勝ち方。



 逃げるが勝ち。そんな言葉がある。しかし今はどちらかと言うと、逃げ勝ちって感じだろうか。


 俺は矢を放った瞬間、武器を仕舞って走り出した。ヘルヘルとは反対方向に。そう、つまり出口に向かって。


 なぜそんな事をするか? 簡単だ。デメリットが無いから。


 ヘッドショットで殺せるか、殺せずに毒で弱るか、どちらも失敗してヘルヘルがピンピンしたまま襲って来るか、いずれにしても俺の行動は不発しない。


 ヘッドショットで殺せてるなら後で確認に戻れば良い。毒で弱るなら弱って死んだ後に戻れば良い。どちらもミスってるならむしろ逃げた方が正解だ。


 つまり逃げない理由が無い。


 逃げ道はケミカルライトでハッキリ分かってる。光る道だけ走ればゴールだ。


「ギュィガァァァアイイイイァァァアッッ……!?」


 背後から聞こえるのは悲鳴か怒声か、どちらにせよ即死はさせられなかった。やはり逃げて正解だな。


 あとはリシンがどれだけ効くかだが、ゲーム内のモンスターが相手なのだから一切効かない可能性もある。やっぱ逃げて以下略。


「さて、根比べかな」


『……片方は死亡がほぼ確定してるのに、いったい何を比べるのです?』


 マイクログラムで人を殺せる毒をタップリ入れたからな。毒が効くならまぁ確実に死ぬだろ。解毒方法無いし。だけどそれで俺の勝ちが確定してるかって言うとそうじゃない。


「死ぬまでに時間が掛かるし、その間に俺が殺されるかも知れないじゃん」


 リシンは死ぬまでに時間が掛かる。キッチリ致死量を入れても数日掛かる。そういうメカニズムなのだ。毒の量を増やしたってそこまで時間は変わらない。


 死に至るプロセスとしては、まぁ難しい専門用語を省いて簡単に言うと『細胞の結合する仕組みを妨害する』仕組みなので、毒が回って以降に発生する代謝が全て死に向かう感じか。


 生命活動が進めば進むほど死に向かう毒だ。専門家に言わせるとちょっと待てと言われそうな解釈だが、理解の差があっても結果は変わらないので問題無し。

 

『…………足音、追って来てるのですが?』


「ほら殺しに来た。逃げるんだよォ!」


 洞窟を走り抜け、暗闇から飛び出して森へ入る。鍛えた技で太い樹木を登って枝にしゃがみ、洞窟の入口を見据えてレイヴンを召喚し構える。


「二本目もハイアローの方が良いかな?」


『確実に行きましょう。アキラ様が死ぬとレティも悲しいので』


 一応、毒が致死量に届いてない可能性が有るので毒瓶をまた取り出して、ポーチから出したハイアローを急いで、でも慎重に浸してから毒瓶を仕舞う。マジで自分を間違って刺したら終わるので死ぬほど慎重にやる。


「ガルァアァァアアアアアアッッ!」


 おいでなすった。洞窟から出て来た黒い犬は全身から何やら黒い煙をブスブスと吐き出しながら帯電してる。なんだアレやっぱ電気属性持ちじゃんパクリじゃん! フ○フルに謝れ!


 俺は二本目のリシンアローをヘルヘルに向かって放つ。狙いは頭だ。即死させられるならその方が良い。


 しかしヘルヘルはギリで頭を動かして矢を避けた。代わりに首筋へと刺さって体内に毒を追加する。これで致死量は間違いないだろ。体内に相当な量入ったぞ。


 -バチバチバチバチバチッッ!


 ヘルヘルは反撃のつもりなのか帯電を強めてアーク放電し始めるが、残念な事に俺はそこに居ない。良く見るとヘルヘルは目が真っ白で盲目っぽい様子だ。


「音は違う。匂い? でも匂いで矢を避けられるのか? …………帯電、そうか電磁波かっ」


 ヘルヘルの索敵方法を多分看破した俺は、矢を放った後は木の上でじっとする。身を隠す行動を取ることでアサシネイトシリーズのケープマントが持つスキルを強める。


「体の硬さはそうでも無いな。これならハイアローは要らなかっ--」


 瞬間、ヘルヘルの顔が俺を見た気がしたので枝からワザと落ちた。


 -ッッッガァァン!


 突然銃声のようなけたたましい音が響き、さっきまで俺が居た枝が吹っ飛んだのが見えた。あっぶねっ!?


「随分イカした電気の使い方じゃん!?」


 転がるように地面へと落ちて走り出す。40メートルはあったのにピンポイント雷撃出来るとか聞いてないんだが?


 この距離を電気で狙撃とか、現代科学もビックリの超性能だぞクソッタレ。


 ヤベェな、普通に強いぞヘルヘル。


 毒が回るのを待つか、普通に戦うか、悩ましい所だ。


「まぁ逃げるんだけど」


 ◇


 二日、森の中を逃げ回った。


「やーっと死んだか」


 途中でレベの群れに突っ込んで乱戦を誘発したり、即席の括り罠に引っ掛けたりしてとにかく逃げた。


 そうして、森の中で崩れ落ちたヘルヘルを見た俺は長い息を吐いて終戦を悟る。


「まぁ此処で油断して近付くとか三流の仕事よな。…………オラッ」


 ピクリとも動かなくなったヘルヘルが相手でも油断せずに矢を撃ち込む。今度こそ脳天にぶっ刺してトドメを刺す。


「レティ、サソリくん呼んで」


『解体でよろしいので?』


「せっかくの素材だしね」


 俺は更に油断せず、まだ近付かず、ポーチから縄束を一本出して結びを解き、それの端を手に持って縄の束をヘルヘルに向かって投げる。これで間接接触は成功してるから申請出来るはず。


『慎重ですね?』


「そりゃ、死んでも近くに居るだけで毒性がある可能性もあるじゃん? 死んでないって可能性も否定出来ないし」


 しかし、間接接触で申請が通ったので死んでるのは間違いないらしい。俺の勝ちだ。


「いやぁ、今回はヤバかったな。マジでモンスターをハントした感じがするわ」


『おめでとうございます。ちなみにヘルヘルはランク3のモンスターですよ』


「マジで!?」


 そりゃツエー訳だよ。


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