昼食

 なめらかに走り乱雑に揺れる小田急電鉄。人は鉄の箱にしまわれ、降りて、またしまわれる。

空腹を抱えながら古着屋の前を歩いた。すれ違う人々は個性的な色の古着を着ているがむしろ量産型で、個性が充満して平均に変わっていた。

下北沢は嫌いだ。町全体が乱雑で要素が多すぎる。

自分は特別だと思い込んだ、つまらない女と男が我が物顔で闊歩する。ありきたりなストリートミュージシャンが


「大丈夫 明日はきっと」


などと歌うが、努力せず明日が良いものになると思い込めるようなハッピー野郎ではないくせに。薄い歌詞に共感して1000円札を缶に入れる頭の弱そうな女を鼻で笑って通り過ぎる。もし俺が大怪獣だったらウルトラマンと対峙した最初の1歩目は下北沢に下ろすだろう。二歩目はどこに下ろすべきか。くだらない空想をしているうちにリアムがちょうど歌い出した。


時刻は13時少し前。画面にヒビが入ったiPhoneで近くの喫茶店を探す。目新しいメディアに消費されるギラついたカフェよりも昔ながらの時間が止まった喫茶店の方が落ち着いていられる。新しいものに否定的な思想も音楽性に引っ張られているとしたら非常に厄介である。検索結果をスクロールする。新しいものを嫌うくせに手元の最新機種を愛でる。なんて都合のいい人間だろうか。否、人はみなそういうものだ。


雑居ビルの二階、薄汚れた階段を昇ってドアを開ける。チリンチリン。

「いらっしゃいませ。お好きなお席どうぞ。」

無愛想な決まりのセリフも心地よい。窓際の席に座り、茶色くくすんだ自立式のメニューを手に取る。コーヒー、紅茶、メロンソーダ。あの娘はメロンソーダが好きだった。


白いバニラアイスと蛍光色のメロンソーダが似合う可愛い人だった。肩までの染められたことの無い黒髪が濡れた鴉のように艶めいていた。

「メロンソーダ可愛いでしょう。でもあげないからね!」

羨ましそうな目はしていないつもりだったが。悪戯っぽく笑う彼女が好きだった。最後の日は溶けたアイスクリームがぬるくなったメロンソーダと混ざって汚い色をしていた。彼女が好んだ可愛いとは違う物に見えた。メロンソーダと同じように俺も消費されて捨てられた。ただそれだけなのだ。



「お待たせいたしました。ホットコーヒーとカレーライスです。」


店主の声で今に戻る。向かい合う席には黒髪の彼女はいない。

店内で流れるのは『Sally Simpson』。彼女が俺に抱いた信仰心もアイスクリームと一緒に溶けてしまった。俺もそうであったらよかったのに。信じるものは救われる。救えなかった俺が悪かったのか。悲しい気持ちに沈んでも腹は減るし、飯は美味い。大きめのスプーンでカレーライスをすくう。細かく刻まれたじゃがいもと玉ねぎ、カレーにしては珍しく豆入りだ。昼下がりの光に当てられてツヤツヤと輝いている。米の甘味とスパイシーなルー、豆と豚ひき肉の旨みが混ざり合っている。温かいものを食べて、ようやく体も気持ちも安心できたように思えた。

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