第9話
「つまりはエルフの前では頬にある魔紋を隠しておくこと、近づかないこと、魔法を使わないことでバレる可能性は低いってことですか?」
「はい、この都市にもエルフの冒険者は多数います。大体は色んな人が集まるので紛れて分からないと思いますが、一対一でエルフと合ってしまうとその魔力の質に気が付くエルフもいるかもしれません」
見つかれば……後は一生エルフの国に閉じ込められると言外にそう語った。
(結局この身体は元に戻らないそうだし相談しなければ……いや、この問題が分かっただけでも大収穫だ)
初めて会ったエルフが穏便派のシスターで良かったと自分の運の良さに感謝した。もしそのまま相談せずに冒険者になって万が一バレた場合、シスターが言うようにエルフの国、パーシウス王国で悠久の間閉じ込められた可能性すらある。
明言はしなかったが、王族エルフとの結婚……飾らない言葉で言えばパーシウス王国に住む王侯貴族の女性エルフたちを中心とした種馬として働かされるだろうと言っていた。ハイエルフが居なくなってしまった理由は不明だが、それもエルフたちにとってもすごく昔という事なので、下手したら人類史より以前に存在していたのかもしれない
そんなこともあって、脈々と受け継いできたハイエルフの血は時代と共に薄まってきており、代を重ねるごとに血を受け継ぐ王族エルフたちの魔紋も小さくなっているという。
エルフの魔力とはまた違った王族エルフの魔力は強力で有用な専用魔法も多い、その幾つかは血の薄まりと共に失伝されたりと問題となっているそうだ。
もし見た目麗しいエルフの女性を大量に侍らせて酒池肉林を望むなら他のエルフに伝えるが……とシスターは聞いてきたがそれは無理だと俺はきっぱりと答える。
聞けばエルフは1000年以上をも生きるとされている。そしてハイエルフは文献によっては不老と言われており、永遠と閉じ込められて自由の無い生活を強要される可能性すらあった。
それは非常に困る元々自由が欲しくて冒険者になったのにこれでは本末転倒だ。
「やはり、私そしてもハイエルフ様がこのように王家に幽閉されるのは心苦しいのです」
ホッとした様子で手を胸に当て安心するシスター
「しかしどうすれば……私としてはトバリが一人前になるまでは見守りたいと思っているのですが」
「彼女ですか?しかしどのような関係なのでしょうか?」
そういえばシスターには俺と彼女がどのような経緯で教会にやってきたのか話して無かったな、と思いこれまでの経緯を説明した。
「やはりあの国は碌な連中が居ませんね、罪のない少女を奴隷にするとは」
トバリと出会った時の状況や森で野営したときに聞いた話を説明したが、聞き終わった直後シスターは俺の知っているエルフらしい汚らわしい物を見る様なカーメリア国の人間たちを思っていた。
やはり絶滅させるべき……なんてシスターは聖職者あるまじき過激な事をぼそりと呟いていたが、出来れば俺の効き間違いだと思いたかった。
「わかりました。ミナト様がこの地で冒険者として働きたい、という気持ちはかつて冒険者をやっていた私にも分かります」
「そういって貰えると幸いです」
「ただし、冒険者とは危険が付きまとう職業……おいそれと危険な場所へミナト様を一人で行かせるわけには参りません」
なので、シスターは言葉を区切ると一つのカードを取り出した。
「これは?」
「これは私がかつて冒険者として活躍していた時に持っていた冒険者カードです。これを組合の人間に提示し、ナディスというエルフの女性をお呼びください、今回の件について私から手紙を出しておきますので」
そう言ってシスターが渡してきた冒険者カードは自分が知る奴より少し変わっては居たが、詳細情報からステータスと言った部分は基本的に変わっていない様子だった。
「良いんですか?俺に渡しちゃって」
俺はシスターについて問う、冒険者カードとはその人物の名前から年齢、それ以外にもその人物のステータスや覚えているスキルと言った情報が細かく記されている。
だから冒険者カードは例え信頼できる仲間教えることがあっても渡すことはまず無い、多額のお金を借りる時などの質として一時的に渡すことはあっても普通ではありえない事なのだ。
「いいのです。本来であれば私が出向かなければならないのですが、明日は別件で城へ登城しなければなりませんので……ミナト様に態々出向いてもらう不義理をお許しください」
そう言ってシスターは深く頭を下げ謝罪するが、もう使う用とが無いとはいえ自分の冒険者カードを他人に渡すだけでも誠意を示す行為なのだ。
「態々頭を下げなくても自分はシスターに深く感謝をしています。ですからそう頭を下げないでください」
俺にとってしてみれば、訳も分からずハイエルフという種族になっていて取ってつけた様な力を誇示しているようで心苦しいのが本音だ。
「と、ところでそのナディスという女性はどんな方なのでしょうか?」
俺は話題を変えるように、そのナディスという人物についてシスターに聞いた。
「ナディスは私と同じ思想を持つ同士です。彼女ならハイエルフであられるミナト様を眼の前にしても城へ報告することは無いでしょう」
聞けばナディスと言うエルフの女性はソロでアビスの大穴を探索する冒険者だそうだ。解呪という高度な魔法を使用できるシスターであっても彼女は優秀な冒険者なようで、きっと力になってくれるとの事だ。
「そしてこれを……ミナト様の事を報告しないという都合上、私の個人的な形にはなりますが、これを元手に装備を整いください」
テーブルに置かれたのがガチャリと硬貨が入った袋
「……ありがとうございます」
最初は断ろうと思ったが、その素振りを見せるとシスターの顔が目に見えて悲しそうな表情になる。
しかも俺とトバリは無一文の状態で、トバリに関して言えば借金がある状態だ。少なくともこうやってお金を貰えるのは非常にありがたい事だった。
「ではお休みなさいませ……トバリの方には私から軽くお伝えしておきますので」
そう言うとシスターは先程の部屋と同じ建物の二階の寝室へ連れてきてくれた。断ろうにも俺を先ほどの小屋に泊まらせることはあってはならない事だと言われた。そしてトバリもこの屋敷へ入れることは出来ないと、これはシスターの個人的な考えではなく後から余計な問題を生まない為の配慮だそうだ。
「おはよう」
「あぁ、おはようトバリ……昨日は急に戻れなくてごめんな」
「ううん、シスターからミナト様の話は聞いたよ、だから大丈夫」
そのまま豪華な寝室に置かれている全身が沈み込む程柔らかなベッドに身をゆだねて目を閉じたら、いつの間にか朝になっていた。
流石に疲労が溜まっていたのか、部屋に備え付けられている巨大な振り子時計を見てみれば朝の9時を過ぎており、完全に寝坊した状態になっていた。
「おはようございますミナト様」
自分の起床に合わせて扉の向こうからシスターが入ってきた。自分の素性を他人に知られてはいけない都合上、身の回りのお世話は全てシスターがやってくれるとの事、断ろうにも強引に来るので一般人と元冒険者と言う絶対的な身体能力の差によりシスターの成すがままになっていた。
そしてそのまま朝食へ向かい、昨日渡された銭袋とシスターの冒険者カードを鞄に入れて教会の敷地の外へと出た。
太陽が段々と昇ってきており、周囲に自然も多い為か空気はひんやりとしていて心地よい
夜中に雨が降っていたようで、キラキラと地面が太陽の日差しに反射して綺麗だ。そんな事を思いながら門を出た先にはトバリが待っていた。
「詳しくは喋ってくれなかったけど、ミナト様はエルフにとって重要な人なんだよね?だから他エルフには気を付けなさいって」
「あぁ、ただ今日は冒険者ギルドに行ってナディアという女性エルフと合わなければいけない、シスターが言うにはその女性が俺たちの力になってくれるそうだ」
トバリも古着ではあるものの、ラノンの都市を出歩いても不審がられない服装になっている。俺も目立たない色合いだがしっかりとした衣装を何着か貰っていた。
「まずは宿屋から探そうか、資金はシスターから貸して貰ったからそれを元手に拠点を決めよう」
シスターには貸したつもりでは無いだろうが、個人的なお金を貰っている都合上、冒険者として余裕が出来たらちゃんと返したい、そう思いトバリには借りたと教えた。
「うん、なら行先は北地区だね」
俺の提案にトバリは頷き、冒険者向けの宿泊施設が多く集まる北地区に向かって歩き出した。
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