その1-6【楽しい魔術】

「─────それでは私は、暁人のデバイスを受け取りに成田整備店に向かいますので」


「わかったわ」


「よろしく頼む」


 病院のエントランスで実と別れ、俺と夕華はいつもの散歩道に向かった。


「そういえば、さっきのは少し驚いたわ」


「さっきのって?」


「デバイスの事よ。あなた、魔術士だったのね」


「いやいやいや、違う違う。俺は魔術士じゃないよ」


「そうなの?成田整備店にデバイスを預けるくらいだから、私てっきり」


 成田整備店は、関西で最も魔術士御用達のデバイス整備店。値段もそれなりに張るため、夕華がそう勘違いするのも仕方の無いことだろう。


「俺で魔術士になれるんなら、魔術士の総数は今の100倍くらいだろ。現に、俺が使える魔術って【身体強化】ぐらいだしな」


「そう言えば、私を助けてくれたあの時も【身体強化】を使っていたわね」


「あぁ、得意なんだ」


 【身体強化】は、一応魔術として分類されているが細かく細かく分けると魔術という枠からははじき出される。その理由として挙げられるのは2つの事象。1つは、魔術素によって発動するものではないという点。もう1つは、デバイスを必要としないという点だ。これは詰まるところ一つの理由で完結することが出来る。

 つまり、【身体強化】は体の外にあるものではなく、元々人の体に秘められた可能性の一つだったということだ。

 【身体強化】の発動はとても簡単で、体内器官にため込まれている魔力を全身に行き渡らせることによって身体能力を向上させる。ここにデバイスが介入する余地はなく、それによって魔力が魔術素に変換されることもない。


「夕華にもあるか?得意な魔術」


「あるわよ。私は風属性魔術に適性があって風属性なら大半使えるのだけれど、その中でも最も基礎の【ウィンド】は何度も練習を繰り返しているうちに無触媒での発動が可能になったわ」


「無触媒魔術か。そりゃすげぇな」


 無触媒魔術、というのはその名の通りデバイスを通さず行使された魔術、もしくはその技術そのものを指す言葉である。

 デバイスを通さないということは、魔術の行使に必須の条件である魔術素が生成できず、魔術の行使など不可能である。

 ──────が、言葉が存在しているということはその不可能も可能であるということだ。

 魔術素といえど、結局は魔力から生成されたモノ。魔力が代替できないはずがない。・・・というか、魔術を「俺魔術素なんだよ」といったような感じで騙すのだ。

 方法は簡単。

 一つの魔術を集中的に練習し、自身の体内で生成される魔力をその魔術に適した形へと変えていく。言わば身体改造だ。そしてその、適した形こそ、その魔術に適した魔術素にそっくりであり、故に魔術を発動することが出来るのだ。

 とまぁ、こんなに簡単に言ってはいるがこれは全くもって簡単なことではない。練習だってマジで死ぬほど繰り返さなければならないし、魔力の質が変わりだした頃は他の魔術の行使に対して魔力が安定せず、体内もぐちゃぐちゃにかき回されるので非常に気持ちの悪い思いをすることになるのだそうだ。


「あれの練習、めっちゃ大変だって聞くけど」


「夏風家の従者長の前職が魔術士で、その人から色々教わったのよ。練習はとても厳しくて、気づいたら出来るようになっていたわ」


 そういう夕華は、とても遠い目をしていた。

 きっと、とてもキツい授業だったのだろう。


「・・・・にしても、やーっぱり恥ずかしいな」


 何って、この状況がだ。

 傍から見た俺の状況は、学校に一人いたら奇跡レベルの美少女に車椅子を押してもらって、散歩をする男子高校生。


「もうっ、あなたはいつもそう言うわね」


 なんかもう、すっごい目立つ。

 基本的には夕華の容姿が視線を引き、その後俺に視線が向くという流れだが、通りがかる大体の人の視線を引くのでかなり恥ずかしいのだ。


「だって、視線が、ねぇ」


 今日は平日で、しかも《門ゲート》関連の予報が出ているということもあり、人の姿はいつもに増して疎らだがいないという訳ではない。

 この予報は年間平均で100回は出るのだ。その度に全てを止めていては社会が回らなくなってしまうし、あまり現実的な話でもないだろう。

 寄り添って歩く熟年っぽい老夫婦や、スポーツウェアを身にまといランニングで汗を流す人、ベンチに腰かけ本を読んでいる人。夕華に車椅子を押され、そんな人たちの前を通り過ぎるとき視線がこちらに向く。

 妙に生暖かい視線でとても照れ臭く、その理由が不貞腐れた顔で車椅子に乗る俺のせいなのか、はたまた上機嫌で車椅子を押すこの美少女のせいなのかは分からない。

 きっと、両方なのだろう。


「仕方ないでしょ、諦めなさい」


「はーい」


「返事は、はい、よ」


「はい・・・」


 容易に尻に敷かれる未来が見えた。
















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