第5話【結果】





「これは君が願った結果さ。どうだい? 凄いだろう? 君が願えば、どんなことだって起きる。起こせるんだ。君の思うままに世界を創り直せるとしたら……君はどんな世界を創造するんだい?」







 時は遡り、炎天下の遊泳場——そう、僕と青猫は休日を利用して、所謂遊園地であるカピバランドに併設されたアルパ=カ=プールランドに来ている。去年オープンしたばかりの大型プールはカピバランドと隣り合わせなのも相まって客もひしめいている。ところで、犇く、または犇めくの漢字って、よく見ると牛が三頭詰め込まれてて、ギューギュー詰めなのが容易に想像出来るようになっている。


 限りなくどうでもいい話をした気はするけれど、僕は怯まない、——だからそんな、何テンション上がってんだよボッチのくせにみたいな、そんな視線を送るのはやめていただきたい。


 さておき着替えも終え泳ぐ準備は万端。年甲斐もなくテンションが上がってしまった(認めた)僕は青猫を連れて遊泳エリアへ向かった。


「おおおおぉぉ〜!」


 青猫は無い胸を張り瞳を大きく見開く。自身の半分以上はある大きな浮輪を片手に、早く行こうと催促する。しっかり準備運動を済ませた僕らは遂にプールへと入水する。


「冷たいー、君、もっと奥に行ってみよう?」

「わかったわかった、はしゃぎ過ぎて溺れるなよ?」

「ボクが溺れるわけないじゃないかぁ、童貞の君じゃあるまいし」

「そりゃぁそんな大層な浮輪があればな……」

「君も入りなよ、隙間空いているぞ?」

「さすが、無いスバディーな青猫様だな」


 僕たちは時間を忘れ遊んだ。久方ぶりだ、いや、はじめてかも知れない、こんなに楽しいのは。

 生意気でガキで無乳で二言目には童貞をいじるような青猫だけれど、そんな青猫だからこそ——僕の心の中に土足で踏み込んで来るような青猫だからこそ、僕は心を開けたのではないか。


「お腹空いたね〜、そうだ! 売店で何か食べよう! ねぇねぇいいだろ〜?」

「仕方ないな。少し泳ぎ疲れたし小腹でも満たしに行くか」


 やったー! と笑顔を見せた青猫を連れて、長蛇の列を作る売店へ向かう。


「君はそこで待ってなよ! ボクが買ってきてあげる」

「いいのか?」

「任せなさい! ちゃんとおつかい出来るんだから。にゃししし」


 僕は青猫に千円を握らせ適当なベンチで待つことにした。行き交う人々の中には、子連れのファミリーやカップルの姿。僕と青猫も同じように見えているのだろうか? なんて、馬鹿なことは考えちゃいかん。青猫は人間ではないのだから。





「あれ〜ゴミ箱じゃん? 超ウケるんだけど〜」





 思考が止まる。



 長らく封印されていた、あの忌々しい声が、ノイズが、甲高く切れ味の鋭い声が、僕の鼓膜を揺らす。

 僕は、恐る恐る振り返った。


「あはははっゴミ箱が振り向いたっ。ちょっとアンタ、ゴミ箱のくせにプールとかウケる〜」

「べ、別にいいだろ……」

「はぁ? 喋ってんじゃないよゴミ箱が」


 金切恋花かなぎりれんか、中学時代、三年間にわたり僕をゴミ箱扱いしていたグループの主犯格。僕をボッチに貶めた元凶。ソレが今、僕の前に現れたわけで、当然、僕は拒否反応を起こす。

 金切の隣では、見るからにチャラ男な金髪野郎が僕を見てニヤついている。不愉快だ。

 非常に、不愉快だ。


「恋花ちゅぁ〜ん、何なにコイツ〜? 僕チン以外の男と知り合いなんて、妬いちゃうぜ〜?」

「やだぁもう田本くん〜、コイツはゴミ箱、ほら話したことあるっしょ? 中学の時の、お、も、ちゃ。男は田本くんしか知らな〜い〜」

「チョリーーッス恋花ちゅぁ〜ん、ごめんよ妬いてしまって。それもこれも、恋花ちゅぁんが可愛いからなんだぜ〜、ほら、チューしよーぜ〜」


 僕は何を見せられているのだろう。

 死ぬほど嫌いな女と、死ぬほど苦手な男のキスなんて見たくはないというのに。


「ははは、お似合いのカップルだね……」


 心にもない言葉で場を凌ぐ。


「恋花ちゅぁん、お腹空いたぜ〜」

「そうね田本くん、おいゴミ箱、千円かしてよ」


 僕は無言で千円を手渡した。とにかく、はやくこの場を去ってほしかった。

 僕は浮かれていた。青猫と出会い、少しはリア充に近づけた気がしていた。けれど僕は、今も昔も、ゴミ箱でしかなかった。そんな僕がこのような場所で遊ぶなんて身の程知らずもいいところだ。




「おーい、君〜! フランクフルト買って来たぞー、あーんしてやるぞ〜!」



 最悪だ。青猫が思っていたより早く帰って来てしまった。どうする? どうすればいい?


「何このガキ〜? はぁ? まさかアンタの? 笑えない冗談なんだけど?」


 金切が青猫の前に立ちはだかる。


「アンタ、コイツの何よ?」

「えっ……か、彼女だけど」

「へぇ〜? そう!」

「あっ」


 金切はわざとらしく青猫の肩にぶつかる。その反動で体勢を崩した青猫の手からフランクフルトが落下、地面に落ちる。同時に青猫は尻餅をついた。何が起きたかわかっていない青猫は瞳を大きく見開き僕を見つめる。助けを求めているのだろうか?


「あら、ごめんね、落としちゃって? はい、あーんして?」

「君は誰? なんでこんなこ——」


 んぐっ、と青猫の声が遮られる。落ちたフランクフルトで、地面に落ちたフランクフルトで口を塞がれている。


「ふぐっ、な、んっ……っ」

「そんな顔して、いつもこんなことしてんのかガキ? 百年早いんだよ。わかったらコイツと今すぐ別れな?」

「げほっ、はぁ、い、嫌だよ。ボクは彼の彼女なんだ。き、君には関係ないだろ?」

「はぁ? 沈めるぞこら?」



 ——お前が沈め



「死んじゃうけどいいのかな〜?」



 ——お前が死ね




 ——金切恋花、お前は溺れて死んでしまえ——





 気付いたら身体が動いていた。金切の手を払い青猫の手を握る。青猫は目を丸くしていたけど、僕の意図を理解したのか小さく頷いた。


「二度と僕達の前に姿を現すな!」


 言い捨て、振り返っては走った。悔しい、情けない、そう思いながらも出口を目指した。


 青猫は言った。


「助けてくれて、ありがとう。カッコよかったぞ」


 その後、金切恋花が僕の前に現れることはなかった。何故なら、その日、彼女は——金切恋花は帰らぬ人となったからだ。

 死因は溺死。プールで誤って溺れ、死んだ。


 ニュースを見た僕は、どこか落ち着いていた。そしていつしか高揚としていた。

 鼓動が早鐘をうつ。





「これは君が願った結果さ。どうだい? 凄いだろう? 君が願えば、どんなことだって起きる。起こせるんだ。君の思うままに世界を創り直せるとしたら……君はどんな世界を創造するんだい?」




 そう青猫は云った。

 僕は答える。



「青猫は、どんな世界がいい?」


「ボクは……君さえいれば、なんでもいいや」



 少しの沈黙、そしてこう繋げた。




「君の望む世界を、ボクは拒まない」

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