第14話
「ミナトとトバリの装備に掛かる代金は事前にアリアナから貰っているからお金の心配はするな、もし気になるのなら早く一端の冒険者になって彼女に返してやれ」
相変わらず人通りの多い冒険者ギルド前の広場で赤いフードを被ったナディスさんを探す。
数分探した挙句、後ろから耳元に息を吹かれるという悪戯を受けつつもナディスさんを無事合流することが出来た。
合流した後は早速冒険者向けの装備が売られている北地区の商店通りに向けて移動する。
その際に言われたのはシスターが俺とトバリ用に装備を揃える為のお金を別途ナディスさんに渡していた事だった。
聞けば俺がナディスさんに渡した手紙に書いてあったようで、今回かかった代金はシスターの口座から引き落とされるとの事
「だからと言って安い物を買わない様に、それでケガをしたら元も子もないからね」
何度も世話を受けている俺とトバリの表情を見て、ナディスさんは真剣な面持ちでそう釘を刺した。
「トバリは剣士の特殊技能を持ってるけど耐久が低いから壁役は無理だね、だとすれば軽装で統一して回避を優先した方が良いと思う」
俺とトバリはナディスさんの行きつけの店に訪れていた。
冒険者向けに揃えられた装備や道具類が多く売られている商店がある区画でも、大通りに店を構える一等地だ。
そのお店の外見からしても見事な石造りの家が建てられており、隣接する店も今見ている建物と引けを取らないぐらいには立派な建物だ。
ここは商業特区、北地区の東側にある宿屋通りにも見かけたエルフやその関係者しか立ち入ることが出来ない特区の一つだ。l
その為か立派な建物が立ち並ぶ場所でありながらその通りを行き交う冒険者は少ない
本来であれば俺やトバリは入ることが出来ない場所だ。しかしエルフであるナディアさんが付き添いであればこのような特区と呼ばれる場所でも許可書が発行され入場を許可されるようだ。
「今の時間帯なら城に登城しているかダンジョンを探索しているかのどちらかだろう、選ぶなら今の内だね」
ナディスさんは人間の装備店にも良い物を売っている店はあるが、どれも性能に見合った良い値段をしているそうだ。
しかし、特区の装備店は値段の割に質の良い装備や道具を売っているそうだ。これも特区と言うだけあって安く売っても補助金が都市から出るそうなのでこのような事が出来るらしい
だから多少のリスクは孕んでいてもここで選ぶのが良いだろうと言われた。俺の様に魔法使いとして適性があるのなら尚更だと言う
ナディスさんが勧めるお店に入り、早速店長が店から出てきた。
後ろにはニコニコと笑みを浮かべる人間の店員と店長が俺とトバリを見て一瞬不信そうな表情をしていたが、その後ろに立つナディスさんを見て不気味なほど満面な笑みを浮かべて対応してくれた。
「これはこれは!ナディス様ではありませんか、今日はどのようなご要望で?」
「あぁ、こいつらの装備を見繕いたい……ただ下手なことはするなよ?彼らはアリアナのお気に入りだ」
ナディスさんがアリアナと言った瞬間、明らかに動揺したように一瞬身体を揺らした。
「ほぉ……それはそれは、かの大英雄であらせられるアリアナ様のお気に入りの人間が私共の装備を使って頂けるのであれば、これ以上の喜びはございません」
「ただし、お忍びでだ。ギルドも知っているが話が広まると面倒だ……わかるな?」
そんな動揺した店員たちとは違い、一番前に立つ店長と思わしき人間の男性はこちらの真意を探ろうと不気味な視線を向けて来る。
そんな中で店長の男性と話すナディスさんは釘を刺す。
「内密という事でしたら金額は普段通りで?」
「あぁ、適正価格で構わない……ただし欲を出したら分かるな?」
「えぇ、勿論ですとも」
聞けばこのような特区に店を構える場所では客がエルフであれば出世払いやツケという物が存在するらしい
特にナディスさんやシスターの様な有名冒険者であれば、広告塔として店側が名を広める代わりに提供する装備をタダにするなんてこともあるそうだ。
ただ今回はその様な事はせず通常の買い物としてとなるので、適正価格で販売をお願いするという事になった。
それでも特区以外の装備店で同じランク帯の物を買おうとするなら倍はするようなのだが……
「彼らの適性は?」
「少年は魔法使いだ。筋力の値も悪くないからメイス系を優先して選んで欲しい、少女は剣士持ちの近接職で耐久が低いのでそれを念頭に軽い装備類だな」
「剣士持ちですか、流石アリアナ様のお気に入りなだけありますね」
会話を交わすと、後ろから女性の店員がやってきた。そしてその女性に案内される形でトバリは連れていかれ、俺とナディスさんは店長の男性と一緒に魔法職向けの装備コーナーへ向かった。
「彼は非常に魔法適性が高い、エルフ向けのメイスを見せてくれ」
「それほどまでですか、ではこちらになりますね」
広い店内を案内され、最初に向かったのは人間向けの武器が置かれているコーナーだった。
そこで一回立ち止まると、後ろを歩いていたナディスさんがここでは無いと話を入れる。それに店長の男性は驚きつつも更に奥へと足を運んだ。
「特区の店なのに人間向けの装備も販売しているんですね」
「あぁ、一部には人間の冒険者と組んでいるエルフも居るからな、数は少ないが特区でも人間用の装備は売っている場所もある」
初めて知った事だが、冒険者の装備でもエルフ向けや人間向けと言ったように分かれて作られているそうだ。
元々、種族的特徴を生かすために一部の獣人向けの専用装備が存在しているのは知ってはいたが、エルフと人間にも分けられる形で装備が作られているのは驚いた。
「人間向けの魔法杖をエルフが使うと彫られている刻印が焼き切れてしまうからな、逆だと威力が弱すぎて発動しない場合もある」
多く知られているのが人間とエルフの魔法適性の差だ。
魔法を使用できる武具には専用の刻印が彫られているそうだ。それを媒介にして威力を増幅させ強力な魔法を唱えるらしい
そして人間用とエルフ用ではその刻印の耐久性が天と地ほどの差があるそうだ。
人間がエルフ向けの魔法杖を使うと魔法が唱えられないらしいし、エルフが人間向けの魔法杖を使うと威力が高すぎて焼き切れて使い物にならなくなってしまう
それ以外にも単純にエルフ向けの装備が高級でそれ以外の装備は安いといった違いもあるそうだ。
「ここがエルフ様向けの刻印メイスが置かれている場所です。彼の属性は?」
「汎用性と耐久力が高いやつでいい」
「畏まりました。少々お待ちを」
そう言うと店長の男性は後ろに構えていた店員に指示をだしてナディスさんが出した条件に合う装備を探してくる。
「探している間、私は少女の方を見てくる……デビット、要らぬ欲は出すなよ?」
ナディスさんは俺以外にもトバリの先生もする。その為トバリの様子も見てくるようで、店員が装備を見繕っている間にそちらの方を見て来るそうだ。
「えぇ、心得ております」
相変わらず満面の笑みを崩さない様子でデビットと呼ばれた店長の男性は軽くお辞儀をした。
「トバリ様はヤマト国の出身だということなので、最初は刀を中心に集めさせて頂きました……いかがでしょうか?」
「うーん」
ミナト様とナディス様と離れて私は刀類が置かれた所へ案内された。
ヤマト国、ここは私の生まれ故郷でミナト様の生まれ故郷でもあるらしい
ただ私にはその時の記憶がない、物心ついた時には大陸のとある街で住んでいたし、母親の方はその大陸の出身だった。
ただ今の母親は生みの親ではなく育ての親だと聞いた。それもそのはずで、母はこの大陸特有の赤茶色の髪の毛に褐色の肌をしていたのだから
私は父と同じように真っ黒な髪色をしていて、肌も褐色ではなく黄色人と呼ばれるヤマト国の周辺に住む人間特有の黄色肌と呼ばれる肌色をしている。
だから私は何となくそうなのだろうと思っていた。それでも母は私を愛してくれたし、アビスの大穴があるダンジョン都市へ行く際にも心配してくれた。
まぁ今に至るまで色々とあった訳だが、何を言いたいかと言うと私はヤマト国の生まれだけど余り覚えていないという事だ。
なのでヤマト国発祥とされている刀を持ち出されても私は特に刀に関して思い入れはない、それでも私の見た目からしてそう間違われても仕方のない事だった。
「ん、刀か……トバリはどうするんだい?」
店の奥の方からやってきたのはミナト様の装備を見に行っていたナディス様だった。現れた瞬間、私の周囲であれやこれといった様々な刀を持ち出していた女性の従業員の方々は一斉に頭を下げる。私も従業員の方たちと同じように頭を下げた。
「いいよトバリ、これから色々と教えるのに毎回頭を下げられちゃ困るだけだし」
「でもしかし……」
「じゃあこれは命令、今後私と会った時に頭を下げない事」
そう言われれば私は頷くしかできない
「それでトバリは刀を?」
「いえ、まだ選んでいる途中です」
「そうか、刀は良い武器だしトバリの戦闘スタイルにも合っているだろうけど扱いが難しいからね」
刀は剣と違い、雑な扱い方をすると刃こぼれを起こしたり折れてしまうそうだ。剣と比べ軽く振りやすい形状をしているのだが慣れない内はお勧めしないとの事
「そうだな……これとかどうだ?」
ナディスさんは様々な種類の剣が展示されている棚から一本の剣を取り出す。
飾り気の無い武骨な直剣、ただ映えるのは純白の剣身が美しい剣だった。
「身体の大きさを考えると余り大きな武器はお勧めしない、アビスの大穴は様々な環境が存在しているし、その中には狭い洞窟を模した階層もある」
そんな場所で長い剣や槍は扱いにくい、かといってナイフのような短い剣身だと普段の戦闘が難しくなる。それらを考慮すれば平均的な剣より若干短めのサイズが良いと思うと言われた。
「勿論、トバリが使いたい武器を一番に尊重する。余程合わないと思われる武器なら止めるがもしミナトの役に立ちたいならこのような剣が良いだろう」
ただ即決はするなとも言われた。ナディスさんが見るにこの一帯に置いてある武器ならこれが一番私に合うだろうがすぐに決める必要もないと言われた。
「……やっぱり武器選びって難しい」
「そりゃあそうさ、ある意味一番の相棒になるんだからね」
そう言われたら余計に難しくなってしまう
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