻印付きメイスとは殴打用の打撃武器であるメイスの頭部部分に魔法杖の様な魔術的刻印を刻んだ物になる。

 流石に魔法使いが使う杖の様に魔法を補助する機能は備わっては居ないが、最低限の補助魔法を使えればいいという考えの冒険者にとっては、近接武器としても使える刻印付きメイスは人気だった。


 ただそれでも一般的には普及していない特殊な武器なのでメイスにしても杖にしても少々割高なのがネックだ。


「ただそれでも杖よりは耐久力があるからミナトの様な馬鹿でかい魔力量でもある程度耐えてくれるだろう……多分」


 最後の言葉さえ聞かなければ即決していたものだが、細やかな手入れが必要とされる刀剣類に比べて打撃武器であるメイスはメンテナンスの観点からも優秀な武器と言われた。


「問題なのは打撃の効かないスライム系統の魔物だがあいつらは火に弱いからその際は魔法で良いだろう」


 序盤の階層によく出現するモンスターの代表格としてスケルトンという人間の骨を模したモンスターが居る。

 彼らは冒険者の遺品やダンジョンから生成された天然武器などを片手に集団で冒険者たちに襲い掛かってくる厄介なモンスターだが、スケルトンを始めとするメイスの様な打撃系武器に弱いモンスターも結構な数が居る。


「パーティーの編成上、剣はトバリが使うだろうから必然的にミナトは打撃要因になるはずだ。そして魔法も使えるとなれば刻印メイスが一番いいだろう」


 トバリに関しては剣士という特殊技能の効果が刀剣類の経験値が上がりやすいという幅広い物なので選択肢は広いそうだが、魔法も使えて尚且つパーティーの穴を埋めるとなればこれが良いだろうとの事だった。


「刻印メイス以外の魔法武器は総じて高い、この店で買ったとしても新人冒険者なら数年は返済地獄に陥る額だ。だから辞めておけ」


 俺が使える様な耐久力のある魔法武器となれば刻印メイス以外だと一流冒険者が使う様な物になってくるそうだ。










「思いっきり神官みたいですね」


 武器や防具が無事選び終わり、結局俺とトバリはナディスさんの助言通り刻印メイスと通常より短めの直剣を購入した。

 防具に関しては種族的特徴が無いので汎用性の高い防具を購入した。


 トバリは軽装で俊敏さを優先した装備になっているので、人体の急所である胸周りに金属プレートを付けている他はアビスの大穴で入手された魔物の革を鞣した防具を身に着けている。


 一方の俺はまるでシスターと同じ教会に住む人間の様な法衣を身に纏っている。本来であれば冒険者の聖職者はもう少し戦闘向けの防具を装備するらしいのだが、強化魔法を使用すれば例え布地の服装でもトバリ以上に防御力は高いから大丈夫と言われた。


 ナディスさんはそう言うが非常に不安だ。


 こう言ってはなんだが、冒険者は何かと防御面を軽視する傾向にあると思う、この傾向は冒険者医療保険と呼ばれるギルド主体の保険制度が開始されたのがきっかけだ。


 冒険者と言う常に危険が付きまとう職業柄、腕の一本や二本戦闘によって千切れてしまうなんてそう珍しくはない

 流石に死んでしまうと保険が適用されたとしても結構な大金がかかってしまうのだが、腕が無くなったり半身不随ぐらいならその日で復帰できるぐらいには回復魔法は研究されている。


 ただそれらの回復魔法の多くは教会と呼ばれる組織が殆どを牛耳っている。シスターを含めた解呪魔法だったりも教会が行う役割の一つで、冒険者としては信仰と言うより医療施設と言った意味合いが大きい


 冒険者の聖職者たちも回復魔法は使えるが、その多くは下位魔法である治癒魔法が殆どだ。切り傷や打撲痕を治すのが精いっぱいで、蘇生や修復と言った上位の魔法は使えない


 ただ冒険者はギルドから特別な医療保険を受けられる以上、ケガに対する危機感が少ないのが事実だった。

 冒険者以外であれば保険が適用されず腕一本生やすのに数百万とかかるだろう、医療と言う観点で見れば下手な貴族より扱いは良い


「わざとやれとは言わんが、痛みに慣れるのも訓練だぞ?出なきゃ耐久のステータスも上がらないからな」

「はい、師匠」


 ナディスさんをいつの間にか師匠と呼んでいるトバリを横目に、俺は内心言ってることは分かるが普通であれば中々に突飛な考えだと思う









「アビスの大穴の第一層は外見以上に巨大なエリアを形成している。原因は不明だが異空間が形成されているんだ。しかもダンジョン内の魔素によって地上では見ない様な変異を遂げた自然が広がっている」


 アビスの大穴へ続くダンジョンへの入り口はギルドによって厳しく管理され、専用の施設が建てられている。


 アビスの大穴は30年の落日を引き起こした大規模な地殻変動の後に4つの階層がまるで螺旋を交差させるような形で深部へと続く


 なので、今では四つの小型のダンジョンがアビスの大穴には広がっているそうだ。それぞれ各都市の名前を監視、俺とトバリが挑戦する場所はアビスの大穴‐ラノン第一層と呼ばれる。

 ナディスさんが言うには10層まで降りるとそれらの各都市の小型ダンジョンが合流するそうで、その一帯は魔物が出現しないこともあって各都市の影響下を受けない街が広がっているそうだ。


(ダンジョン内に街を作るなんてとんでもねぇ)


 俺が寝ている200年もの間、正しくは150年ちょっとだろうがそれでも世界三大迷宮と謳われるダンジョン内に街を築くなんてこれ程驚いたことは無い


「だからトバリが捕まったラスティールの都市の冒険者とも合流することになる。10層までは比較的冒険者達も穏便だがそれ以降の階層は気を付けるように」

「確かに……冒険者のプレートも都市ごとに変わるんですか?」

「あぁ、HRによるプレートの色はどこも同じだが彫られている模様が違う」


 冒険者のプレートとは外見的にその首から下げているプレートで実力を判別するための物だ。

 俺とトバリの様なHR0は白、ナディスさんはHR8で40層まで自由に降りることができ、最大45層挑戦することが可能な冒険者なので赤のプレートを首から下げている。


 冒険者プレートはHR0は白でHR1は鉄色をしている。

 そして銅、銀、金と金属の色のプレートがHRを更新するごとに上がっていくわけだが、この金属色のプレート帯の冒険者を【アインズ】と呼び、一般的な冒険者の殆どがこのアインズの冒険者だ。


 そしてHR5からは緑色のプレート帯に代わってここからは選ばれた優れた冒険者だけが到達できるプレート帯でこの部分に位置する冒険者からは【カラーズ】と呼ばれる。

 カラーズと呼ばれる冒険者になれば、例え人間であってもエルフと同様の市民権を持つことが許され特区の利用は勿論、ギルドでも様々な忖度がなされる。


 このカラーズへ上がる事を多くの冒険者が目標としており、一部人間や獣人の冒険者もこのカラーズになっている者たちも居るそうだ。


「まぁ、ミナトは勿論だがトバリも努力すればカラーズに成るのは難しくないだろう」


 そんなものだろうか?カラーズの冒険者は全体の5%も満たないなんて聞いたけど、まるで簡単そうに話すナディスさんは先程の件と言いどこか一般常識が抜けている気がした。


「で、お前たちはHR0の状態なのでこの階層でしか攻略できないHR0でも自身の無い冒険者はこのエリアで日銭を稼ぐ者も多いから人目を気にするように」


 つまりはお前だと名指しで言われたらぐうの音も出ない、実際に俺が抱える秘密は多いしここで魔法を使えば色々と騒ぎになる可能性があった。


「とはいっても第一層なら罠も無いし強力な魔物も出ない、魔法すら要らんよ」


 第一層は冒険者でない一般人なら危険な場所ではあるが、冒険者として覚醒しているならば余程の事が無い限りは死なないと言われた。


 中には戦闘の際に出た血を見て気絶してタコ殴りにされる新人冒険者もいるらしいが、人が多い階層でもあるので救助も容易だという


「私は赤帯冒険者だから第一層でお前たちの傍にいると騒ぎになる。だから今日の夕方にはダンジョンから出てこい、その後は私自ら修行を付けてやろう」

「はい!」


 威勢の良い返事をするトバリに続いて俺も応える。赤帯冒険者となればどんなに金を積んだところで縁すら組めない殿上人の様な扱いだ。そんな人物から直々に修行を付けて貰えるとはやはり〈祝福されし玉体フォルトゥーナハイマ〉のご都合主義の様な運の良さを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る