第6話【誓い】



 あれから数週間、僕と青猫は——というより僕は、誰にも咎められることなく日々を過ごしている。金切が死んだのは事実だけれど、それは事故でしかないわけで、当然僕に何らかの矛先が向くことはないのである。

 たとえ僕が願い、それが叶った結果だとしても。


「ねぇ」


 人間という生き物は実に恐ろしい生き物だ。今、僕は身をもって痛感している。

 あの女が死んだことに例えようのない興奮をおぼえた自分に正直驚いている。それどころか、


「ねぇ、ねぇ、君ったら〜? 聞いてるの〜?」


 それどころか、何故一思いに死なせてしまったのかと後悔すらしているのだから始末が悪い。


「こーら! 何をボーッとしてるんだ! 今夜は夏祭りに連れて行ってくれる約束だろ?」

「あ、あぁ、悪い悪い。少し考え事をだな」

「どうせまたエッチな妄想してたんだろう?」

「ふむ、例えばどんな妄想だ?」

「そ、そそ、それは〜……ち、ちぅ、う〜、とか、えっと……」

「ほぉ、それはどういった行為なんだ? 童貞にもわかるように説明してくれないか?」


 ——————————☆


 星を見た。人間、思わぬタイミングで強烈な一撃を喰らうとを見るという表現があるが、結論から言って嘘ではなかった。

 強烈な右ストレートが僕の顔面を打ったわけで。


「君ってやつは、そんなだからいつまで経っても童貞なんだ!」

「痛っ……未来から来たネコ型ロボットの割にウブなんだなお前って……」

「ふん! 君だってボクと出会うまでは女の子と一緒の布団で寝たことすらなかったくせに! いつも一緒に寝てあげてるんだ、感謝くらいしたらどうだ!」

「う、うるせぇやい! 僕だって小さい頃は妹とか幼馴染とかと一緒に昼寝してたんだ! お前がはじめてじゃねー!」

「そ、それはノーカンだろ! もういい、そんなこと言うなら、もう一緒に寝てやらない……からな……」


 泣いちゃったよ、もう。

 とりあえず話題を変えよう。


「そ、それはそうと、その浴衣似合ってるじゃないか。お前の青い髪とよく合ってる」


 僕の言葉で頬を赤らめた青猫は涙目で笑顔を見せる。浴衣を褒められてすっかり上機嫌になった青猫を連れ、近くの公園へ向かうことにした。





「ひ、人がいっぱいだなぁ」

「ここらでは、ここしか祭やってないからな。とりあえず歩いてみるか」


 本来なら僕がしっかりリードすべき場面なのだろうけど、所謂ボッチ道をまっすぐ進んで来た僕に祭の正しい歩き方なんてわかるわけもなく、漫画やアニメで見た祭回を僅かな頼りに青猫の手を引いた。


 綿飴やりんご飴、たこ焼き等、色々食べて歩きながらくじ引きで散財し射的に熱狂する。ありふれた祭回をなぞるように時間が過ぎてゆく。

 正直楽しいなんてものじゃない。


「やーやー、ちゅーっくらいのぬいぐるみだけれど、持ち帰れてよかったよ。ありがとう、君が射的に三千円はたいたお陰だよ」

「ちゅーっくらいで悪かったな」


 現実は漫画やアニメのようにはいかない。巨大なぬいぐるみを落としてプレゼント、それを抱えて歩くヒロイン、そんな王道は歩めなかったけど、


「ううん、皮肉じゃないさ。本当のありがとうさ」


 そう言って青猫は僕の頬に触れた。

 本来ならそこで花火が上がるわけだけど、あいにく花火の時間までまだ少しあるわけでそんな演出には恵まれなかった。



『思い』と『願い』は紙一重、



 ここ最近、色々試して気付いたこと。

 ただ思うだけで何かが起きるわけではなく、思いを越えた先にある願いだけが叶う。

 それが青猫の能力だ。


 誓おう。もう二度と人を殺めるような願いはしない。



 僕はただ、青猫とずっと一緒にいたいだけだ——





 帰宅後、青猫は溶けるように眠ってしまった。猫は液体理論は間違っていなかった。


 こうして夏は過ぎ秋を挟み季節は巡り、



「ううう〜、さ、さささむいぃぃ」


 猫はこたつでまるくなる理論も間違っていなかった。そう、冬が来たのだ。


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