第8話【再会】



 いつも通りの朝、彼は家を出た。律儀にも仕事に行ってしまったのさ。でも、そういうところが彼のいいところなんだよ、きっと。


 だから、絶対に彼を守るんだ。ボクなら、この日起こることを知っているボクになら、止められるはずだ。そう、仕事帰りに迎えに行けばいいんだ。そしたら、あんなことにならずに済む。

 ボクが手を取って、真っ直ぐ帰れば。


 そうと決まれば。



「君との約束、君の願い、ボクが叶えてみせる」




 彼は午後三時までの勤務だ。その少し前に行って驚かせてやろう。そう思い彼の勤めるコンビニに到着した時刻は午後三時十分前。

 ボクは待ちきれず店内へ。彼はレジだろうか、それとも商品の陳列でもしているのかな。


 店内を回るも彼の姿は見当たらない。もうバックヤードで帰る準備でもしているのだろうか?


「あの……」


 レジに入っている店員さんに声をかけると、店員さんはボクに気付き言った。


「あぁ君は彼の。彼なら今日は大事な日だからって少し早くあがったよ? たしか、二時半頃に」


 店員さんの胸には店長の文字。この人店長だったんだ。いや、そんなことより、彼が早く出たなら出たで行き道で鉢合わせてもおかしくないはず。

 ……まさか!


「すみません! ありがとうございますっ!」


 絶対に寄り道はするなと言ったのに!

 あの馬鹿の考えそうなこと……そうか……! それより、あの場所に先回りすれば!

 落ち着くんだ、ボクになら止められる。

 走る、ひたすらに走って、走って、あの場所を目指す。彼よりも先に。




 しかし、アスファルトを焦がすタイヤの叫び声がボクの鼓膜を揺らす。

 間に合わなかった。

 彼は再び、ボクの目の前で。




 助けも来ない。

 人もいない。いるのは怯える幼な子だけ。


 この世界は、こんなにも冷たい。





「寄り道するなって……言っただろ……馬鹿!」

「……あ……」


 あの時と同じだ。ボクを助けてくれたあの君と同じ顔をしている。ボクは彼を知っている。正確には彼と同じ存在を。ボクは彼の願いで過去に戻って来た。


 あの時の彼は言った。


「過去に戻ってさ、こうならない未来を作ってくれないか、青猫……」


 ボクの静止も聞かず彼は続けた。


「そうだ、お前は未来から来たネコ型ロボット……そして過去の僕を……どうしようもなく馬鹿な僕を助けてくれるんだ……あの、アニメ……みたいに」


 そんな馬鹿な願いが叶い、ボクは二度目の君に出会った。過去に遡った代償で殆どの記憶を失った状態で。けれど、君を助けるってことだけは憶えていたんだ。君と過ごすことで少しずつ思い出したんだ。初めて思い出したのは、お寿司を食べた日。


「だからっ……こんなところで死んじゃ駄目だ! ボクは君のことをっ」

「青猫……僕の願いを聞いてくれる?」


 運命からは逃れられない。

 確かに、ボクの愛した君は今の君じゃない。ボクが過去に帰る度、新しい世界が生まれる。違う君と出会うだけだ。


「……青猫、」



 過去に戻って、馬鹿な僕を助けてくれないか













 見渡すと見知った部屋にいた。


「馬鹿だよ君は……」


 二度目の君も同じ運命を辿ったんだな。

 本当に馬鹿だ。ずっと繰り返せって言うのか? こんなこと、ずっと。

 もう諦めてしまえば楽になれるだろうか。


「……あれ? ボク、記憶が、あるぞ」






 ちゅるちゅるん。




 玄関のドアが開く。


「な、なんだお前!? 空き巣か!?」


 もう一度。もう一度だけ、


「やぁ、ボクは青猫。君の運命を変えるため未来からやって来たネコ型ロボットさ」

「そんな人間みたいなロボットがあるか」

「信じるも信じないも君次第さ」


 ねぇ、はじめての君、これでいいのかい?


「なんなら証拠を見せようか?」

「証拠?」


 こうやって同じ道を辿れば、未来も変えられる。


「さぁ、君はボクに何を望む?」


 三度目の君は、何を望む?



「じゃあ、とりあえず僕の前から居なくなってくれないか? 今なら警察沙汰にしないでやるから」

「えっ、でも……」

「でももデーモン閣下もない」

「かっか?」


 あれ? そんなはずは……


「とにかく、うちから出て行ってくれ。僕は疲れてるんだ」


 あ、駄目だ。心からボクを拒絶している。そんな、なぜ? 君がボクを拒絶するんだ? そんなはずないのに!


 同じ君であって違う君、だから?

 過去も変わるってこと?

 君はボクを、ボクの命を助けてくれた君はそんなこと言わない。言わないはずな——







 ——ここは、何処?

 そうか、願いの効果で外に追い出されたんだ。





 ボクはまたひとりぼっちになった——



 名もなき悪魔に戻ってしまった

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