その1-2【始まりのお約束 ~ Fluch~】

「ではではぁ、またお会いしましょぉ」


 入ってきた時と同じく、全く緊張感のない緩い声で別れを言い、病室から去っていく迅雷さん。

 俺の手には、全くもって現実味のない9桁の数字が書かれた小切手が握られていた。もちろん、完全にサイン済みだ。

 小切手を握る手が震える。

 いや、この小切手を受け取る前からあまりの金額に手は震えていた。

 大金を手にしたにも関わらず、小市民的な考え方をするのはどうかとも思うのだが、これ、マ●ク何食分だろう?


「サ、3の後に、ゼ、0が、8つも・・・・」


 もう一度言うが、これマ●ク何食分なんだろうか!?

 ビッグマ●クのセットが690円なので、690で3億を割ると・・・・・・約43万5千食分!

 マジでやばいぐらいの大金だ。

 ど、どうしよう、そうだ銀行・・・は今は行けないから、金庫、金庫を借りてそこにしまっておこう。

 とりあえずアテがつくまで肌身離さず持っておくことを決心した俺は、枕の下に隠すように小切手を突っ込んだ。


「あぁ、そうそうぅ。貴方に聞こうと思っていたことがあったのをぉ、思い出しましたぁ」


 帰ったはずの迅雷さんが戻ってきた。

 少し開いた扉から、不健康そうな顔だけがのぞいている。


「貴方のご両親、今どちらにいますかぁ?」


 またか、と思う。

 この質問には慣れたものだ。


「さぁ?両親とはここのところ会ってもいませんし、連絡も取れていません」


 俺はいつものようにそう返した。


「そうなんですかぁ?全くぅ、あの2人はいつもこんな感じですねぇ」


「両親とはお知り合いかなにかですか?」


「はいぃ。ご両親共にぃ、そうですねぇ、古い仕事仲間ぁ、と言った所でしょうかぁ。無神さんはよくご存知かと思いますがぁ、あの2人はほらぁ、何をするにしても急じゃないですかぁ」


「あぁ・・・そうですね」


「向こうが用事あればぁ、こちらがどんな状況だろうと会いに来るのにぃ、こちらが用事の場合は全くもって連絡がつかないんですよぉ」


「まぁ、そういう両親なので」


「えぇ、それはよぉ~~~~~~~~~く知ってますよぉ。今もぉ、頼まれていたものが完成したのにぃ、2人共取りに来ないのでぇ、そろそろこっちから行ってやろうと思ったんですがぁ、知らないならしょうがないですねぇ。あの2人の所在は掴むのが本当に難しいですねぇ」


「ま、そういう仕事なので、俺も諦めてます」


「貴方もたいへんですねぇ。・・・おっとぉ、次の用事がありますのでぇ、今度こそ失礼させてもらいますぅ。それでは今度こそぉ、さようならぁ」


「はい、さようなら」


 この様にして、両親の所在を聞かれることは往々にある。特に魔術士相手ならば尚更だが、両親の所在を尋ねる人物の中で、今回のように2人の知り合いである、という人物は非常に珍しい。両親の所在を聞く殆どの者が2人を追う見ず知らずの記者や、海外の捜査官などだ。

 俺の記憶が正しければ、両親の声を聞いたのは、二か月ほど前にかかってきた電話が最後だったはずだ。

 あの時は確か、南米のジャングルの奥地を目指す、と言っていたはずだ。なんでも、ずっと探していた遺跡が見つかったらしい。

 俺の両親は、2000年代後半に作られた現代魔術が普及する前の古代魔術や、それに近いその地特有の呪術などを研究する学者である。

 魔術士界隈やそれ以外でも、とても有名な学者夫婦だそうで、研究の関係で常に世界中を飛び回っている。ただ、時折送られてくる現地写真に写る両親の姿を見ると、これは研究旅行などではなく、永遠に新婚旅行を続けているだけなのではないか、と思う時もあるほどにラブラブな二人なのだ。

 ただその知名度の通りに実力は本物であり、二人が現代魔術として復活させた過去の魔術、呪術は数え切れないほど存在し、恐らく二人の魔術だけで500ページ程の本が1冊作れると言われている。

 まぁ、俺としてはかなり自慢の両親だ。

 ただ、こうして両親のことを聞かれるのは、二人の研究成果のせいだけではないと思う。

 それはきっと、俺たち家族が、“無神”だから、なのだろう。

 魔術に魅入られた者が、必ず耳にし、そして覚えるべき必要がある名前。

 魔術によって巨万の富と、永世の揺らぐことない地位を手に入れた家。

 無神、とは──────


 コンコンっ


 扉が何者かによってノックされた音で、俺は思考の海から浮上した。


「はーい、どうぞー」


 先生が戻ってきたのかな?

 と、思ったが、扉を開けて入室してきたのはカッチリとしたスーツに身を包んだ男性と、腰までのびた綺麗な銀色の髪を持つ少女、記憶が正しければ俺が迫り来るトラックから助けた少女だ。


「はじめまして、僕は夏風 裕二という。今回は、娘を助けてくれて、本当にありがとう。これは、つまらないものだが見舞いの品だ。受け取ってくれ」


 そう言って男性、裕二さんが手渡してきたのは籠に入れられた瑞々しいフルーツの盛り合わせ。

 オレンジやモモ、リンゴなどが入っている。リンゴは大好物なのでかなり嬉しい。

 あ、リンゴむくようにナイフも調達しなきゃな。

 心のいる物リストにナイフを書き込んだ。


「これはご丁寧に、ありがとうございます」


 お礼を言って受け取り、ベット横の机に置く。


「ほら、夕華も言うことがあるんじゃないのか?」


「・・・」


 裕二さんが隣の少女、夕華さんを促す。


「・・・お父さん、お願い」


「・・・わかったよ。ただし、断られたらちゃんと諦めるんだよ」


「うん」


 全くもって訳の分からない。

 ただそう言った夕華さんの言葉には、強い意志がやどっているように感じた。


「すまないね。少しの間だが、退席させてもらうよ」


 そう言って部屋を出る裕二さんの背中を気の抜けた返事で見送った。

裕二さんが退出したため、部屋には俺と夕華さんの2人だけ。

 流れる状況に理解が追いつかず、ぽかんとする俺。

 目の前の夕華さんは、かすかに頬を染め、手が行き場を失い腰の当たりをさまよっている。めっちゃ可愛い。


「あ、あの、私は夏風 夕華というの。そ、それで、あの、助けてくれて、ほんとうにありがとうっ」


 夕華さんは、そう言って深く頭を下げた。












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