その1-3【先ずは手を繋いで】
何か今、目の前の少女がとんでもないことを言ったような。
「・・・・・・・・・・ごめん、よく聞き取れなかった。こんにゃくがなんだって?」
おかしいな、前回の聴力検査では何も問題はなかったはずだが・・・。耳鼻科にでもいくべきかな、ああそういやここは病院だったな。後で先生に検査してもらえないかお願いしてみよう。
「こんにゃく?何のことを言っているのかしら。私は、あなたに、その、こ、婚約者になって欲しいって言ったのよ」
ふむ、婚約か。婚約、婚約、婚約・・・・・・・・・・・・・・・・・婚約!?
「こ、ここここここ婚約!? それってあの、結婚の婚に約束の約で婚約!?つまりは結婚の約束!?」
「ええ、そうよ」
「なんで!?」
「そうね・・・単純に、というかこれしかないんだけど、暁人、あなたに一目惚れしたのよ」
「・・・・・・まじ?」
「大マジよ。私自身、自分がこんなにも惚れっぽい女だとは、貴方が飛び込んでくるその瞬間まで思ってもなかったわ」
マジか。
いやほんとに、マジか。
一目惚れなんて、ドラマとかアニメとか、そういう作り話の世界の中だけの話だと思っていた。まぁ、たしかにトラックに轢かれかけてた美少女を助けて入院とか、少女漫画とかラブコメとかじゃ一般的な一目惚れシーンだよな・・・。
いや確かにめちゃめちゃ嬉しいんだけど、うーん、婚約、婚約ねぇ・・・。
俺が悩んでいるのを見て、先ほどまでの自信満々な雰囲気とは一転して再び不安そうな雰囲気を纏った夕華が返事を急かす。
「あ、あの、返事を聞かせてもらえるかしら・・・?」
夕華の言葉を聞き、この人生で数度あるかないかの重大な分岐点を前にして、俺は─────。
「え、ええと、保留で」
保留。
先送りという、最も曖昧な答えを出した。
「ど、どうしてかしら・・・?」
「まぁほら、こんな大事なことはすぐに決めれないっていうのが一つ。俺としては、こんな美少女に惚れられたってだけで、骨折さえしてなければこの場で小躍りでもし始めたいところだけど」
だってこんな超絶美少女と結婚出来るとか、最高じゃないか。
「び、美少女だなんて」
「いやいやいや、めっちゃ綺麗じゃん。まぁ、そんな夕華に迫られたらこう、反射的に頷いてしまいたいのだけど」
「だったら!」
「ただ、俺らってさ俺らの事まだ全然知らないだろ。初対面は、多分視線が交差しただけだったし、今だって話し始めてから30分も経ってない。これじゃ、相手のことなんてそんなに分からないだろ。夕華もそうだろうけど、俺の夫婦像ってさ自分の両親なんだよね。うちの両親ってさ、たぶん今年結婚十七年になると思うんだけどさ、めっっっっちゃラブラブなわけよ。あ、そのうち写真見せるから。で、俺としてはああいう風にあれる人と一緒になりたいと思うわけだ。君と俺とがそうなれないと言っているわけじゃないが、やっぱり人は初対面だけじゃ全然わからないよ。だって、二、三年月付き合った友人ですら、全部はわからないわけだしね。さらに、人にはどうしても合わない人がいる。俺たちが、そうでないとは信じたいけど、もしそうだったらきっとその生活は苦痛になってしまうと思う。これは俺の考えだけど、結婚ていうのは幸せだから、更なる幸せを求めてするものだから、不幸になるためにするものじゃない、と思うんだ。
──────────だから、まずはさ、友達から始めようよ。
これから君と過ごして、君を知って、俺を知ってもらってからその時、もう一度その問いを聞かせてよ。その時は、今度こそちゃんと答えを出すよ。まぁ、もしかしたら俺がフライングする可能性もあるけれど、その時は笑って許してほしい」
「──────ふふっ、ずいぶんと自信なさげな答えね。・・・すぐに返事を聞かせてもらいたい所だけど、いいわ、もう少し待ってあげる」
夕華がそう言うと、俺はいつの間にか離されていた左手を夕華に向けて差し出した。
「?」
「握手だよ、友達の始まりと言ったらこれだろ」
「・・・ふふっ、やっぱりあなたは面白いわね。まぁ、なんとなく逃げられたような気もしなくもないけど」
ギクリ。
「まぁ、許してあげるわ。これからよろしくね、暁人」
夕華が俺の手を強く握った。
「やっぱり暖かいわね」
「元々だ」
元々体の表面温度が高く、手はいつでも暖かい。
ちなみに、小学生の頃、手の暖かい人は心の冷たい人だと言われて凹んだぞ。
「どうやら話は、終わったみたいだね」
タイミングを見計らったように、いや、実際に扉の前で、タイミングを見計らっていたのであろう裕二さんが部屋に入ってきた。
ゆっくりとした足取りでベッドの前までやってきて、繋がれた俺と夕華の手を見てニッコリとした顔で頷いた。
「うん、僕からも娘共々よろしく頼むよ、暁人くん」
「お、おとうさん、もしかして聞いてたの!?」
「まぁ、ここの扉は完全防音ではないからね。扉のすぐ前にいたら、中の会話も必然的に聞こえてしまうというものさ」
「っ~~~~!!!」
裕二さんがいたずらな笑みを浮かべてそう言うと、顔を赤らめた夕華が裕二さんの肩をポカポカと叩き始めた。
何だこの可愛い生き物。抱きしめたい。
「まぁ、僕としては君がこの場ですぐに答えを出すような子じゃなくて助かったよ。親バカに思われるかもしれないが、夕華はそれはそれは可愛く、綺麗に育ってくれて、僕も妻も大事にし過ぎてしまった部分もあってね。少し世間知らずなんだ。だから、いつか変な男につかまるんじゃないかとひやひやしていたのさ。君がそんな男じゃなくて、本当に良かったよ」
「・・・それ、もし俺が頷いてたら、どうするつもりだったんですか?」
「止めたよ。全力をもって」
その言い方は穏やかだったが、言葉の裏には確固たる意志が隠れているのを俺はひしひしと感じていた。
まさに、親バカここに極まれりという感じだ。
「まぁ君があの無神であることもある意味行幸だ。君の名前なら、この子に大量のお見合い写真を送り付けてくる老人たちを黙らせることが出来るからね。とりあえず、しばらくは協力してもらうよ」
「え?夕華さんってたぶん同い年くらいですよね? お見合い写真来るんですか?」
まぁ、無駄に力のある名前だからいくら使ってもらっても構わないが。
それよりも気になるのは、お見合いの話だ。
「まぁちょっと面倒なしがらみがあってね。今までは無視するわけにもいかなかったのさ。それでこの子にも随分と無理をさせてしまった」
「お父さん・・・」
心配そうな娘の頭を一撫でして、裕二さんは顔を上げた。
「さて、じゃあ僕は用事があるからここらへんで帰らせてもらうよ。後は若い二人で楽しみなさい。夕華、一人で帰れるかい?」
「えぇ、大丈夫よ」
「もし遅くなるならちゃんと実ちゃんを呼ぶんだよ。それじゃあ、またね。暁人くん」
「はい、また」
そうして裕二さんは去っていった。
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