その1-1【拝啓、異世界トラックに轢かれました】

 ままならないこと。

 この意味を辞書で引けば、思い通りにならないこと、と説明されている。

 ままならないこととは、言わば絶対に超えることの出来ない壁のようなもので、人はその人生の中で幾度となくこの壁に直面する。

 思い通りにならないこと、みなさんも経験あるだろう。

 例えば、才能。

 例えば、時間。

 例えば、生まれ。

 そんなままならない物事を、人は“運命”、あるいは“命運”と呼んだ。

 俺の勝手な解釈だが、人は人生という道のりをただ運ばれているだけなのだと、この言葉を作った人は言いたかったのだろう。

 なんとも、上手く考えたものだ。



▽▽▽□□□□▽▽▽



 俺は今日、運命に出会った。

 夕日に照らされたいつもの帰り道、中央分離帯の植木に捕らわれ、大きな声で鳴く子猫を見つけた。

 きっと助けを求めているのだろう。

 助けに行こうか、そう逡巡していると俺の背後から少女が車道に飛び出した。

 夕日を反射してキラキラと輝く、銀色の長髪を風にたなびかせて少女が子猫に駆け寄った。

 大丈夫そうだな、そう思って立ち去ろうとそた瞬間、子猫を抱えた少女の目と鼻の先に光り輝く大型トラックが現れた。

 俺の体は、まるで自分のモノでないかのように勝手に動いていた。

 トラックに轢かれる前に、少女の下に辿り着けるだけの【身体強化】の魔術を足に施し、車道に飛び出した。

 アスファルトの地面が割れるほどの力で踏み込み、跳躍。その勢いのまま少女の体を突き飛ばした。

 これで、少女は助かるだろう。

 だが、俺はたぶん助からない。

 踏み込みで生まれた勢いは、全て少女を突き飛ばすために使ってしまい、俺の体は失速していた。

 今生、唯一こ魔術である得意の【身体強化】も、足だけにその効果が集中しており、薄らと感じる全身の【身体強化】も衝突の衝撃から身体を守れるほどの強度は持っていない。

 大怪我は確実だ。

 というか、死ぬかもしれん。

「(あ~、やらかしたなぁ)」

 命の危機にゆっくりと流れる時間の中で、突き飛ばした少女を見やればこちらに手を伸ばしたまま中央分離帯の植木に向かって飛んでいく。

 たぶんあのままだと、頭から植木に突っ込み怪我をすることになるだろうが、トラックに轢かれるよりはマシだと思ってほしい。


 ドンッ!!!


 肉を打つ鈍い音共に、俺の体を経験したこともないようなとてつもない衝撃が襲う。

 急激に遠のく意識の中、走馬灯のように頭の中に浮かんだのは、昨夜ベッドの上で読んだネット小説の内容だった。

 自作の砂場で穴掘りをしていた高校生の主人公が、突如脳天に降ってきた鷹が直撃したことで命を落とし、それを可哀想だと思った神様が、“トイレを借りることを断られない”というチート能力与え、異世界に転生させてくれるという、とても在り来りなもの。

 もし、もし転生できるとしたらどうしても欲しいものが一つある。

 それは──────


 “転生出来たら、チート能力とかいらねぇから、毎朝起こしに来てくれる幼なじみ、欲しいなぁ──────”


 健全な男子高校生の、ささやかな願望である。














































 まるで深い海の底から浮かび上がるような感覚、熟睡というよりもはや昏睡ともいえるような眠りからの覚醒。

 少し開いた瞼の隙間から差し込む眩い光に、再び目を閉じ、目が光に慣れるのを待つ。

 数度瞬きを繰り返し、やっとのことで目を開けた。


「・・・知らない天井だ」


 一度言ってみたかったランキング6位のセリフを口にして、状況を確認する。

 余談だが、一度言ってみたかったランキング1位のセリフは“俺が結婚してやんよ”、である。言えたことがない原因はもちろん言える相手がいないからだ。

 大丈夫だ、泣いてない。

 状況を把握するように目を動かせば、体は清潔感のある白いベッドに寝かされ、両足にはこれでもかという程に太いギプスが巻かれていて、足首を曲げることも出来ない。

 というか、たぶん今足首を曲げようものなら激痛が奔るだろうが、とりあえず出来ない。というか、体を動かそうにも、倦怠感とそこそこの痛みが全身に纏わりついて邪魔をしている。

 右腕からはチューブが延びてその先はもちろんの如くベットの横に置かれた点滴用パックに繋がれている。右手のチューブの根元は見たくもない。この歳になって言うことではないかもしれないが、注射は苦手なのだ。なにを好き好んであんな針を体の中に入れなければならないのか、健康の為というのは心では分かっているが、それでも苦手なものはどうしても苦手なのだ。

 ついでにパックには、マジックペンで無神 暁人と俺の名前がデカデカと書かれていた。

 もしかしなくても、ここは病院なのだろう。

 というか、そうじゃなかった場合、ここは何故か医療器具が揃ってるよくわからん部屋ってことになって、それは注射以上に怖くなるから非常にやめてほしい。


「失礼しま~す」


 まるで見計らったように、扉が開かれ白いナース服に身を包んだ女性が現れた。


「あ──────先生っ、先生ーー!!」


 目を開いていた俺に気づき、先生と連呼しながら速攻で引き返して行った。

 騒がしい人だ。


「経過観察は必要ですが、意識は特に問題なさそうですね」


 数分後、さきほど大声を上げて引き返していったナースさんが連れてきた白衣が似合う初老の男性が、俺に二つ三つ質問したあとそう言った。

 どうやら、ここはちゃんとした病院だったらしい。ホッとした。

 ナースさんが不貞腐れた顔で立っているのは、たぶん叫びながら走ったことを怒られたのだろう。

 病院だしな。

 俺はとりあえず、最も気になっていたことを目の前の先生に聞くことにした。


「事故からどれくらい眠ってましたか?」


「本の一日ですよ」


 その答えに、心の中で胸を撫で下ろす。

 どうやら浦島太郎状態は避けられたようだ。まぁ、高校二年生になって約一か月で長期入院も是非とも避けたいところだが、この怪我ではそうもいかないだろう。

 これ、退院して学校行ったらかなりからかわれるんだろうなぁ~。まぁ、中高一貫でもとから友達は何人かいるから、ボッチになることはないと前向きに考えるべきか・・・。


「それと、ここはどこですか?」


「ここは大倭魔術学園附属病院です」


「──────は?」


 俺はその名前を聞いて驚愕した。

 俺が部屋を借りているマンションの最寄りの病院でないことは、窓から見える景色でうすうす気づいていたが、まさかこんなところに運び込まれるとは・・・。


「え?俺って大型トラックに轢かれただけですよね?怪我って言っても恐らく、骨折とか裂傷とか、内臓破裂だけだと思うんですけど・・・?」


 大倭魔術学園附属病院。

 それは、県内で一番、日本で三番とも言われているとても有名な病院だ。

 もし、この病院の名前までは知らなくても、“大倭魔術学園”の名前だけなら恐らく全日本国民が知っているだろう。

 世界初、世界最大の地下迷宮を擁する最古の魔術研究教育機関である、“隠岐魔法学園”に続く、日本にたった四つしかない魔術を専門に教える高等教育機関の一つだ。

 その附属病院。

 運び込まれるのは、通常の医療では命を繋ぐことが出来ず、魔術を用いた治療をしなければならないような重症患者のみだ。

 俺はトラックに跳ねられる瞬間は、かなりかかりは甘かったが【身体強化】を使っていたはずなので、四肢の欠損ぐらいはあるかも知れないが、半身が吹っ飛ぶ程ではなかったはずだ。

 というか今両手両足あるし。

 ・・・もしかして外れてたのくっつけた?

 色々と不安になるが、俺が何が言いたいのかと言うと。

 俺自身に、ここに運び込まれるような要素はないはずだ、ということだ。

 まぁ、あのトラックに呪いとかが巻き付いていて、衝突した拍子にそれが俺に乗り移ったとかはあり得るかもしれないが。

 あのトラック、謎に光ってたし。


「骨折、裂傷、内臓破裂もかなりの大怪我ですが・・・。まぁはい、その通りで無神さんはトラックのタイヤに轢かれたことによる両足の骨折、強打による肋骨の損傷、あとは至る所に擦り傷と、あの大きさの車両に跳ねられた例としてはかなりましな部類に入りますね。どうやら、気を失った後も無意識に【身体強化】を保っておられたようで、駆け付けた救急隊員も非常に驚いていましたよ」


「ま、まぁ、はい。得意なので・・・それでは何故俺はここへ?」


「それはこれから来る方が事情を説明してくれますので、その方に聞いてください。さて、特筆すべき問題もなさそうなので、私たちはこれで退出させていただきます。もし何かお困りでしたら、枕元のボタンを押してお呼びください」


「え、ちょっ・・・」


 俺が静止の言葉を発する前に、二人はそそくさと部屋を出ていってしまった。













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