第12話 本格的に学校始まったわ
母さんと夕焼けドライブを楽しみながら家に帰ってきた俺は、一目散にイヌスケの小屋にかけ寄る。しかし、イヌスケの姿が見当たらねえ。リードが外されている。
「まさか、誘拐…?!」
イヌスケの可愛さに見惚れた犯人がイヌスケを連れ去ったに違いねえ。全身黒いタイツをはいた犯人が思い浮かんで頭がバグる。たいへんだたいへんだどうしようどうしようどうしよう。
「ワンッ」
「その声はッ?!」
俺は吠え声のした方を振り返ると、じーちゃんとイヌスケが家の前の道に立っていた。なんだ散歩帰りかよ~。ほんとに良かったああああぁ。
「お帰りイヌスケ~」
「ヘッヘッヘッ」
俺はイヌスケを抱きしめてほおずりする。うへへ。犬くせえ。こらっ、顔なめるなって。よりギュッとしてやったらゴロンとイヌスケは倒れた。ふわふわの胸に耳を乗のっけると、ドクンドクンと脈打っている。まだ生きてる。でも、この心臓もあと6年もしないうちに止まる。車で聞いた話を思い出して、俺はさらにイヌスケを強く抱きしめる。そして胸いっぱいにイヌスケの匂いを吸い込んだ。忘れたくなかった。けど、俺はイヌスケが死んでたったの数年間でほとんど忘れていた。そういう嫌な現実から逃げたくて、俺はその状態のまま動かなくなった。
「明日も学校じゃけ、はよ家あがれ」
「うん」
心配そうに俺を見るじーちゃんに促されて、俺はイヌスケから離れて玄関の扉へ向かった。晩飯の手伝いをして、食べて、皿を洗って、風呂入って、出て、くっっっそ髪の毛の乾かして、歯を磨いて、そんなこんなで夜になってベッドの上だ。
「もうすっかり夜だな」
ごろ寝で肘をついてぷにぷにワ●カ...じゃなかったプニプニほっぺを支えながら、窓の外を見つめる。すっかり暗くなっている。ああ、もう一日が終わったんか。今日はいろいろあったな。パンチラ(パンツチラ見せ)したり、自己紹介で天下を取ったり、テストで死んだり、鷲尾さんと家でご飯食べたり、ゲームしたり、押し倒されたりした。イベント多すぎワロタだぜ。よーし明日はどんな一日にしてやろうか。ワクワクが止まらねえ。俺は布団に素早く潜り込んで、目をつぶった。疲れていたからか、一瞬で意識が飛んだ。
次の日、俺は目が覚めると結構ギリギリの時間だったので、慌てて朝の準備を済ませて、家を飛び出した。駅まで走る。ハァ...ハァ...。なんとか間に合ったぜ。所詮遅刻するような奴は敗北者じゃけえ。
「今日はだいぶ遅かったね、はっちゃん。大丈夫?」
「たっくん...ハァ...ハァ...おはよう...。...こんな...こんなもん...俺にかかれば...ハァ...ハァ...楽勝だぜ...」
「死にかけてるじゃねえか」
おんぼろ駅のホームでたっくんが先に椅子に座って待っていた。のび●君みたいな丸眼鏡がピカリと光る。でもスペックは出●杉君なんで、騙されちゃあいけねえ。
「そういえば、包帯とか眼帯とか全部外れてるね。もう治ったの?」
「これが俺の秘められた力...バトルヒーリングスキr」
「あ、電車きたね、はっちゃん」
「ちょい待てい!俺の話をさえぎr」
「じゃあいこうか」
「おう!」
俺たちは電車に乗り込んで、昨日と同じ通学路をなぞる。とくにしゃべることもなく二人して学校に到着。すると入学式の時みてえなちょっとしたざわめきが巻き起こる。
「え、あの人ちょー可愛いんですけど...」
「足ほっそ...」
「ざわ...ざわ...」
ふっ。昨日は包帯とか眼帯で俺の殺人的な可愛いさが出しきれていなかったようだが、今の俺は例えるならば完全体セ●。フルパワー100%中の100%!!!最後ギャンブル漫画みたいなざわめき方したヤツいたけどきっと気のせいだろ。
正門をくぐって、校舎内に入り、クラスの扉をガラリと開ける。気持ちは威風堂々自信満々チキン南蛮だ。あ、鷲尾さんいるじゃん。
「おはよー!鷲尾さん!」
「あの、その...おはようございます...」
「昨日は楽しかったねー」
「あの、えっと...はい...」
なんだか鷲尾さんは元気が無さそうだ。まるで変なもの食べた時のイヌスケみたいにしょぼくれてる。はっ、まさか昨日の野菜炒めで腹こわしたとか?!
「大丈夫?もしかして具合悪い?」
「いえ、大丈夫です...」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとです...」
俺は鷲尾さんの両肩に手を乗せ、顔をまじまじと見つめる。きりりとした一重の眼が不自然に揺れ、高い鼻はすんすんして、薄い唇はアワアワしている。将来ランウェイを歩いていそうなタイプの美人だ。みるみるうちに鷲尾さんのほっぺが赤くなる。あっ。そういや昨日もこんな至近距離で見つめあってそれで...。
「ご、ごめんなさい!!!」
鷲尾さんはガタリと席を立ったかと思うと教室を走り去っていった。慌てて追いかけると、鷲尾さんはちょうど近くの女子トイレに入っていくのが見えた。まさか鷲尾さん。俺におなかが痛いのがバレないように必死で隠し通そうとしたってのか。あまりにも優しすぎだろ。俺はこの尊い存在を守り抜くと誓いながら教室に戻っていくのだった。
今日から本格的に始まった中学の最初の授業は、数学だった。担当教師で担任の鳩羽先生が軽く挨拶すると、さっそく教科書と参考書を開かせて、どのくらいのペースで授業を進めるかだとかを話し始めた。ガイダンスってやつだ。初回説明みたいなアレ。中3の時点で、数1・Aに分野に入るみてえだ。そんな感じだったなー。んで次のテストは1カ月後か。腕がなるぜ。前世知識で学業生活成り上がりだ。東●王に、俺はなる!あ、やべえさっそく授業始めやがった。鳩羽先生はどんどん黒板に白いチョークでプラスがどうとかマイナスがどうとか書き始めてる。俺はその板書をノートに書き写していく。内容自体は難しくねえがいかんせんペースがだいぶ速い。大学ってそういう点ではレジュメとかが配られてたからラクだったなあ。少し辺りを見回してみると、他の生徒たちは全員授業に集中してる。黒板とノートを取りながら必死に教師の話を聞いてんねえ。教室は、鳩羽先生の声と生徒たちの鉛筆の音で支配された。この集中した雰囲気、まあまあ好きだったわ。俺は少し深呼吸した後、ノートを書き写す作業に戻った。先生の話と黒板写しの作業であっという間に1限目が終わった。50分って結構はえーな。大学の講義は一回90分だからそりゃそうか。大学もこんぐらいの短さでたくさんあった方が集中できると思うけどな。
「はっちゃん、算数どうだった?」
「ちっちっち〜。算数じゃなくて数学だよ、たっくん〜」
俺はピ●ピ師匠直伝の「ゆびをふる」をやりながらニヤニヤ笑う高等技術、メスガキムーブを繰り出した。やはりメスガキだ。メスガキこそ正義。
「間違えた、教えてくれてありがと」
「ぐぬぬ...」
あっさりとたっくんは間違いを認めてお礼すらしてきた。なんつー爽やかな笑顔なんだ。これ嫌味じゃなくてマジで言ってるのが、たっくんのスゲーとこなんだよなあ。めちゃくちゃ大人だ。そうしてなぜか俺は精神年齢の差を見せつけられ、敗北した。いや違うんよ。メスガキが敗北するのは王道だけど、もっとなんかこう「おじさんを舐めやがって!!」みたいな感じで敗北するのがセオリーなんだよ。
不完全燃焼のままメスガキ敗北した俺はその流れで国語、英語、理科の授業を受けて、そして待望の昼休みになったのであった。
中学生にタイムスリップしたらどちゃくそ美少女になってた件 天井 @tenjo1028
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