第8話 放課後とイヌスケと 前編

 入学後初めてのテストはまあ普通に全然分からんかった。中学入試問題って妙にひねってくる問題多いよな?考えさせるっつうかよ。大学生になって急に解けって言われてもまあ無理な話なんですわ。と俺は自分をなぐさめつつ、テスト終了の合図とともに、筆を置いた。うわー。前の人に紙集めるのやってたねえ。大学だと紙もらうのも出すのもセルフだったから、マジでなつい。


 テストを回収し終えた鳩羽先生は、お疲れさまでしたと俺たちをねぎらい、明日から通常授業の旨を伝えてくれた。しかも今日はこれで解散みたいだ。おー。明日ついに授業が始まんのか。テストはちょっとしくじったが、授業は別だ。中1の最初の授業って、アイハブアペンとかだろ。つまりペンパナイナッポウアッポウペンまで言える俺の勝ちだ。これで俺は天才美少女として覚醒する。親の顔より見たヒロインのタイプ、天才美少女に俺は進化するのだ。これほど気持ち良いこたあねえぜ。


「テストどうだった?」


「ぜんぜんだめだった...。たっくんは?」


「僕もだめだったよ」


放課後たっくんにテストについて聞かれたんで、がっくりしながら答えるとたっくんもだめだったらしい。なあんだ、たっくんもだめだったのかあ!と普通の人間なら安心するだろうが、天才推理美少女たる俺は知っている。たっくんのだめは全然だめじゃねえってことをよォ。100点満点中80点とってテスト死んだっていうやつはガチで信用ならねえ。


「じゃあ一緒に帰ろう!」


「はいはい」


 俺はたっくんを誘うと、たっくんはしょうがないなと言った感じで席を立ち、廊下に向かって歩き始めた。俺もその後を追う。背中に熱い視線を感じたが俺は美少女、クラスメートの誰かを魅了してしまったのだろう。俺の存在が、罪...。よーし今日は帰ってイヌスケと遊びまくるぜ。


 学校を早めに帰れるってのはやっぱりなかなかに嬉しい。まだ昼前の時間だ。このちょっと悪いことしてる感じがたまんねえんだよなあ。大学は自分でカリキュラム組むからちょいちょい昼に帰る事あったけど、それじゃ味わえねえ特別感なんだわ。


 俺とたっくんは学校の前にあるバス停で最近のゲームや漫画の話だとかをした。まあ俺からしたら10年前の漫画とゲームだから話を合わせるのは少し苦労したけどな。お、バスが来た。俺が先に乗り込んで一緒に並んで座ったが、その後はお互い静かにバスに揺られてた。親友と一緒だと沈黙も心地良い。


「また明日な、たっくん!」


「ん。はっちゃんもまた明日」


 ちょうどバスを降りた数分後に乗り換えの駅の電車が来たんで、俺たちは比較的スムーズにあのぼろい木造の駅にたどり着いた。たっくんとサヨナラして、田舎道をずしずし歩き始める。


「帰ったらごはんくってーイヌスケとあそんでーその後はなにすっかなー」


「あの...」


後ろから急に声をかけられた俺は、ビビりまくった勢いでコケそうになる。が、俺の右手を誰かが引っ張ってくれて、なんとか足が踏ん張れた。振り返ってその手の主を見る。


「うわっ、びっくりした〜。え、鷲尾さんじゃね...だよね?どうしたの?」


「い、いきなり驚かせてすみません...」


「いやいや勝手にびっくりしたのはお…私の方なんだし、むしろ手引っ張ってくれて助かったよ!ありがと!」


 ショートヘアがよく似合ってて可愛いくて、でも顔はカッコいい感じもある。そんなカワカッコイイ女子の手を握れたんで、むしろメリットしかない。うひょひょJCのおててやわらか〜い。俺は鷲尾さんの手を両手で握ってぎゅっとする。俺まじで女子中学生になってよかったー。あ、あれ。なんか鷲尾さん、目がウルウルしてね?あ、俺やっちまった?スキンシップと称したセクハラバレた?


「うっ...ぐすっ....うぇえ....」

 

「あのそのえーっと変にその手ぇ触っちゃってごめんなさい!嫌だったよね?!ほんとにごめん!」

 

「ち...ちがうんです...嬉しくて....」


 詳しく話を聞いてみると、どうやら俺と友達になりたくて、ここまでコッソリついてきてしまったらしい。話しかけたくても話しかけられなかったんだと。分かるぜその気持ち。んで、全然知らない田舎の駅に来てしまって急に怖くなったから、勇気を出して声をかけたらしいわ。で、手を握られて安心して泣いちゃった...か。うん。なんだこの可愛すぎる生物は?


 可愛すぎる生物こと鷲尾さんにとりあえず家までついてきてもらうことにする。俺が先行して帰り道を歩いてると、鷲尾さんはおずおずと、でも興味深そうにあちこち眺めながら付いて来る。山と田んぼと電柱しかない景色だが、楽しんでくれてるなら良かったぜ。


「よし、ついたよ!」


「ワン!ワンワン!」


「ひっ!!」


「あ、大丈夫だよ。イヌスケは田舎の柴犬だけど、めちゃくちゃ人懐っこくて噛んだりしないから」


「ワン!」


「ほ、本当ですか...?」


 家に着いた俺たちをイヌスケは尻尾をブンブン振り回しながら、繋がれたリードをピンとさせて後ろ立ちする。そして前足でクイクイっとおねだりポーズ。あああああああくっっっそかわいいいいい。はいウチのイヌスケバリバリ最強No1〜。


 何はともあれ鷲尾さんからしたら興奮してる知らない犬は怖いよな。ここは俺の出番だぜ。


「ほら〜よしよしよしイヌスケ〜お腹見せて〜今モフモフしてあげるからね〜」


「ヘッヘッへッ」


 俺のハンドパワーでイヌスケは一瞬で沈静化した。知らない人の前でお腹をはずかしげもなく見せて、気持ち良さそうに舌をダランとさせている。


「鷲尾さん、触ってみて」


「は、はい...」


鷲尾さんは恐る恐る、イヌスケの横腹に触れ、そっと撫で始めた。彼女の強ばった顔はみるみるうちに笑顔になる。


「ふかふかしてる...」


「でしょ?でも抜け毛が多くて大変なんだよ」


「かわいい...」


 うん。もうこれでおわってもいい。可愛い鷲尾さんが可愛いイヌスケを撫でて、かわいいって言っている。ありったけのKAWAIIだよ。ありがとうゴンさん。


 俺は眼福すぎて目がムスカになりかけながらも、その光景を目に焼き付くそうと必死に目を凝らすのであった。





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