第8話

「ミナト様、身体の作りが変わってしまった事をあのシスター様に相談しなくてもいいのですか?」


 その後何度もエルフのシスターから支払いの為に無理をしないようにと厳命され、場合によっては相談に乗ると念を押された。

 そうやってトバリは晴れて自由に身となり、教会の外へ出ようとしたが辺りはすでに真っ暗になっていた。


 当然俺とトバリには宿に泊まる為のお金なんぞなく、困っていたところ人の好いシスターに今夜は教会に併設されている小屋に泊まっていくといい、と言われそのお言葉に甘えた形だ。


 案内された小屋は思いの外しっかりとした作りで、中も浮浪者には過分なほど清潔に保たれていた。

 テーブルとイス、部屋を照らすランプに布団の一式が畳まれゆっくりしていくと言いと言われてシスターは小屋を後にした。

 教会の敷地の端にある井戸で軽く水浴びを済ませ、シスターが他の教会で働く人数分の料理を作っているとの事なのでそれを待っている形だ。


 本来であれば手伝うべきなのだが、そう言っても疲れているのだからゆっくりしていきなさい、とシスターは譲らなかった。

 ただただこの都市に来て様々な人に親切にされ頭が下がる思いだが、その分立派な冒険者となって恩返しすることが一番の恩返しになるだろう、不本意ではあるものの今出来ることは何もないので無理やりに納得することにした。


 そんな考えをしていたら、水浴びを終えたトバリがヤマト国の人間らしい黒髪を布で拭きながら小屋へ戻ってくる。

 彼女もシスターに対して多大な恩を感じているようで、俺のエルフみたいな体になってしまった事も相談してはどうだ?と問うてきた。


「確かに、ただこれがまずい物だったらどうなるかっていう不安もある」


 今では元の人間の身体に戻して欲しいという気持ちはある。

 エルフは長命で身体能力も魔法センスも人間よりずっと上だ。

 特に寿命は60年程しか生きられない人間に比べ、エルフは1000年近くもあると言われている。

 そして冒険者としての全盛期の期間も長く、総じて優秀な冒険者になる者が多い


 憧れはあるのは間違いない、エルフは顔もいいから非常にモテる。人間の女性が好きと言う物好きなエルフの冒険者は常に女を数人侍らせていたし、同じ男としていけ好かなかったが彼は冒険者としても優秀だった。


 ただこの身体になって思ったのが、元は平凡な能力を持った人間だ。思考は完全に人間ベースだし、特別頭が良いと言う訳でも無い


 過ぎた力や大金は身を滅ぼすというのは冒険者界隈では良く言われたもので、強力なスキルが発現していい気になっている奴は早死にするなんて言われるぐらいだ。

 だからこそ地に足をつけて人間の冒険者をやり直したいと思った。〈光学迷彩〉カモフラージュも強力なスキルだ。あの時はまだ下っ端だったけども我ながら将来性はあったと思う


 そしてエルフみたいな体になってしまった。とエルフであるシスターに相談するのが怖いというのもあった。

 誇り高き種族であるエルフ、その擬きでらあるもののエルフに近い肉体に人間がなってしまった。と言ったら幾ら心優しいシスターでもどういう反応をするのか非常に怖いというのが心のどこかで思っていた。


「だけど……良いの?たぶん相談に乗ってくれるエルフの人なんてシスター様ぐらいしかいないと思うよ?」


 向かい側の椅子に座り、心配そうに見てくるトバリの目を見て考えが揺らぐ、彼女からしてもシスターはエルフとして異端だと言う。今も昔もエルフは変わらないようで、他のエルフは彼女のように人間にやさしくないとの事、だからこそこの身体の異変について相談できるチャンスなのでは?とトバリは言う。


「そうだな、シスターに相談してみよう」

「うん、私もそれが良いと思う」


 どのような結果になるかは分からないがすぐさま殺されるということは無いだろう……そう決心しシスターにこの身体について相談することを決めた俺を見てトバリはニコリと笑顔で頷いた。







「相談……ですか?」


 シスターからパンと野菜がたっぷり入ったスープを貰い、そのままシスターが小屋を出ようとしたタイミングで呼び止める。

 食べられない物でも入っていたかしら?と言った感じでこちらを見てくるが横に居る真剣な様子のトバリを見てその顔は真剣な表情に戻った。


「別に無理して見せなくてもいいのよ?」


 俺の身体の異変について教えて欲しい、とシスターに伝えて顔に巻いていたボロ布を解く、シスターはどうやら俺がケガか病気で酷い状態になっていると思っていたようで、無理に見せなくてもいいと止める。肌や病気の治療ならまた専門のシスターが居るので態々私に見せなくてもいいと言ったが、そうでは無いと言って意を決して変わった姿を見せる。


「……」

「……どうでしょうか?」


 ちらりと視界に映るのはシスターが目を見開いた様子。その心情は驚愕と言った感じだろうか、少なくとも怒気や嫌悪感が無いだけ内心はホッとした。


「事故でこうなってしまったんです。出来れば元に戻りたいと思っています……シスターの知恵を貸しては頂けないでしょうか?」


 未だ言葉を発せない程驚いている様子のシスターを前に軽く頭を下げる。アビスの大穴の奥地でなんて言っても誰も信用しないだろうし、単純にそこまでの経緯を説明するのもまだ早いだろうと思い簡潔に事故としてエルフの様な姿になってしまったと話した。


「そうですね……私もこのような経験は無いので大変驚きました……がしかし」


 気を取り戻したシスターはふぅ、と息を吐き精神を落ち着かせながらゆっくりと喋り始めた。


「まずはトバリさん、あなたには少し話せない事があるので一旦退室させて貰いますね?後はから話を聞いて貰えると嬉しいです」


 シスターの言い方に少し疑問を浮かべたが、俺やトバリの有無を言わさずに俺の手を握って小屋を後にした。

 暗い教会の敷地を確かな足取りでシスターはどこかへ俺を連れていく、ちらりと前を歩くシスターの顔を見ようにも上手く見ることは出来なかった。






「こちらです」


 着いた先は教会でも特に大きな建物の中にある一室だった。清貧を良しとする教会に置いてたどり着いた場所は異様な程、豪華な造りとそれに見合った内装が施された部屋だった。


「ここは?」


 なぜシスターがこのような場所に連れてきたのかが分からない、辺りには俺とシスター以外の気配は無く、とても静かな場所だ。


「ここは本国の大司教様や宗教貴族の方々などが滞在される別荘です」


 部屋の明かりを灯し、軽く周囲を歩いて何やら準備をする様子のシスターが話始めた。


「本国?という事はエルフの国の……」

「はい、カイネス大陸の南東部に位置するエルフの国、そしてこの都市ラノンを統べるパーシウス王国です」


 シスターが話すのはカイネス大陸南東部、アビスの大穴が丁度大陸の中心部にあるので方角的には同じく南東方向に位置する王国のパーシウスという国だ。

 パーシウス王国はこのラノンの都市と違い、全員がエルフで構成された王国だ。南東部にあると言われているが、パーシウス王国がある南東部は深い樹海で閉ざされており、その森は深い霧に覆われている。


 パーシウス王国へたどり着くには優れた魔力探知能力が必須で、自然とそれらが出来るのはエルフや精霊といった種族たちになっていく、そして彼らは基本的に人間に対して無関心なので、名前や大まかな場所は知っていてもパーシウス王国がどのような存在なのかまでは知らなかった。


「でもなぜこんなところに自分を連れてきたのですか?あまり関係の無いように思いますが」


 謎に包まれたパーシウス王国の偉い人達が泊まる場所であるなら、普通は外部の人間を入れようとはしないはずだ。そう思いここに連れてきたシスターへなぜ連れてきたのか質問したのだが、シスターは間違っていないと首を横に振る。


「まだ事の重要さを分かっていないのですね、


 シスターは俺の名前をトバリのように様付けで呼んだと思えば、目の前で跪いた。


「ど、どうしたんですか?顔を上げてください!」

「いえ、これで正しいのです尊きハイエルフの君」


 ハイエルフ?と疑問を浮かべるが、俺個人としては恩人であるシスターにこうやって跪かせることには強く拒否感を感じる。


「とりあえず説明をしていただかないと分かりません、教えていただけませんか?」

「……そうですね、ではこちらへ」


 まずは話を聞かなければ何も始まらない、そう思いなぜこうなったのかシスターから話を聞くために部屋に置いてある椅子に座ってじっくりと話を聞くことにした。

 そう俺から言われたシスターは仕方ないといった様子で俺が座るであろう椅子を引き、こちらへと案内をしてくれる。

 先程と違った態度に居心地の悪さを感じつつも今はその場の流れに任せるのが大切だろうと指示に従い座った。


「まずは先程までの私の行いに謝辞を、いと尊き御方の前で無礼なを働いたことを深く謝罪します」


 ペコリ、と深く頭を下げて謝罪をする。ここまで来ればシスターがそのハイエルフとやらになぜ畏まっているのかある程度予想が付いた。


「ではシスター……ハイエルフとはどんな存在なのですか」


 俺が恐る恐るシスターに話を聞いてみると、シスターは先程までの慈愛を持った様子ではなく軍人の様なハキハキとした様子で話し始めた。


「はい、ハイエルフと言う種族はパーシウス王国の王族が代々受け継ぐ血筋の祖となった尊き種族です。ハイエルフと呼ばれる方々は皆頬に魔紋と呼ばれる痣の様なものが浮かび上がるとされています」


 なるほど、とシスターが説明したような頬の痣はそういう物だったのかと納得した。確かに彼女が見間違えるわけだ。


「そして魔紋はハイエルフの血を受け継ぐ王族達にも引き継がれ、王族の血筋であるエルフは皆頬に黒い痕の様な痣がございます」


 シスターはそこに付け加える形で、それでも俺の様な首筋まで達する巨大な魔紋の痣は無く精々片側の頬に現れるぐらいだと説明した。


「ではハイエルフと呼ばれる方々は今も居るのですか?」

「いえ、ハイエルフの方たちは非常に少なく、パーシウス王国に伝わる文献でも伝説が仄めかされる程度です。なので現代においてハイエルフと呼ばれるエルフは存在しません」

「でも俺はそのハイエルフ?と呼ばれる種族じゃありませんよ?事故でこうなってしまったので元は人間なんです」


 他にもシスターから説明を受けるにハイエルフと呼ばれる種族の見た目と特徴は今の自分の姿と合致している。

 ただ俺は元は人間だし、エルフたちが敬うような力も持ち合わせていない、シスターの勘違いなのでは?と俺は喋った。


「いえ、大変恐縮事なのですが、ミナト様を眼で調べさせていただいたところ、その魔力の質からして文献と相違ありませんでした。元がどうであれ確実にあなた様はハイエルフと呼ばれる存在なのです」


 彼女は俺が知らない内に眼と呼んだ特殊な方法で俺の体内を調べたそうだ。シスター曰く俺の身体にはエルフや精霊には無い特殊な魔法が出ているようで、魔法が弱いのは単純に冒険者として覚醒していないからだと言う


(面倒事になった。俺が知り得ない情報が揃っているから反論するにも厳しい)


 シスターが俺を見る目はいたって真剣さを帯びている。冗談を言っている訳ではなく、ただエルフとして上位者とされているハイエルフに対しての接し方をしているのだそうだ。

 ただシスターが言うにはこれでも凄く無礼な方にあたるそうで、本来であれば同じ部屋に居るどころか、顔を見てもいけないそうだ。どんだけだよと思わないでもないが、冗談が通じるタイプの話では無さそうなのでその考えは内心でとどめておく


「それで、俺はどうなるんでしょうか?」

「それは……私としてはミナト様がやりたいように全力でサポートさせて頂く思いなのですが、他のエルフに見られると少し面倒かもしれません」


 目尻を下げ、困った様子でシスターはそう言った。シスターはハイエルフと思われる俺のやりたいようにやらせるといったスタンスが良いだろうと思っているが、他のエルフがこの姿を見たら分からないとの事


「私以外のエルフ、この教会で従事する他エルフも含めてその御身の姿を見せてしまうと本国へ連れていかれるかもしれません」


 それはミナト様……俺にとって嫌なのですよね?とシスターは問うてきたが、まさしく彼女の考え通りだ。


「……本国へ入ってしまったら再びアビスの大穴の都市へ戻ることは?」


 念のため、とシスターに聞いてみるが俺の問いに対してシスターは首を横に振る。彼女の話し方からしてそのエルフの国へ入ってしまったら国外へ出ることは一生無理だろうと言われた。


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