第3話

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか

 心地好い温度の湯船に全身を浸けたかのように微睡みの中でぼんやりと考えながらただただ空間を漂っていた。

 錆びた有刺鉄線に全身を絡み取られたかのような痛みはすでに無くなっていて、まるで自分の体がこの心地よい温度の空間に溶けてしまいそうな感じがした。


 これが死後の世界なのか

 先程までは死ぬのが怖く生きながらえようとしていたのが嘘だったかのように今は死を受け入れている気がした。


 どうせなら次はエルフや獣人に転生したいな、人間なんていう他から劣等種扱いされる種族ではなく長命で見た目麗しく魔法に長けた、冒険者として優秀な種族として生まれ変わりたいなんて思いながら次の人生を願った。


 どれぐらいの時が経ったのだろうか?

 随分と長い間、この心地よい空間を漂い続けている気がするがそんなのがどうでも良くなるほど微睡んでいたが段々と意識が覚醒し始めている気配がした。


 パチリと目を開くとそこは黄緑色に輝く液体の中、そう言えば死に体の状態でアビスの大穴のダンジョンコアと思われる物体の中に飛び込んだんだっけ?と未だ覚醒しきらない意識の中でそう思いだした。


 確かに液体の中に居るはずなのだが不思議と息苦しさを感じない、肺が膨れていないのに心臓の鼓動は感じる。

 どういう原理かは知らないが、一応生きている事は間違いない


(腕が治ってる)


 自分の腕も見てみるとあの蚯蚓ののたくったような黒い模様が消えていた。

 心なしか肌も随分と綺麗になったようだ。これまでの冒険者人生で何度かモンスターから受けた傷跡もいつの間にか治っているようで、赤子の様な綺麗な肌をしていた。


(ここから出なきゃ)


 冒険者になる前の訓練にて死ぬ気で習得した泳法を使ってダンジョンコア内部の液体を掻き分ける。


 どうも意識が無くなる前に比べてその光が少なく感じるのは気のせいだろうか?そう思いつつも随分と奥まで流されたようで長い時間をかけてダンジョンコアから出ることが出来た


「ゲホッ!ゲホッッ!」


 ダンジョンコアから出た瞬間、久しく感じていなかった重力が全身を襲ってくる。


 そして肺を満たしていた粘性の高い液体が口元から吐き出されビチャリと地面に落ちた。


「ん?装備もカードも無い」


 ダンジョンコア内部に落としてきたのかはたまた不思議な力で溶けてしまったのか身体中を弄ってみたらどうやら俺は全裸だったことに気が付いた。

 幸いにも近くに人は居なかったことに安堵しつつ、周囲を確認する。


「あーーーーーっと、そう言えば未到達領域だっけここ?」


 未だ粘つく喉奥をペッと痰を吐き出すように捨てて周囲を見渡すがまるで巨大な木の根の様な物が周囲に張り巡らされていた。

 どうやら俺が出た場所は最初に入った場所とは違う所のようで、出入り口の様な場所は無い


(再度コアに飛び込むか?)


 再びダンジョンコアに触れてみるが、やはり心地よい温度のゼリー状の物体だ。なぜ呼吸が出来るかは知らないがそもそもがこれがダンジョンコアと言う確証も無い

 ただ肌身ではより一層未知のエネルギーを全身に感じるしこれがエルフと言った魔法感知に長けている種族だったら近づくことすら難しい程の量だ。

 単に俺がそこら辺の感覚が鈍いという事が功を奏したという事になる。


(どんだけ広いんだこの内部、とりあえず奥へ行ってみるか)


 ダンジョンコア内部は数分泳いでも対岸側にたどり着かない程には巨大で、コアの中心部へ向かう程その輝きはより一層大きくなる。

 まるで太陽のようだと思う程の輝きは流石世界三大迷宮に数えられるだけの事はあると言えた。

 ダンジョンの規模が大きく、その内部で生きる魔物が強ければ強い程ダンジョンを維持するコアのエネルギーは多いと考えられている。だからこそまるで太陽のようだと思えるほどの力を秘めているのかもしれない。


 長時間コアの内部を彷徨っているといつしか上下左右の方向感覚がおかしくなっていることに気が付いた。重力から解放されたこの場所では常人の三半規管すらも狂わせてしまうらしい


(眩しい……)


 思わず目を顰めてしまう程の輝きを放つダンジョンコアの中心部、先程も思っように、空を照らす太陽のようだと思う程には強い輝きを放ちエネルギーの奔流がその中心部からあふれ出ている。


(これがコアの本体か?)


 そっとその輝く場所でもより一層輝きを放つ白い球に手を触れる。

 触れてみる物のその白い球は不思議と熱くはない、冷たいような暖かいような、その時々で温度が変わっている気がする。このような物質に触れたことは無いがそもそもここが人知の及ばない場所なので凡人の俺が知る由もないのだろう


(あ)


 思わず内心でそう喋ってしまった。不思議な感覚にその白球を撫でていたら手のひらにスッと飲み込まれてしまった。

 気が付けばその輝きは失われ、次第に周辺の液体も輝きを失う














 光歴2344年7月、世界三大迷宮の一つアビスの大穴にて大規模な異変が起こった。

 当時では都市の半分がアビスの大穴を震源とした大地震で倒壊し震源近くであったエルニアの都市へ甚大な被害を及ぼした。

 幸いにも周辺に住む冒険者たちにケガはなく、復旧も当時の政権が迅速に始めたことも相成り数か月もすれば元の風景が戻っていた。


 しかし、事態はそう簡単には終わらなかった。

 アビスの大穴が本格的に探索され始めてから今年で1000年が経つと言われているが、長きに渡りその地を不変のものとしていたアビスの大穴が突如としてダンジョン内部が急激な環境変化を起こし、それを知らずに挑戦した冒険者達が甚大な被害を被った。


 30年の落日、今ではそう呼ばれるアビスの大穴の環境変化は凄まじく、当時最高ランクを誇っていたHR8の冒険者4人のうち3人がダンジョン内で死亡した。

 当時は呪いとされた影響で神殿の蘇生魔法すらも阻害するという異常事態が発生し、彼ら英雄の他にも多数の冒険者が亡くなった。

 そしてギルドは半年間のダンジョン内への侵入を禁止し、第一層から熟練の冒険者を使い各階層の難易度の裁定に入った。


 そして更に半年が経ち、その間に得られた情報を統合し纏められた結果は10の倍数の階層へ挑戦が出来た現在ではHR分の階層しか進められないだろうという結論に至った。


 それまではHR5の冒険者であれば50層まで進むことが出来た。しかし改定後はHR5の冒険者であっても第五層までしか侵入できない、それほどアビスの大穴の環境が変化しておりその改定が行われる調査でも何人もの優秀な冒険者が亡くなっていた。


 しかし、現在では30年の落日前ほどには無いにせよ、HRの5の倍数分まで挑戦できる程には環境が戻っており、今ではHR9の冒険者も現れたことからもう100年経てば人類未到達階層である第八十層も挑めるのではないかと言う話だ。

 この30年の落日の間に栄華を誇っていたエルニアの都市は随分と寂れ、その混乱に乗じて近隣諸国がエルニアの都市を切り離した。

 そしてアビスの大穴周辺には切り取った国が運営する4つの都市に分断され、今日も各国の陣営が所属する冒険者を競わせてアビスの大穴の奥地へと挑んでいった。





「ここはどこだよ」


 ダンジョンコアと思わしき太陽の様な白い球が体内に入り込んだと思ったら気が付けば草原のど真ん中で裸一貫で倒れていた。


 随分と久しく感じる青空に涼しい風が素肌を撫でる。


 弁明しておくと俺は露出する趣味はない、ただ久しぶりに感じる太陽の光と解放された空間に俺はとても感動していたのだ。


 草原の向こう側に見える景色は巨大な大穴、直系数千メートルに及ぶとされる大穴の周辺にはエルニアの都市が築かれ様々な建物が並ぶ。


「なんか、覚えている景色と違うけどまぁいいか」


 俺が覚えているエルニアの都市と違い何やら四つの巨大な塔が各方面に建てられているが、俺が知らない間にそんなものが建てられていたのだろうか?



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