その1-5【おでん臭の病室】
「戻ったわ──────って、二人とも何故携帯とにらめっこをしているの?」
「あ、おかえり」
「お帰りなさいませ、夕華様」
扉が開いた瞬間、実は先ほどまでの軽い笑みとは打って変わって、「私優秀なメイドです」と言わんばかりの朗らかな笑みを浮かべていた。
俺と話していた際手に持っていたはずのヘッドドレスは、いつの前に頭の上に鎮座している。
女子って怖ぇ~。
「先程、
その実の言葉に、夕華は納得したように頷いた。
「あぁ・・・今日は朝から鳴りっぱなしだものね」
先程のアラーム。正式名称は“異界接近
その最たる条件が世界と世界の距離だ。
「世界と世界の距離が揺れる度に鳴るんだから、まぁめんどいけど仕方ないよ」
ある程度までこちらの世界に近づかなければ
そして人類は、先日の異世界トラックの件も含め、異世界に行くことは出来ずとも、異世界が近づけば感知できる装置を作った。
その装置を用いて発せられる注意報が、“異界接近
「あ、そうそう・・・実にはミカンジュースを買ってきたのだけど、果肉入りのものしかなかったの。実は果肉、大丈夫だったわよね?」
「はい、問題ありません。ありがとうございます、夕華様」
実には粒々入りミカンジュースを。
「暁人はお水とお茶以外ってことだったから、これよ」
ひやしあめ。
「・・・」
「ひやしあめ、よ」
「???」
渡されたひんやりとした冷気を帯びるガラス瓶を手に、極めて冷静に状況把握に努めた。というか、実ですら、変な目で夕華を見ている。
「そ、そういえば夕華様は何を買われたのですか?」
「私はこのおでん缶というやつにしたわ」
「「?????」」
「どうしたの二人共?」
ひやしあめ。
温めると、あめゆ・・・。
ここ関西地方では夏の定番とも言われているマイナー飲料水。
定番なのにマイナーとはこれ如何に。
飴をお湯で溶かして生姜などを加えた冷え性などにも抜群の飲み物で、さきほど言った通り温度によって名前が変わるのも特徴の一つだ。
と、いうかこれって自販機で売ってるもんなの?
ガラス瓶なんだけど。
そして夕華のおでん缶。
アキバの名物、おでん缶。
保存食としても有名な一品で、牛すじ、こんにゃくなどのバリエーションもある。ただ、夕華の手にあるそれはプルタブ方式ではなくフルオープンエンド式なので、飲料用ではなく完全に食用だ。
「なぁ、実。ちょぉ~っと自販機見てきてくれない?」
「わかりました」
実も気になっていたのだろう、直ぐに見に行ってくれた。
「どうしたのかしら?」
夕華が手に持っていたおでん缶の開けると、病室内におでんの匂いが漂い始めた。これが肌寒い冬場ならとてもおでんが食べたくなってしまうことだろう。
だが今は春の後半、しかもここは病室であり漂うおでんの匂いは病室にあるまじきものだ。
これ、あとでナースさんが来た時に「おでんやりました?」とか聞かれないよね?大丈夫だよね?
「んっ、美味しわね。これ」
「そうか?」
「えぇ、美味しいわ。私、おでんというものを初めて食べてしまったわ」
おでんを初めて食べた、というその言葉にも驚いたが、夕華の中でもそれは飲料ではなく食糧換算なのだな、と強く思った。
「コンビニとかで食べたことないか? 学校帰りとかに」
「私、登下校は送迎だから寄り道が出来ないのよ」
「そうか、そりゃあ勿体ないな。冬場の学校帰りに食べるコンビニのおでんは、そりゃもう美味いんだ」
「そうなの?」
「あぁ、例えばそのおでん缶には糸こんにゃくの結びが入っているだろうが、コンビニだと糸こんにゃくだけじゃなくて、三角のおっきいこんにゃくとかも食べれる」
「それは・・・とても興味があるわ」
夕華の目が輝き出した。
「それに、卵。おでん缶に入ってるのはたしかうずらの卵だったっけな。それは小さいけど、コンビニの卵はでっかいぞ。しかもよく汁が染みてて、めっちゃ美味しいんだ」
「ねぇ暁人、私、とてもコンビニのおでんが食べたくなったわ」
「だろ」
「いつか、連れていってくれるかしら?」
「もちろん。じゃあ、約束だな」
夕華と小指を結ぶ。
たかだかおでんの話にキラキラと目を輝かせるお嬢様。俺は必ず、夕華に冬場のおでんを食べさせてやろうと誓った。
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