その1-14【数ヶ月越しの犯人発覚】
「これで、たぶん、オッケー」
楓が手を下ろす頃には、体の痛みは完全に消え去り、再び開いた傷口から噴き出した血液も跡形もなく消え去っていた。
「どう、暁人?」
「んー、どうだろうー?」
ヒョイッと実に向けて手を差し出せば、それで察せれたらしく差し出した手の上に、蹴り飛ばされたためヘリの中に置きっぱなしになっていた[ドウジ切]が置かれた。
刀を抜いてくるりと回し、細心の注意をはらいながら自身の両足を縛っていたギプスを切り落とした。
本来は作業用の裁断機で行われるのだが、[童子切]程の切れ味ならば石膏製のギプス程度、切り裂くことなど朝飯前だ。
スルリと紙でも切るように刃が通り、ゴトリと音を立てて計4つの塊が落ちると、ここ一週間程隠されていた俺の足が露出した。
久々に足から感じる外気の感覚に少しくすぐったさを覚えたが、取り敢えず風呂に入りたくなった。
膝と足首の曲げ伸ばしを繰り返し、痛みがないか確認する。
「ん、これなら大丈夫だろ」
足に力を入れ、立ち上がると出会ってから初めて俺の目線が夕華を越えた。
「立ったどー」
壁から離れて歩き出しても問題はなく、完璧に治っていた。
「ん、成、功」
楓もガッツポーズをしている。
そして、俺に飛びついた。
首に腕をかけその勢いで一回転し、俺の背中に張り付いた。俺はいつものように、後ろに手を回して体を支える。
「っとと、急に飛び乗ると危ないぞ」
まぁ、つまりはおんぶだ。
「な、治ったの?」
「あぁ治ったぞ。楓の魔法なら、どんな怪我でもたちどころに治せるんだ。あっ、こいつはそれなりに有名だから知ってるか」
「ん、でも、内的要因の、怪我、ウィルス性、の、病気、とかは、難しい、けど、骨折なら、簡単」
「えっと、じゃあ・・・そちらは本当に”あの“由済 楓さんで間違いないのよね?」
「ん、そう。私が、由済、楓。あなた、は?」
「私は夏風 夕華。暁人の婚約者よ」
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ギリギリ一言発して、楓が停止した。
女性相手にこんなことを思うのもなんだが、腕にかかる重量が随分と増した気もするのでもしかしたら気絶したのかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・・・はっ。ごめん、なさい。気を、失って、た」
戻っては来たが、どうやら本当に気を失っていたらしい。
腕にかかる重量はかなり軽減した。
「それ、で、こんにゃく、が、なんて?」
「楓、それ俺がもうやったから」
「二番、煎じ・・・。暁人、結婚、する、の?」
「いやまだだから、それに婚約の話もまだ答え出てないから。夕華も嘘言わない」
「私は今すぐ婚約したって問題ないわよ」
「あ、暁人が・・・け、結婚・・・キュウ」
「あ、おーい楓ー? 楓さーん? ・・・ダメだこりゃ」
気絶した楓を地上の城の方にあるベッドルームに転がした後、俺たちは辺りの景色を一望できる天守でお茶をしていた。
設置されている円形の卓を囲む。座り順は、俺から時計回りに有咲さん、実、夕華だ。
ちなみにそれぞれの飲み物は、オレンジジュース、牛乳、コーヒー、紅茶と和風の天守閣に漂う空気とは全くあっていない。
「そういやここ、匂い取れたんですね」
「えぇ、少し前にね」
「何の話ですか?」
「いや、今年のはじめにここでマジック・シュールストレミング開封の儀をやった人がいてな。とんでもないことになってたんだよ」
「えぇ、あれは本当に酷い事件でした」
元々ここ、近畿支部にはあまり寄り付かない俺だが、年度末から年始にかけてこの天守と一個下の階も使って行われる全員参加の年越し会合と、あと断りきれないお茶会のお誘いなどで年に三、四回ぐらいはこの天守閣に来ることがあった。
だが、去年の年末から今年の年始にかけて行われた年越し会合で、酒によっぱらったオッサンが何故か所持していたマジック・シュールストレミング缶を開封するという珍事件が起きたため、前回の会合の会合からはお茶会も別の場所で行われることになり、年始以来ここには訪れていなかった。
かなりの激臭がこびり付いており、残り香の処理でヤバい、というのは聞いていたが処理が終わったという話は聞いていなかったので、久々にやって来た今日まで知らなかったのだ。
ちなみに、マジック・シュールストレミングとは大元であるシュールストレミングの缶を、魔術の力を使ってさらに濃縮し、開封後三ヶ月はその激臭が確実に香ると言われている小型匂い核爆弾の名称だ。
「そ、それはなんというか・・・」
「ま、酒には気をつけようって話しよ」
「やっちまったオッサンも、酔いが覚めてから大目玉くらってたし」
ただ一つあの事件で不思議だったのが、しっかりと酔いが抜けた後の調査でオッサンは、マジック・シュールストレミング缶を所持していた覚えも、買った覚えもない、と言っていた事だ。
では、一体誰が・・・。
「えぇ、イタズラで買って置いておいたマジック・シュールストレミング缶をあの場で開けるとは、まさかの私も思っていませんでした。あれ程まで匂いが残ってしまったのも、予想外です」
凍った場にズズッ、と有咲さんが牛乳を啜る音だけが響く。
「は、──────」
「「は?」」
「犯人あんたか!?」
一年ちょっとごしの真相解明であった。
「なんであんな酔っ払いどもが集まる場所に、あんなもの置いておいたんですか!?というか、なぜ買った!?」
「匂い核爆弾とも言われるあの缶の威力が気になりまして、思いつきのまま購入してみたのですが、いざ開けるとなると怖かったので、あの場にそっっと置いておいたんです」
「何が、“あの場で開けるとは、まさかの私も思ってませんでした”、だ!? ほぼほぼ確信犯じゃねーか!」
「まぁ、そう言うことになりますかね。流石の私も、匂いがあそこまでとは思いませんでした。やはり、百聞は一見にしかず、と言うやつですね」
「あんたもあの場に・・・いや、そうだ! いなかった!」
思い出すと、会合の始め、皆で大部屋に集まって挨拶をした時はいたが、天守閣が解放され食事が運ばれてきた後は姿を見ていない。
そして、再び姿を見たのはあまりの匂いに、意識を保っていた全員が城内から飛び出し、備前丸に集まった後だった。
「確信犯すぎる!いや、ご存知でしょうけどあの時、本当に大変だったんですからね!まじで!」
あの時、事件の原因たる缶は天守閣の一つ下の階、つまりは今俺たちがお茶を楽しんでいるこの下の階にあった。年越し会合の食事の席分けは、人数が少ない未成人組が天守閣、それ以外の酒が飲める成人組は下の回に陣取っていた。
当時の俺は、珍しく0時越えをしたことで妙にテンションの高い楓の相手をしながら、好物の海鮮に舌鼓を打っていた。
それに最初に気づいたのは、俺の隣、階段の程近くに座っていた楓だった。
「く、臭、い・・・」と一言言って気を失し、バタりと倒れた楓を介抱しようと立ち上がったその瞬間、俺の元まで匂いが届いた。
圧倒的な汚臭、激臭に顔を顰め、全身の穴という穴から汗が噴き出した。緊急事態だと察した俺は、倒れた楓を抱えて天守閣から飛び降りた。
天守閣にいた他のメンバーも俺の行動に一瞬驚愕したが、次の瞬間にはほとんどのものが天守閣から飛び降りていた。
ちなみに、残ったヤツは全員気絶していたそうだ。
階段などなどをすっ飛ばして着地すると、俺たちより先に飛び降りていて、地面に手をつき苦しげな声を上げる成人組、そして頭上には次々と飛び降りてくる他の魔法使たち、まさに阿鼻叫喚といった感じだった。
運悪く、気絶して天守閣付近に止まってしまった面々は。漏れなく2週間ほど激臭を放つことになり、地下の隔離施設に引きこもることになってしまった。
「ふふっ、面白い話ね」
「いやいやいや、まぁ確かに話だけ聞くと相当面白いんだけど、やられた身としてはかなりきついんだよ」
続きは「小説家になろう」で! のURLからなろうにジャンプ!
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