第10話 放課後とイヌスケと 後編

 じーちゃんの美味い料理を食べた後、椅子からずり落ちた俺は、鷲尾さんの方、正確には鷲尾さんのスカートの中を覗こうとしながら、口を開く。


「ねえ、鷲尾さん!お...私の部屋で遊んでかない?」


「あの、いいんですか?」


「いいっていいって!ちょっとだけだから!ね!休憩するだけだから!」


 俺は酔った女を介抱する男みたいなノリでなんとか口説き落とそうとする。


「そ、それじゃあ...」


 計画通り。いやただ強引に誘っただけだけど。そんなこたあどおでもいい。勝てばよかろうなのだ。勝てば宦官とも言うしな。知らんけど。俺は鷲尾さんとお部屋でトコトン遊びまくってやるぜ。ぐへへ。


「2階が私の部屋だからついてきてー」


「は、はいっ!」


「こっちだよー」


 俺は満面の笑みで自室のドアノブを回す。俺の部屋には、ありとあらゆるオモチャが息をひそめて獲物を待っている。いわば伏魔殿だ。さあまずはどのオモチャで鷲尾さんと遊んでやろうか。想像しただけでゾクゾクしてくるぜ。優しくて可愛い女の子の顔を歪ませ隊。出動だ。



「あっだめです犬山田さん...」


「ん~どうしよっかなあ」


「お願いしますそれだけは...」


「はいやっぱりだめ〜」


「ひ、ひどいです...」


「はい、まずは私の勝ちね!」


 俺と鷲尾さんはス●ブラXをしていた。このゲームはやっぱり格ゲー界の革命児だとプレイしながら思った。画面には俺が使うカー●ィが1位、鷲尾さんのメタ●イトが2位の表示が出ている。鷲尾さんはなんとテレビゲーム自体が初めてだったので最初は練習モードで操作を覚えてもらった。ほんとに覚えが良いらしく、すぐ移動、攻撃、回避、復帰といった基本動作をマスターした。なんで対戦モードに切り替えて、初心者に使いやすいキャラ【仮面の騎士】を鷲尾さんに選ばせる。俺はしれっと強キャラの【桃色の悪魔】をピックした。


 鷲尾さんは最初のうちこそ動作がガチガチったが、すぐに初心者とは思えない動きで迫ってきた。ガードのタイミングとかまじでうめーな。だが、俺はこのキャラ一筋で何年もやってきたんだ。それに今は鷲尾さんの顔を歪ませてえという純度100%の不純な気持ちがある。純粋な思いこそ人を強くするのだ。

 場外からなんとか復帰しようとする鷲尾さんを桃色の悪魔は逃さない。吸い込んで道連れとかいう鬼畜コンボを俺は繰り出した。俗に言う復帰阻止というやつだ。先に2回やられていた鷲尾さんのキャラは最後の命が尽きて、そのままゲームセットとなった。

 俺が鷲尾さんのキャラを吸い込んだ瞬間何をされるのか察したのか、必死に命乞いをしてきた。悩むふりをしてから「やっぱりだめ〜」って言ったときの絶望した「顔」…あれ……初めて見た時……なんていうか……その…下品なんですが…フフ……勃起……しちゃいましてね………。いやてか俺もうチ●ポないんやったわクソがっ。


 2回目は流石に接待プレイしようと思ってたら、「次も本気で来てください」と言われたんなら仕方がねえ。完膚なきまでぐちゃぐちゃにしてや…あれ。コンボ食らって吹っ飛ばされたんだが…。ま、まあまだ1回死んだだけだし?あと2回命あるし?あ、あれ攻撃が当たらねえ。やばいこのままじゃやられr


「そこ」


「ちょっと待って鷲尾さん!許して!許して下さい!」


「駄目です」


「あああああああああああ」


 結果から言うとこの後俺は一回も勝つことが出来なかった。気分はクレーターの中で倒れこむヤ●チャだ。5年以上のブランクがあったとは言え、何年もこのゲームをやってきた俺が、プレイ時間わずか20分の中学生にやられるとは思ってもみなかったぜ。ゲーム上手い系美少女の座は鷲尾さんにしばらく譲るとする。だが!いつか必ず!ぜってえリベンジしてやるからな!覚えてろよ!俺は心の中で捨てゼリフを吐きながら泣いた。


 最初のオモチャは見事に返り討ちにされたので次は運要素で決まるオモチャを選ぶぜ。俺はオモチャ箱の中をしばらくガサゴソしてようやく目的のモノを手に入れた。それを両手で持ち上げて叫ぶ。


「次は人●ゲームやろ!●生ゲーム!」


「ボードゲームですか?それならやったことあります!」


「普通にやっても面白いけどさ、ちょっとした賭けをしない?」


「賭け…ですか?」


「そ!負けた人は勝った人のお願いを1つ聞くってやつ!どう?やる?」


「やります!ぜひやらせてください!」


計画通り。これで俺が勝てば鷲尾さんの脇をコチョコチョしまくってやるぜ。俺はくすぐりという大義名分でセクハラができ、なおかつ鷲尾さんの顔を歪ませることができる。鷲尾さんも笑ってくれる(強制)のでみんなハッピーだ。この完璧な作戦を遂行するには俺がこの人生ゲームに勝つのが必須条件。悪いがこの勝負、なんとしても勝たせてもらう。


「じゃあ鷲尾さんからルーレット回してね〜」


「はい!」


 そうして2人だけの人生ゲームは始まった。ルールは簡単。ルーレットを回して、出た数字だけコマを動かしてゴールを目指す。ゴールした時に1番金持ちだった人の勝ち。人生は金じゃねえと思いたかったが、大学生になってからはその金に苦しめられてきたのでなんとも言えない気持ちになる。コマはどんどん進んで行ってボードゲームのマスに書かれた指示通りにお金をもらったり支払ったりする。結婚して、そして俺は石油王になった。


「犬山田さん運良すぎます…」


「この勢いで勝つ!!」


 調子に乗った俺は思い切りルーレットを回す。お、8が出た。8マス進めてっと。マスにはなんて書いてるかな。


「えーっとなになに...『あなたは大きな蛇の尻尾をふんでしまった。蛇は尻尾と一緒にあなたを丸呑みにした。ゲームオーバー。あなたは強制的に最下位になる』....」


 俺は…負けたのか…?てか人生ゲームってこんな即死ゲーだったっけ?俺のコチョコチョする夢が唐突に敗れ去ったじゃねーか。だが、勝負は勝負だ。負けを認めるぜ。それに、可愛い子に命令されるっつうのも中々に悪くねえ。


「鷲尾さん!お願いなんでも聞くよ!!」


 俺は多少興奮気味にハアハア息をさせながら鷲尾さんのお願いを待つ。いったいどんな命令をしてくれるというんだ。


「えっ…えーっと…あの…その……」


 鷲尾さんは顔をどんどん赤くしながら手をもじもじしている。可愛すぎるやろその仕草。てかそんなに恥ずかしがるなんて一体どのレベルのお仕置きをくらうんだハアハアいいぞもっとやれハアハア。


「遠慮しなくていいから!!」


「....ぁ...」


「あ?」


「あたまをっ!!!なでてほしいですっ!!!」


「!?!?!?!?」


「あの、やっぱりイヤですよね?変なこと言ってごめんなさ...」


「撫でます!!いや撫でさせてください!!」


 俺はさっと鷲尾さんの後ろに回り込み、頭を両手で抱きしめるように撫で始めた。


「よしよし」


「はぅっ」


 ゆっくり、そっと、イヌスケを撫でるように頭を撫でていく。鷲尾さんのポニーテールがゆらゆら揺れてて可愛い。そして今の俺は聖母マリアよりもママだ。俺も可愛い。ママ系美少女としての経験を積みながら、俺は優しく鷲尾さんの頭を撫でていく。お仕置きじゃなくてご褒美くれるタイプだったわ。まじで鷲尾さん優しすぎる件について。脇をくすぐってやろうとしていた俺が情けなさすぎる。その時の気持ちに後悔はねえけど。


「いい子いい子」


「うっ...ぐす...」 

 

 俺が優しく頭をヨシヨシしてると、ポニーテールがプルプル震え始めて、鷲尾さんの嗚咽が聞こえてきた。やべえ。夢中で頭なでてたから、やりすぎて嫌がられた?!


「鷲尾さんごめん!!つい夢中で撫ですぎちゃった!!」


 しばらく下を向いて泣いていた鷲尾さんは急に俺の方を振り向いて、泣き腫らした目で俺を凝視する。そして、彼女は口を開いた。


「もう一つだけお願いがあります」


 俺が何か言葉にする前に、鷲尾さんは俺の両腕を掴みベッドに押し倒してきた。荒い息が交差する。均整な顔立ちだなと冷静に鷲尾さんの顔を見ている俺がいて、やべえよやべえよと焦る俺もいる。押し返す力も無い。俺はこのとき、本当に中学生の少女になってしまったのだという現実を、どうしようもなく感じた。その現実に殴られた感覚に酔いながら、2つの瞳を見返す。潤んでいて、透き通っていて、綺麗だ。俺は全てを受け入れて優しく微笑んだ。顔と顔の距離が近付く。鼻先と鼻先が触れる。俺の額から首筋にかけて、汗が一滴流れた。その時。


「ただいま~!!!あ~疲れた!!!」


 玄関のドアが激しく開く音と、くそでけえ声が俺の部屋までハッキリ聞こえてきた。声の主は、母さんだ。その声で我に返ったのか、鷲尾さんははっと俺の両手を離し、顔を床にこすりつけるように土下座し始めた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて」


 俺は頑張って土下座のポーズをやめさせて、耳元で囁く。


「こーゆーのは、もう少し大きくなってからね」


「ひゃ、ひゃい!」


 俺、美少女すぎて優しい女の子を狂わせちまったよ...。

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