その1ー13【不満愚痴る】
「・・・・・・姫路城、かしら?」
ヘリの窓に映る三段堀に囲まれた立派な城の名前を、夕華は一眼見て言い当てた。
姫路城。別名、白鷺城。
本来は兵庫県姫路市に建っているはずの白亜の城である。
「お、大正解。まぁ流石に兵庫から本物を持ってきたって訳じゃなくて、1分の1サイズのレプリカだけどな。夕華には30点をあげよう」
「いらないわ」
そんな即答って、凹むわ・・・。
「それってほぼ本物と相違ないのではないですか?」
「・・・いやいやいや、だって本物は総構えの城だけど、こっちは街なんてないし」
本物の姫路城は街?武家屋敷?をその砦の中に含む大きな城だが、ここには菱の門までの城部分しかないので、それが最もな違いだろう。
「そういうもの、かしら・・・?」
「判断しかねます」
「・・・まぁ、いいわ。それで、あれは何なのかしら?」
「さっき有咲さんも言ってたろ、あれが全国八地方、八つのみ存在する都市伝説みたいなことを言われている魔法使協会地方支部の一つ、近畿支部。別名関西本部だよ」
「あれが・・・」
「暁人、私たち、こんな所まで来てしまって良かったんですか?あの建物は秘密事項だったのでは?」
「いや〜、別に秘密って訳じゃないよ。ねぇ、有咲さん?」
「そうね、わかりにくい場所に建っているから、誰も見つけられないだけで秘密というわけではないわ。一応一般人用の受付もあって、5時までは事務員が対応してくれるからね」
まぁ、その受付は年がら年中閑古鳥が鳴いているそうだが。
九州地方、中国地方、四国地方、近畿地方、中部地方、関東地方、東北地方、北海道の八つの地方に存在する地方支部のうち、都心に位置する関東地方支部以外の七つの地方支部は、所在不明と世間では認知されている。
と言ってもちゃんと役所などに届け出をして住所登録はされているし、見てわかる通り存在はしているのだ。
「そもそも、地方支部というのはほぼほぼ魔法使の会合のためだけに使われているから、人が来る用事なんてのもそうそうないしなぁ」
各都道府県に存在する県支部は、県庁などの程近くに建てられていて、魔法使への依頼などの雑務はそこで受け付けているため、一般人が地方支部にいく必要もない。
地方支部の役目は、所属する県支部から書類などをまとめて本部へ送るなどの総合事務的なことなどだ。
そのため、わざわざ土地代の高い都心に立てる必要もなく、都心にある必要があった関東支部以外の地方支部は土地代が安く、全くもって人が寄り付かない山奥、秘境のような場所に居を構えることになった。
この際、当時所属していた魔法使たちの希望が建築物に多分に含まれていることは、仕方ないことなのだろう。
「魔法使の人達は、どのようにしてここまでやってくるの?」
「ヘリとか、歩きとか、走り、あと飛べるやつは飛んできたりとかかなぁ」
「少し前には自宅からトンネルを掘って、トロッコで来ようとした人もいたわね」
「あぁ~、ありましたねそんなこと。あれ、結局失敗に終わったじゃないですか。たしか、堀ぬこうとした山の持ち主に反対されたんでしたっけ?」
「そう。あとは山二つほど向こうに車が通ることが出来る道があるから、そこまでは車で来て、あとは山を徒歩で越えて来る、という手かしらね」
「こんな山奥にほんとに道なんてあるのかしら?」
「あるのよ、国道425号線という道が。酷い道と書いて“酷道”なんて呼ばれ方をするような道だけど、あることにはあるの。ちなみに冬季通行止めよ」
一度仲間の運転する車で425号線を走ったことがあるが、あれは本当にひどい体験だった。
この国道425号線は三重県尾鷲市から奈良県南部を横断し、和歌山県御坊市に至る約190キロメートルの一般国道の名称である。
この道、我ら奈良県民、特に北部に住む県民たちは馬鹿じゃないの?と、知る人は皆思っていることだろう。皆は思ってなくても、とりあえず俺はそう思っているので言っておく、馬鹿じゃないの?
古都、奈良。
“京都よりも”古い都である奈良県のイメージはだいたい鹿と大仏だ。これは他の支部との会合でちゃんと聞いて回ったので間違いない。「奈良のイメージは?」の答えは「鹿」、もしくは「大仏」でほぼ確定だ。
と、いうかそれ以外に推せるものがないのだ。
奈良漬なんていう人もいるかもしれないが、それは俺が漬物苦手なのでなしだ。
古墳も多いんじゃない?と思うかもしれない。
確かに9700と古墳の数はかなり多いが、これは全国で8位の多さで、全力で推していくには少しパワー不足。
後、寺などがあるが、古いものは多い事には多いのだが古すぎて少し雅さに欠ける。雅=人気と考えるならば、観光客が京都に行くのは当たり前だろう。しかも何故かは分からんが異様にアクセスが悪い。もうちょっと鉄道路線引いてくれよ、と思うのが県民の心だが、県民は皆分かっている。
寺の近くを掘るのはヤバいのだ。
具体的にどうヤバいのかというと、寺の近くを掘ると出土品が結構出てきて工事が年単位で止まり、重要な文化建築物の跡でも見つかろうものなら中止だ。
「もうすぐ着陸ですね、そう言えばこの支部に車椅子なんて置いてありましたっけ?」
「いやぁ、見た事ないっすねぇ」
「私も見た事がありませんね。さて、どうしましょうか」
奈良の航空写真、あれを見た日には涙が出そうだった。
左上が田舎、あとは森、以上。
嘘だと思うだろうか、見れば分かる。本当にこの通りなのだ。奈良盆地と呼ばれる県民の大半が暮らす盆地が、奈良県の北西部に存在し観光名所や、重要な行政機関、魔法使協会の奈良支部もそこに存在している。
奈良盆地から北上すれば京都、西へ向かえば大阪、東に向かえば三重、凡そ1時間と少しあればそれらの県へ辿り着ける。が、南へ向かうことは最悪だ。というか、するべきでは無い。
奈良盆地から南下すると、辿り着くのは三重もしくは和歌山。
だがその道を阻むように存在するのが、紀伊山脈。
と、いうか奈良県というのは四方八方を山に囲まれた海無し県であり、どの県に行くにしたって取り敢えず山を超えなければならない。
その山が薄いか厚いかの違いなのだ。
南下は厚い、とにかく厚い。
何処まで連なる山々が行く手を阻んでいる。
道はガタガタ、落石も多く、崖っぷちを通る道は3メートル程でしかも何故かガードレールがないこともある。
和歌山に行くのだって、大阪に一度出た方が確実に早いのだ。
そんな奈良県の山奥のさらに奥に建っているのがこの、魔法使協会関西支部である。
西の丸に白線でHマークがデカデカと描かれており、ヘリが接近すると地面が盛り上がり開いた。
「「おおー」」
夕華と実が揃って声を上げた。
視線の先では、ヘリポートが開いたことで地上の姫路城が放つ和風な空気とは真逆のメカメカしい地下構造物が露出している。
「地下もあるのね」
「そりゃ、そっちがメインだからね」
「裕二様に連絡もせずこんな所まで・・・夕華様は、私が守らなければ・・・」
この姫路城(偽)のWiFiに繋げれば電波も届くが、予想通りここは圏外。アンテナの一本すら立っていない秘境である。
実は報告義務などもあったのだろうが、急展開過ぎて忘れていたらしい。
というか、ほんとに急展開だよな。
今日初めて幼なじみが婚約者にしようとしてる男に会って、その男のデバイスを取りに行かされて、使徒との戦闘に巻き込まれて、さらに男が魔法使である事を知り、そしてほぼ都市伝説化されている地方支部へ連れ込まれる。
夕華にとっても濃い一日になっているだろうが、実とっては夕華以上に濃い一日だろう。
ただ──────
「出来ると思うか、実?」
「・・・」
「各県支部には5人、地方支部には10人の魔法使がいる。その中で、それが出来る?」
「・・・必ず」
「お、良いね。まぁでも今回は俺の用事だし、何かあったら俺が守るよ、夕華も、そしてもちろんお前も」
「いいことを言うようになりましたね、暁人。私の婿にどうですか?」
「遠慮しまーす」
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