第6話

 逃げた先がアビスの大穴の北西部の森の中だったので、南部にあるラノンという都市に行くためには先程騒ぎお起こした白人至上主義国家が支配するラスティールの都市を迂回しなければならない


 念のためではあるが、ラスティールの都市周辺から少し遠回りになるようにアビスの大穴から遠ざかるように進んでラノンの都市へと向かう

 ラノン周辺まで到着するのに二日間程かかっただろうか、道中は森に住む動物を狩って生活していた。どうやら俺はこの身体になってから冒険者としてのレベルが初期化されているようで一部の魔法が使用できなかった。

 ただ覚えていたスキル〈光学迷彩〉カモフラージュは使用できたのは不幸中の幸いか


「ハアッ!」


 トバリは息を吐くように両手に持つ木の槍を突く、ダンジョン内の魔物では無いので木の棒の先に尖った石を植物の蔓で結んだ簡易的な槍だけでも周辺の動物を狩る事は可能だ。


「トバリやるじゃないか」

「いえ、これでも冒険者を目指していますから」


 戦闘の際激しい動きをしたので若干頬を赤らめ汗をかいた様子のトバリを素直に褒める。

 一応冒険者としてやっていた俺から見ても彼女の槍捌きはしっかりとしている。突きのブレは少なく足運びもちゃんとしている。

 冒険者になる前でこのレベルなら将来はきっと優れた冒険者になるはずだ。


「冒険者登録していたらあいつらにも勝てただろうにな」

「どうでしょうか?いくら冒険者でもあれもどの数の兵士を相手するとなると……」


 冒険者はギルドに登録することによってレベルが解放される。

 アビスの大穴と言ったダンジョン内で魔物を倒すと体内に経験値が蓄積されレベルが上がる。

 その為一般人と冒険者には天と地ほどの身体能力の差がある。

 妖精や精霊と言った種族を除き、魔法を使える人は皆が冒険者となって習得した物だ。

 その為冒険者としてだけ登録しておく、なんていう人間も多くいる。ただ冒険者として登録すると血液をそのカードに垂らす性質上、犯罪を犯した場合それを元手に追跡される魔法もある為そのメリットに比べて登録する人間は少ない


 そして冒険者ではない一般人の状態でこの戦闘能力ならトバリは優秀な冒険者となる素質が十分にあると言えた。

 冒険者になる前の俺は猪一頭すらまともに狩れなかったので少なくとも俺よりは強くなるはずだ。



「ん?誰だ。とまれ」


 ラノンの都市へ向かい始めてから二日目、丁度陽が沈む前にラノンの都市の正門前までたどり着くことが出来た。

 その門前で守衛をする人間はエルフではなく同じ人間だ。


「その身なり、どこかの脱走奴隷か?」

「はい、私と彼はラスティールの奴隷商から……証拠はこの奴隷紋です」


 トバリがそう言って守衛の男に例の奴隷紋を見せる。眼を見開きその奥に映るラスティール国旗の紋章を男にまじまじと見せる。


「そうか……辛かったな、ようこそラノンの都市へラスティールの逃亡奴隷なら専門の施設がある。そこへ行くと言い」


 トバリの奴隷紋を見て酷く同情した様子の守衛の男はトバリは勿論隣にフードを深くかぶり隠れた状態の俺に対しても憐れんだような目で見ていた。


(うーむ、なんかこそばゆい)


 出会ったばかりだが、この様子からこの守衛の男は正義感の強い男なのだろう奴隷であるトバリと俺を見てここまで悲しそうな顔をする人間は中々いない


「ただ防犯上、検査は受けてもらうぞ……そうでなければ入れん」


 検査?と思ったが隣で話を聞いているトバリは当たり前と言った感じで頷いているので俺も一緒に了承の意を示す。







「ではここに名前と血を垂らしてくれ、ラスティールからの逃亡奴隷はこの検査費用は免除される。ただカードを無くすとラノンへは入れなくなる他、再発行は1万ギルかかるからな注意しろよ」


 最初に出会った守衛の男とは別の男から話を聞く、正門の隣に建てられている駐在所にて魔術的模様が描かれたカードと血を垂らすようの針を渡され言われた通りの手順で行っていく


「……うむ、問題ないなようこそラノンへ」


 先に血を垂らし冒険者カードのように浮かび上がった文字を見て守衛の男は頷いて都市への来訪者を歓迎した。

 渡されたカードには書類に記載した自分の名前とラノンの都市へ滞在できる時間、47:57:31とカウントダウンが表示されている簡素な作りだ。

 刻一刻と数字が減っていることからこれはこの都市に滞在できる残り時間だろうか?そうであればこの仮のカードではラノンに2日間滞在出来るようだ。


「もし、無期限にラノンヘ滞在を希望する場合は都市内で就労したという証明書が必要になる。もし学が無ければ冒険者が1番手っ取り早い、奴隷紋を解いたら直ぐに登録するといい」


 キツい性格をしてそうな風貌の男性だが、見た目に反してこういう事を態々教えてくれるということは先程の男性と同様にお人好しな人物なのだろう。俺自身には奴隷紋は存在しないが、ここで否定するのは無粋なので静かに頷きその場を立ち去った。





 一足先に都市へ入っていたトバリと合流し、ラノンの街並みを見る。

 事前にトバリからはラノンについて話は聞いている。

 ただ彼女自身、ラノンについての情報は人からの又聞きだし、彼女もこのラノンヘ来るのは初めてだ。


「ここがラノンか、確かに美しい街並みだな」

「はい、ラノンに住む市民へ課される税は他の3都市に比べ重いと聞きますが、その分こうやって街を清掃したり公共施設を充実させたりとしているそうなので、評判は良いそうです」


 確かに、とトバリの解説を聞いて俺も内心頷いた。

 ラスティールの街並みも綺麗ではあったが、あそこは裏に入れば貧民街が存在し、表通りの華やかさと違い汚物で塗れ腐臭を漂わせていた。

 流石にあそこまで酷いのはラスティールの都市内でもあまりないだろうが、エルネアでも似たような場所はあった。


 貧民街は貧民街でちゃんとした役割があり、治安を悪くするならず者たちを一纏めに集めたり、役所から許可を得ていない後暗いものの冒険者たちにとって有用な違法アイテムが売買されたりと活用法はあるのだがラノンの街を探索しても貧民街と呼べる場所は見当たらなかった。


「ラノンでは税を払えぬ者は強制的に追い出されると言います。それでも抜け道はあるので少しは浮浪者が居てもおかしくないのですが……流石エルフが支配する街ということでしょうか」


 トバリそう言いながら興味深そうにラノンの街並みを見るが、その浮浪者は今目の前に居るんだがなと内心ツッコミを入れた。

 彼女は気にしていない様子だが、いかにも奴隷らしい簡素な服装とボロ布を巻いただけの俺が並んで歩くと酷く目立つ。

 俺だけならスキルを使って隠れることも出来るだろうが、そうすれば彼女だけが奇異の目で見られるのでそれは少し可哀想だ。


 門の守衛の人から事前にトバリの奴隷紋を解呪してくれる教会への道は教えて貰っているので、このに向けて足を運ぶ

 この都市は中心部に城のような建物がある。山のように高い地形に建てられた城を中心として、都市を運営する行政区が並びここは許可のない人間は立ち入ることが出来ないそうだ。

 その為、都市へ入った門からこの行政区を挟んだ先に目的の教会があるので、ぐるりと回るように都市を歩かなければならない、


「やはりというか、街が変わっても一緒だな」

「やはり、というとかのエルメアもラノンに似ていたと?」

「いや、構造がだ……エルメアでもアビスの大穴側は冒険者が多く集うからそれに合わせた店が多かった。そして外側の方は寂れている事が多い、貧民街もアビスの大穴から遠い場所に存在することが多かった」


 人間は通ることの出来ない行政区を避け、アビスの大穴と隣接する北部から離れている都市の南地区をトウカと一緒に歩いていた。

 俺の状況は軽くではあるもののラスティールの都市から逃げた先の森で野営した時にある程度話してはあるので、俺がエルメアについても知っていた。


「エルメアは今から170年ほど前、30年の落日によって悪化したエルメアの経済に諸外国が付け込み5年足らずで解体されたと聞きます」

「そっか、当時は色んな種族が入り交じって栄えていた世界最大の都市だったんだけどな」


 ラノンの街並みの目新しさにも慣れ互いに会話が生まれ始めた頃、教会を目指して比較的一通りの少ない南地区の通りを進む

 南地区は主にアビスの大穴と隣接するため冒険者ギルドは勿論、宿泊施設や商店が立ち並ぶ。そしてギルドとは違った冒険者同士で集まる組合の猟団、もしくはクランという組織の建物が集まっている。

 他にもラノンと同じようにアビスの大穴に都市を構える3都市との交易も行われており、北地区がラノンで1番栄えているそうだ。


 その仕組みはエルメアが存在していた頃から変わらないようで、アビスの大穴から最も遠い場所に位置する南地区は比較的静かだ。馬車も何台か通っては居るものの渋滞を起こす程混雑はしていない様で、毎日が祭りを開いているような騒ぎの北地区とは違った面を見ることが出来た。


 ただ名残というか、エルフは自然と共に生きる種族なので、ラノンの街並みなは自然が多い

 大通りでも等間隔に街路樹が並び、広場にも大きな花壇が存在し綺麗な花が咲いていた。これは様々な文化が入り交じったエルメアの都市でもエルフの居住区では同様の景色が見られていたので何処かその面影を思い出し、少ししんみりとしてしまった。

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