第7話

 ラノンの都市、南地区ではラスティールといったアビスの大穴周辺のダンジョン都市以外の勢力との交易が主な機能として動いている。


 エルフ達の国であるパーシウス王国やその他カイネス大陸の近隣諸国からアビスの大穴にて採掘された貴重な魔道具を求めてやってくる。その中には態々遠い別大陸から態々足を運ぶ商人もいる。


 その為か街ゆく人達はみなそれぞれの国の文化に合わせた服装をしており、先程エルメアの都市を思い出したのはこのような多種多様な文化が入り混じった光景が見えたからなのかもしれない


「ミナト様、そろそろ目的地の教会付近です」


 トバリは何故か俺を様付けで呼ぶようになってしまったのだが、どうやって様付け呼びを直そうかと考えているとトバリが指をさした先には南地区でも一際大きな建物が現れた。

 こげ茶色のフェンスで囲われた教会は、自然の多いラノンの都市内でも更に鬱蒼と草木が生い茂っている。


 外から見ればその一帯だけ一見森のようだが、外から見ても人為的に手入れが施されている。背の高い木々からポツンと教会の尖った屋根の部分が突き出た様な形で教会が見えた。


 都市内であるにもかかわらず。広い敷地の中にはどうやら畑があり野菜を栽培しているようだった。


 門には小さな詰所が存在し、そこには暇そうに欠伸をする男性が座っていた。


「すみません」


 俺が話そうとする前にトバリが一歩前に出て詰所にいる男性に話しかける。んぁ?と気の抜けた様子で男性はもたれかかっていた椅子から身体を起こし、俺とトバリをまじまじと観察する。


「あー……奴隷紋の解呪か、ならこっちだ」


 その男性は俺たちの身なりですぐに脱走した奴隷だという事に気が付いた。本来であれば脱走した奴隷は持ち主に強制送還されるのだが、脱走奴隷でこの都市に入れるという事は保護対象となるカーメリアからの奴隷に限られる。

 男性の話し方からして、俺やトバリと似た境遇の人間を何度もみてきたのだろう、慣れた手つきで詰所に置いてある棚から書類を出し、一番距離が近かったトバリに二人分の書類を渡す。


「これを礼拝堂のシスター様に渡せ、そうしたら必要な書類を書いて説明を受けたら奴隷紋を解呪して貰える」


 さっさと行きな、と言った形で軽く手で追い払う、男性の仕草は酷く面倒くさいといった感じだったが手間が省けてこちらとしても男性のおざなりな対応はありがたかった。

 詰所の男性と話を済ませた後、教会の敷地内へと入る。するとピリッと肌を刺激するような感覚に襲われた。

 なんだ?と疑問に思っていたのだが、前を歩いているトバリを見るに気のせいかもしれない、もしくは草木の多いこの場所で虫に刺されたという事もある。


 指示された建物へ到着し、ガチャリとひと際大きな扉を開ける。中は礼拝堂と言うだけあって広く天井も高い

 二列に分かれて横長のベンチが置かれ、丁度正面の奥には祭壇と色鮮やかなステンドグラスが見える。


(教会とは縁のない人生だったけど、こうやって見ると神様を信じる人の気持ちも分かるかもしれない……)


 基本的にアビスの大穴を探索する冒険者は神頼みは良くするが礼拝をおこなう程、信心深い敬虔な信徒は余り居ない。

 単純に俺の周辺に居なかったという事もあるのだが冒険者という特性上、どうしても自分の力で道を切り開くという考えが根強く、どうしようもならないとき咄嗟に神頼みと言ったスタンスの冒険者が多かった。


 ただ教会の持つ神聖魔法はダンジョンで受けた呪いや傷を回復するといった支援魔法に秀でている人が多く、パーティーを組む冒険者たちにとっては人気のクラスで、教会の教えを受けた聖職者の冒険者は何時もどこかしらのパーティーから誘われる人気がある。

 ただ悲しい事に、聖職者は神聖魔法を使えるが熱心な信仰者かと言われると疑問が出る。単純に神聖魔法が使えれば求人もあるからと言った酷く合理的な考えで信者になる者も多かった。


 そんなこともあり、信仰と言う物に対して俺はあまり期待しては居ないのだが、こうやって来てみるとどこか空気が澄んだような気持ちになる。雰囲気に飲まれているといった方が正しいのか、しかしそう感じているのは俺だけではなく一緒にこの礼拝堂に訪れたトバリも同じ様子だった。


「あら?これはこれは……」


 礼拝堂の奥、別室へ繋がる扉の向こうから現れたのは冒険者の方の聖職者とは違う装いのシスターが現れた。

 全身が黒に近い藍色の布地に肩までかかる巨大な頭巾、モンスターと戦う都合上、武装している冒険者の方とは違いちゃんとした人だった。

 ただ人、と言うのは正しくないのかもしれない

 俺とトバリの目の前に現れた女性の顔はとても美しく、だぼったい衣装からも分かる冒険者好みのグラマラスな肉体、そして頭巾をかぶっている耳の部分は盛り上がっていることから俺は直感的に彼女はエルフだと気が付いた。


「その身なり……ラスティールからの逃亡奴隷かしら?」


 その女性は俺たちを見ると目を細め観察する。両手を体の前で構え、背筋をピンと張った様子は如何にもシスターらしい立ち振る舞いなのだが、ひりつく様な威圧感が全身から放たれていた。


 ただそれは一瞬で収まり、俺らの現状を確認するとその表情は慈愛を浮かべた様子で奥へと案内してくれた。


(おかしい、エルフってこんなに優しかったか?)


 カツカツと礼拝堂の奥にある扉をくぐり、他の建物へと繋ぐ通路を歩く、一番後ろでついていく俺は目の前を歩くエルフのシスターをみて自分が知っているエルフとは酷くイメージが乖離していることに戸惑っていた。


 エルフはラスティールの人間と同じように、白人主義……彼らにとって言えばエルフ至上主義みたいな部分がある。

 ラスティールの白人至上主義は白人以外は皆奴隷みたいな思考だが、エルフは人間は他の家畜、知性のある動物ぐらいにしか思っておらず。エルフから人間に対して干渉するといった事はあまりないが、こちらから干渉されることを酷く嫌うはずだ。


 しかし、目の前を歩くエルフのシスターはどうだろうか、これが人間の女性ならまだしもエルフがこうやって人間である俺とトバリを対等な目で見るというのはどうしても違和感を感じる。


「さぁこちらへ」


 そんな彼女の様子に悩んでいると、連れられた先は特に飾られた様子の無い質素な部屋、長方形のテーブルとそれを囲うように四つの椅子が置かれ、部屋の端には書類が詰め込まれた棚が置いてあった。


 俺とトバリは並ぶように指示された椅子に座る。そして対面側にはエルフのシスターが座り、ペンを取り出す。


「これは」

「あら?このペンを知っていますの?」

「はい、実際に見たことはありませんが、契約魔法を使用する際に使われる魔道具だと聞いています」


 思わず声に出してしまったが、シスターが持っているペンからは微かに魔力の気配を感じる。ペン先を浸けるインク壺にも魔術的刻印が刻まれており冒険者であれば実際に見たことが無くても分かるだろう


「これからあなた達には解呪に対する契約をさせて貰うわ、これはその人個人個人で内容が変わってくるから全部手書きでやらないといけないの」


 その後の言葉を聞けば、解呪に対する費用の支払いについてだった。そりゃそうだ幾ら教会であっても無償の施しはしない

 大体解呪自体が高度な魔法なので、人によっては身分を持たない物は門前払いされるなんてこともある。

 さらさらと慣れた手つきで専用の紙に契約内容を書いていく、書かれている文字は高度なエルフ語ではなくカイネス大陸の共通語だ。


「とりあえず。こんな感じかしらね、君は?」

「あ、自分は大丈夫です。彼女の連れなので僕は奴隷紋は彫られていないので」


 トバリの分の契約書を書き終わり、次に俺の方を見てくる。俺は奴隷紋は彫られていないのでちゃんと断り、本来の目的だったトバリをちらりと横目で見る。

 真剣な様子で隈なくシスターが書いた契約書の内容を読む、あの人の好さそうな守衛の男性から教えて貰った場所なので詐欺をするような所では無いと思いつつもしっかりと内容を吟味した。


「はい、大丈夫です」


 契約書の内容をしっかりと読んだトバリは頷き、シスターへ返事をする。彼女に課された契約内容は3年間の間に15万ゴルドを治療費としてこの教会へ支払う、これは半年に一回あるラノンの納税日と一緒に分割で支払うといった形だ。


 一万ゴルドあれば中級クラスの宿に一か月素泊まり出来るぐらいの額だろうか、質の良い武器が買える金額だと思えば結構な大金だが、それでも解呪という高度な魔法を受けられる治療費と考えれば破格だろう

 ただ一から冒険者として始めるトバリはこれから装備を揃えたりと言って支払いはキツイ気もする。特に最初の支払日は三か月後なのでそれまでに5000ゴルド程貯めなければいけない


 三か月で5000ゴルドなら何とかなりそうな気もするが、冒険者は何があるか分からない、装備代の他にもポーションと言った消耗品、宿代だって必要だし、装備が破損すればその修理費だって必要だ。

 ただ同時にこの二日間一緒に野営をしてきて彼女の潜在能力の高さも知っている。冒険者として覚醒していない状態で十分に動けるし、戦闘に対する考えも冒険者向きだ。

 人によっては血を見るだけで吐いてしまう人間も居るのでその点彼女は有望たと思えた。


「……わかったわ、もし払えそうに無かったら相談して?」


 トバリが書類をシスターに返し、サインを確認する。それでもどこか申し訳なさそうに話すあたり、人が良いのだろうか?


「……あなたも分かっているのでしょうけど、無理をするのが一番駄目よ、中には頑張りすぎちゃって大怪我をしたり亡くなったりする子もいるから」


 悲痛な面持ちで語るシスターに頷くしかできなかった。

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