第4話
「おぉ、結構雰囲気が変わっているな」
周囲で捨てられたボロ布をどうにか入手して、それを体に巻き付けエルニアの都市へ入った。
流石にボロ布を巻いた状態で大通りや商店街を歩くことは出来なかったので貧民街と呼ばれる俺と似たような恰好をしている貧しい人間たちが集う肥溜めの様な場所へやってきた。
相変わらず鼻に突くような臭気が漂うこの場所だが、それでも転移事故で意識を失う前までに見た景色とはずいぶんと様変わりしている様子だった。
(構造が大きく変わっている辺り、だいぶ時間が経ったのか?)
アビスの大穴のダンジョンコアに入ってから意識を失い、そこから随分と微睡んんだ状態で漂っていたのだが自分が思っていた以上に地上は様変わりしている様子だった。
単純に覚えているエルニアの都市と構造が変わり慣れ親しんだ土地勘が全くと言っていい程働かない。
そして都市の外からでも見える巨大な大聖堂には見覚えが無かった。昨今建築技術の進歩が著しいとは聞くが数か月で作れるものではない
土地勘が働かない貧民街を彷徨いつつ、周辺を探索する。
色々と変わったところが多いエルニアだが、酷い臭いが漂うこの場所は何時まで経っても変わらないようだ。
「おい」
そんな風にどこか懐かしんでいると後ろから男の声が聞こえた。何事かと振り返るとそこには貧民街らしくボロ布を纏った汚らしい男が三人、何やら手には錆びた包丁を片手にこちらを見ていた。
「お前エルフだろ、なんでこんな場所に居るんだ?」
エルフ?と疑問に思ったが目の前に相対する男はどこか下卑た表情を浮かべ俺の全身を隈なく視姦する。
つま先から俺の顔まで隈なく全身をベタつく様に見る男に思わず嫌悪感を抱くが話を聞かねばなるまい
「エルフ?俺は人間だぞ?」
「何を言っている。その耳、そして相変わらず憎たらしい程綺麗な顔をしておいて何を言っている」
男から言われた耳の部分を触ってみるが確かに自分の耳が長い気がする。手で触ってみると髪から出ている耳は想像より幾らか大きく、先端は尖っていた。
「どんな状況から知らねぇが、エルフは男でも貴族連中から受けが良いんだ。こんな場所に居るんだ大して実力もねぇだろ?」
そんなことを言い男とその取り巻きの二人と一緒に下卑た笑いを浮かべる。今俺がどんな状況化は知らないが、こうも舐められればカチンとくる。本来であれば街の住民との決闘は禁止されているがこの場において咎める人間はいない
「ハッ!かかって来いよ」
俺は鼻で笑って男連中を挑発する。見たところリーダーと思われる男は武器こそ持っているがどうも錆びたボロボロの包丁だ。でっぷりと太った腹を見るにまともに運動もしていないのであろう、他の取り巻きの二人も貧民街の荒くれ者らしくガリガリにやせ細っていた。
「!?ざっけんじゃねぇ!亜人如きがぁ!」
俺の挑発にピキリと先ほどまで下卑た笑みを浮かべていた男は額に青筋を浮かべ涎を垂らしながら右手に持っていた包丁を持ち上げ襲ってくる。
「アニキ!傷をつけるのはまずいっすよ!」
挑発に乗った男を止めようと取り巻きの連中が止めようとする。
「うるせぇ!傷の一つや二つ貴族連中が治すだろ!」
まるで獣だなと思う程の怒りっぷりに挑発した自分が思わず苦笑いを浮かべてしまう、よほど短気なのか碌に運動をしていない体を動かそうとしているのでどこか足取りがおぼつかない
既に全身から汗を流しそれを振りまきながら襲ってくる男に思わずしかめっ面を浮かべてしまうが、その様子を俺が恐怖したのだと勘違いした男は悦に浸ったような笑みを浮かべながら突進してくる。
「もう謝っても許さねぇぞ!あばら骨の一本二本覚悟しな!」
フェイントのつもりなのだろうか、くねくねとしたヘンテコな踊りをしながら包丁を振り回してくる。
それを余裕を持ちつつも紙一重で躱しつつ、ステップを交えて避ける。
「だぁっ!?」
パシンと重心が傾いたところを見計らって軸足になっていた左足を足払いを仕掛け、男を転倒させる。
ドシンとそのでっぷりと太った巨体が見事に倒れすぐには起き上がれずにいた。
「まっ、まって」
「待たねぇよ」
転倒した際に腰をやったのか未だ建てない状況の男をしり目に右足を使って蹴り転がす。
すると道路わきにあった用水路にドボンと落ちて今にも溺れそうな様子で手をわさわさと動かしている。
「あ、兄貴!」
どんどんと用水路の水に流されていく男を見て取り巻きの男たちが驚いた様子で助けにその場を立ち去った。
「ふぅ」
ひと段落付けばその場は静かになった。表の大通りでは今でも笑い声の様な声が聞こえてくるが今の場面とは関係の無い事だ。
「うーむ、確かにエルフだなこりゃ」
男が流されていった用水路の水面に顔を近づけ反射で映る己の顔を見る。
本来黒髪なはずの髪は見事な白金の煌びやかな髪質をしており、そのさらさらとした髪からはぴょこんと縦長の尖ったエルフ耳が出ていた。
顎鬚を沿う形で手で頬を触ってみれば乳白色の肌に何やら黒色の模様に似た何かが描かれていた。
(病気のせいか?それともコアの内部に長時間居たから体が変質したのか……)
確かに今の姿はその美しい顔立ちからもエルフそっくりの美少年になっていた。
それまで平べったい顔と揶揄されてきたヤマト国特有の顔の面影はどこにもなく、肌も少し白くなり鼻も立っては若干彫りが深くなった気がする。
「なぜこうなったのかは知らんが面倒事に巻き込まれそうだなこれ」
水面に映る自分の姿は顔立ちの美しいエルフ族の中でも際立っている気がした。瞳も翡翠の宝石の様な輝きをしているし、色々と変わってしまったエルニアの都市以上に自分自身が変わってしまった事に戸惑いを隠せないでいた。
昔からそうだったのだが、エルフはその顔立ちから何かと面倒事に巻き込まれることが多かった。
人間より数が少ない希少性と言うのもあったが、冒険者になりたてでは身体能力に置いて人間と大して差は無いので何かと狙われやすい、それらに関する誘拐事件は後を絶たなかったし、今回襲われたのもその類なのだろう。
その事も有ってか、エルニアの都市で活動するエルフは皆人間嫌いが凄かった。単純に能力が低く劣等種として見ていたこともあったのだが、これらの誘拐事件が多発していたこともあっていざこざは絶えなかった。
と言う訳で、俺は新たにボロ布を見つけて顔を隠す。
ターバンのように巻いて俯いて動いているので不審者度合いはより一層高まった形だが仕方のない事だろう
「あれを使うか」
魔力を消費するので余り使いたくは無いのだが、この姿では大通りすら歩くことが出来ないので仕方なく
すると効果はすぐに表れ、体表が周囲の風景と同化する。ただ臭いや体温は隠せないので近づきすぎには注意が必要だ。
いざ貧民街の路地裏から出て大通りへ進出する。
薄暗い貧民街と違い、道路は整備されており当然だが身なりもしっかりした人間が多い
(カーメリア人?やけに多いな)
通りを歩く人間は皆白人と呼ばれる白い肌をした人間が歩いていた。アビスの大穴から西に向かった場所にそのカーメリアという国があり、特徴としては彼らは白い肌以外の人間を認めない白人至上主義の国という事だ。
エルニアの都市は様々な文明が入り混じった雑多な街並みをしていたが、今歩いている通りはカーメリア国と同じく白色で統一された街並みだ。
建築様式もそのまんまカーメリア式で角ばった建物が多く、色鮮やかなガラス窓が美しい、カーメリア様式の家はエルニアの都市ではあまり見かけなかったので、こうやって集まって建ち並ぶとその美しさが一層際立って見えた。
(しっかし周辺カーメリア人しかいねぇぞ、まさかエルニアはカーメリアに併合されたのか?)
少し歩いてみるものの、道行く人は全員白い肌をしたカーメリア人だらけ、中には俺と同じようなヤマト国の人間や黒い肌のナルビ大陸出身だと思われる人間も居るが見た感じ皆奴隷だ。
それら奴隷の扱いを見る限り、やはり白人至上主義の国は相いれない思想だ。と思いつつも街中を探索する。
しかしどの通りを歩いても以前のエルニアの都市を思い出させるところはない、それどころかこの一帯がカーメリア国に支配されたのではないか?と思う程この街はカーメリア人とその文化しか分からなかった。
「さっさと歩け!」
「うっ!......ぐぅ......」
(チッ!胸糞悪い)
粗方街を探索し終えたのでこの都市を出ようと門へと向かったのだが、門前の広場にて馬車からカーメリア人ではない人間たちが続々と降りていた。
様々な肌色をした人間が両手に黒い鎖を付けられて待たされている。
奴隷だ。エルニアにも奴隷は居たがしっかりと人権は保護されていた。
それもエルニアの都市を築いた今はエルニアの都市の議長をしているご先祖様がそう取り決めを行い、奴隷を購入した者は購入した奴隷に対して一定以上の衣食住を約束しなければならない
【宣誓】と呼ばれる誓いの魔法で拘束されるので、不当に奴隷を虐げると罰が下る。中には宣誓に違反して奴隷達を不当に扱った結果、待遇の悪い犯罪奴隷落ちする元主人もいるのだから救われない
ただエルニアでは奴隷は自由が拘束される物の下手な寒村の農民よりは良い暮らしが約束されている。その為エルニアは奴隷達から人気の就職先で、逆に白人以外に対して人権が無いカーメリア国は非常に人気が悪かった。
そしてその光景が目の前に広がっていた。
奴隷商と思われる商人風の紺色の服装を身に纏った中年男性の隣には秘書と思われる女性が、そして周囲には護衛の兵士が何人も並び皆カーメリア人特有の白い肌をしていた。
そして今降りてきたばっかりの少女、しかも俺と同じ生まれであろう黒髪の黄色肌である少女が下りた瞬間、近くにいた兵士がその少女の足を引っかけ転ばした。
ニヤニヤと笑っている辺り故意的に行ったのだろう、周囲もそれを咎めるどころか一緒に笑っている辺り本当に性格が悪い、道行く通行人すらその光景を楽しそうに見ている辺り、やはりカーメリア国は嫌いだと思った。
「早く立て!この猿が!!」
兵士の男が怒鳴ると少女の胸倉をつかみ強引に立たせる。苦しそうな苦悶の表情を浮かべるがその表情すら彼らは楽しんでいるようだった。
胸倉をつかんで立たせたと思えばすぐさま突き飛ばし、少女は周辺の建物に叩きつけられる。そして窓際に置かれていた花を育てられていたプランナーが割れ、少女からは血が流れる。
「おい、お前のせいで壊れたぞ!これじゃ何時まで経っても奴隷からは解放されんな」
お前がやったんだろ、思わずそう言いたくなるが彼らにとってはこれが日常で儀式なのだろう、ちらりと他の奴隷たちを見てもびくびくと震えるだけでその光景を直視しせず俯いたままだ。
そして罰を与えようと腰に帯刀していた剣を抜き、少女に向けて構える。構え方からして斬りつけるのではなく刀身の腹の部分で殴打するつもりなのだろう
その瞬間、その光景を見ていた俺の頭の血管がプチりとキレた気がした。
「ねぇ」
「あ!?今良い所だから邪魔すんな!」
兵士の肩を掴み声をかけるが兵士の男は見向きもしない、血を流して震えながら倒れる少女をどう甚振ろうかと考えがいっぱいいっぱいなのだろう
「こっちを向けって!」
俺は強引に肩を引っ張り強制的にこちらを向かせる。若干驚いた様子の男は驚きの表情を浮かべた後に段々と怒りがこみあげていた。
「エルフがこんなところでどうした!ここは我らがカーメリア王国が支配するラスティールの都市だぞ!勝手に入ってきてただで済むと思ってんのか!?」
ラスティール、彼が言う言葉は今は分からないが俺がやる事はもう決まっている。この男をぶっ飛ばすだけだ。
「知らねぇよ!こんなちいせぇガキを甚振りやがって」
俺に強引に肩を引っ張られて上手く態勢を整えられていない男の顔面を思いきり殴る。
これまで対冒険者と喧嘩したことはあったがこれ程までに起こった事は一度もない、それほど彼らの行いは見ているだけで不快だったし同郷の好として許せるものでもなかった。
何故かエルフの様な体つきになり、こんな細腕で殴って大した威力はあるかは不明だがその拳はその男を的確に捉え吹き飛ばした。
軟そうな体つきではあるものの、意外と筋力はあるようで兵士の男の顔は芸術的なまでに拉げているようだ。
スローモーションのように映る光景では歯も数本飛び散っていることから100点満点のクリーンヒットだ。
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