その1-3.5【暮れの道】
「暁人、散歩に行きましょう。この病院の外周はしっかりと整備されてて、とても景色が良いのよ」
学校帰りにそのままやってきた制服姿の夕華は、そう言って俺を車椅子に乗せ、病室から連れ出した。
夕華の言った通り、病院の外周はしっかりと整備されており、歩道の両サイドには季節を感じられる花々が植えられていた。
夕華に車椅子を押されていることは多少気恥ずかしかったが、それでも俺は嬉しかったんだと思う。
その次の日も夕華はやって来て、俺は彼女に車椅子を押されながら道を行った。
その次の日も、またその次の日も彼女はやって来た。
そして彼女と過ごすようになって初めての日曜日、いつもとは違い、少し早めの時間に私服姿で夕華は現れた。
「今日はゆっくりしましょう」
その言葉に従い、今日は病室で過ごすことにした。
外も生憎の雨だ。態々レインコートや傘を使用してまで、出かける必要も無いだろう。
「ん、んぅー・・・・上手く出来ないわね・・・・・・」
果物ナイフを片手にリンゴと格闘する夕華。
それだけを見るととても微笑ましく、心が暖かくなる姿なのだが、膝の上に乗せられた籠に落ちていく皮の厚みはバラバラで、もはや実を切ってしまっている。
ナイフを持つ手がプルプルと震えているところを見ると、リンゴの皮を剥く事はこれが初めてなのかもしれない。
俺のために不慣れなことをしてくれているのだと思うととても嬉しいが、そろそろ停めねば食べる部位が大きく削れてしまいそうだ。
「貸してみ」
「あっ」
ベッドから体を乗り出して、夕華の手からナイフとリンゴを奪い去った。
少し得意気に手の中でナイフを一回転させ、リンゴの皮を剥いていく。
「すごい」
俺が剥いた皮は、夕華のように途切れることなく、厚さもほぼ変わらない。
「ま、刃物の扱いは慣れてるからな。ちょっと練習すれば、これぐらい夕華にもすぐに出来るようになるよ」
身と芯だけになったリンゴから芯を切り抜き、身を切り分ける。最後に切り分けられた身に爪楊枝を刺せば完成だ。
「暁人が切ったリンゴ、美味しいわね」
「ん。まぁ、俺の切ったリンゴというかなんというか・・・。その場合は農家の人の頑張りと言うべきか」
「私にリンゴを提供してくれたのは暁人なのだから、暁人でいいのよ」
「そういうもんか?」
「えぇ、そういうものよ」
パクパクと、二人で食べ進めればあっという間にリンゴはなくなってしまった。
「そういえば、この一週間ずっと俺のとこに来てくれたけど、学校の方は大丈夫か?テストも近いんじゃ」
「べ、勉強の方なら、問題ないわ」
「そうか。それならいいんだけどな」
「え、えぇ、たぶん大丈夫よ。友人と勉強会というものもしたし」
「へぇ~、勉強会かぁ。ってことは夕華は友達多い方か?」
どちらかと言えばぼっち系統に属する俺からすると、考えられないような集まりだ。
「・・・いいえ、特に仲がいいのは三人だけよ。後はクラスメイトとか、知り合いとかそんなのね」
「夕華の仲のいい友達か。どんな子達だ?」
「そうね・・・まず、幼馴染が一人いて、その子は今私の専属メイドをしてくれているわ。なんでもそつなくこなして、とても頼りがいのある幼馴染よ」
「幼馴染かぁ・・・良いなぁ」
子供の頃からの付き合いで、こっちのこともわかっててある程度あっちのことも分かる、そして朝起こしに来てくれて朝ごはんを食べて一緒に学校へ向かう。
そんな存在を俺はとっても欲していた。
まぁなんせ、トラックに轢かれる直前にあんなこと言うぐらいだしな。
というか、メイドか・・・。
まぁ、あんだけの大企業の社長の家だし、メイドぐらいいても不思議じゃないのか。
俺みたいな一般市民目線からだと、想像も出来んな。
「──────暁人にはいないのかしら?」
「何が?」
「幼馴染よ」
「いやぁ、それがいないんだよねぇ。俺ってぼっち気味だし、実家が山奥でな。ご近所ってどの家の事指すんだろ?って感じだったし」
「あら、それは一度どんな所なのか見てみたいわね。いつか連れていってくれるかしら?」
「機会があれば、な。それで他にはどんな子がいるんだ?」
「とても頼りになる、ライバルみたいな子がいるわ」
「へぇ」
「べ、勉学の方ではとても敵いそうにないのだけれど、魔術の腕は私かその子が学校では一番で。校内対抗戦とかではよく一騎打ちになるわ」
その子がどうとかはまだ分からないが、夕華ってたぶん勉強苦手なんだろうなって思った。さっきから勉強の話する時声震えてるし。
「それでも、いがみ合ってるとかそういうわけじゃないのよ。困っていたら助けてくれるし、勉強も教えてくれる。とても頼りになる子なのよ」
委員長タイプかな?
「でも運動神経は壊滅的で、よく階段を半分上がった踊場で休憩しているのを見かけるわ」
い、委員長タイプなのか???
運動神経壊滅的なのもそうだろうけど、どっちかと言うとそれは体力が壊滅的以下な感じなのでは?
「最後はとっても元気な子ね」
「うん、まぁそうだろうね」
流れ的にね。
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