共通点と差異。



 現実では基本的に、獲物とは逃げる物である。


 狩人の得物が弓でも銃でも、鳥も、兎も、狸も、狐も、鹿も、猪も、…………意外かも知れないが熊でさえも、基本的に野生動物は人から逃げる存在なのだ。


 どうして登山などでは『熊避け』として鈴が使われるのか。


 それは歩く度にチリンチリンと音を鳴らして、「人間が此処に居るぞ」と熊に教え、熊の方から逃げてもらう為に鈴が使われる。


 もちろん「人の味を知った熊」なんて例外も居るが、基本的には肉食獣でさえも人間を避ける。


 だからこそ人は獲物の痕跡を追い掛ける事でそれを見付け、そして狩る。これが狩猟の基本。


 罠猟だとしても、痕跡を見付けて縄張りや徘徊ルートを特定し、効率的な位置に罠を仕掛ける事を思えばやはり、追跡が狩猟の基本と言える。


「だが、この世界だと事情が異なる」


「……相手が積極的に殺しに来るから、ですね?」


「その通り」


 だがこの世界の獲物モンスターはどうか?


 アイツら、有利な時点では絶対に逃げない。戦力差がゼロになると逃げると教えて貰ったが、だが戦力差が1以上有利ならやっぱり絶対に逃げないのだ。


 だからソロの俺は毎回最後の一匹になるまで戦いを止めないんだなアイツら。その思考ルーチンはかなりゲームっぽいと思う。


「それじゃ、追跡の術を学ぶのは無駄なのか?」


「ンな訳ないんだよなぁ。さっきも言ったが、俺達人間はとても脆弱だから、モンスターに先手を取られちゃダメなんだ」


 たとえこの世界が現実とは違ってても、逃げるどころか向こうから積極的に俺達を探し出して襲って来てくれるとしても、それでも追跡の重要性は生前も死後も変わらず共通してる。


「要は、痕跡を見付けて追跡することで『常に背後を取ってる』状態にするんだよ。痕跡ってのは『移動した印』な訳で、それを追い掛けるなら必然的に獲物の尻を捉えられるんだ」


 相手がこっちを見付けてくれるまで待って先制パンチを食らうくらいなら、多少面倒でも痕跡を追跡して相手の尻をぶん殴った方が良い。


「俺が今から教えるのは、そういったすべだ」


 追跡の重要性を説いた俺は授業を再開する。


「ほら見ろ、足跡だ」


「え、どこ……」


 慣れてない人間にはただの足跡さえ見つけるのは困難だ。


 森の中には剥き出しの土に分かり易く足跡がスタンプされてるなんて事は稀で、殆どは枯葉や草、枝を巻き込んで踏んでぐしゃぐしゃの跡が残ってたりするだけ。


「足跡を探す時は、まず地面を見ない。枝が折れたり草木が変形してる場所や、痕跡がなくとも『通り易いだろうな』という場所を探し、そこを通ったならどこに足跡がかを考える」


 要は、『もしこの場所を歩いたなら、此処に足跡が無いとおかしい』という点を割り出してそこだけサッと確認するんだ。


「これは正直慣れだからな。何回も森に通って木々の配置や獲物の習性を学んでいく内に分かるようになる」


 次はを教える。


 足跡を見付けたら、まずその数と方向、歩幅、大きさ、深さを確認する。


「深さ……?」


「獲物が大きければその分重く、足跡は深くなる。相手のデカさを測るのに欠かせない確認だ。これも何個も足跡と獲物を見ていくうちに覚えるが……」


「あ、足跡の大きさだけじゃダメなんですか? 深さを覚えるなんて、凄く大変そうです……」


 レイナの連れがおずおずと聞いてくるが、その着眼点は良し。だがダメだ。


「人間だって背が高いのに足が妙に小さい奴とか、背が低いのに足だけデカい奴とか、たまに居るだろ? 基本的には大きさで測れるもんだが、やはり個体差ってのは有るんだよ」


 だから体重を見る為に足跡の深さも確認した方が良い。足跡のデカさ、深さの両方を確認した方がより正確に相手を読める。


「お前らだって、『あ、足跡小さいから子供かな?』と思って攻めたらクソデカいボスだったとか、嫌だろ?」


「……確かに」


「嫌、ですね…………」


 下手な勘違いで獲物を追い掛けるのは逆に危ない。小さい獲物を相手にするつもりで準備をしたら何も通じなかったなんて事にもなりかねない。


 小熊を狩ろうとしたら親熊でした、なんてシャレにならないからな。


「絶対に襲って来る肉食獣を追う以上、勘違いは死に直結すると思え。今はレベリアストを相手にしてるが、今後はもっと強いモンスターを相手にする事も有るんだから」


 他にも、熊や鹿なんかがやる『狩人避け』の技法も教える。奴らは人が思うよりずっと賢いので、知らずにいると普通に騙される。


「自分で付けた足跡を綺麗に踏みながら後退して、近くの茂みに飛び込む。そうすると途中で足跡が綺麗に消えたミステリーが完成する。レベリアストがやるかは分からないが、今後はこれをやって来るモンスターが居るかも知れないから気を付けろよ」


「……野生のくせに、そんなことする奴居るのかよ」


「あ、でも漫画とかで読んだことありますよ! それで足跡の消えたところを必死に探してる内に逃げられたり、相手が熊だったら騙されたマヌケな狩人の背後からガオー! ってするんです!」


 それは極端な例だが、無いわけじゃないな。


 熊は恐ろしい生き物だ。日本最強の野生動物は伊達じゃない。


 根本的に肉体のスペックが人間よりも上なのに、地雷系メンヘラ構ってちゃんよりも執着心が強く、ちょっとした詐欺師よりも狡猾だ。最悪のパラメータだな。種族単位で害悪かよ。


 サバンナのライオンとかなら獲物をハイエナに奪われたら諦めもするが、熊は諦めない。ライフルで撃たれて半殺しにされても諦めない個体すら居る。


 そしてその為には騙し討ちや待ち伏せを駆使する程度の頭もある。人が熊を狩る時は『獲物VS狩人』じゃない。『狩人VS狩人』なのだ。


「大前提として、『獲物が自分より馬鹿』だと思って戦うのは止めろ。絶対いつか足元を掬われるから」


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