ヘルヘル。



 弓を使ってケミカルライトを洞窟の壁へと突き刺す職人に転職してる俺は、そろそろ狩人ほんぎょうに戻る為に洞窟を進む。


 もうね、洞窟って時点で俺のフィールドじゃないのに、この先にヤバそうなモンスターが居るんだろうなって思うと気が滅入る。


 いやさ、アーチャーって先に見付けて先制が基本なのよね。コソコソと嗅ぎ回って周囲を自分のフィールドへと変えながら索敵して、見付けた獲物をズドンとするのが狩人なのよね。


 それを、なに? 完全に相手のフィールドなのに足を踏み入れて戦う? 何それアグレッシブな自殺か?


 いやぁやりたくない。強敵を狩るのは望むところだけど、怪物が居る洞窟を一人で進むってアクションゲームじゃなくてホラージャンルだと思うよ俺は。


 ゆっくりと地下へと向かう洞窟にケミカルライトを増やしながら慎重に進み、道の分岐を見付けたらガン萎えしながらも進み、進み、進み、とにかく進む。



 そして、居た。



「ッッッ……!?」


 危うく叫ぶところだった口を塞いで舌を噛み潰す勢いで閉じる。


 ちょっと、誰かに言いたい。あのさ、真っ暗な洞窟の先にケミカルライトを発射して、その光で見えた洞窟の先に突然化け物のシルエットがあったらビビるじゃん?


 ビビったよ。めっちゃビビった。あやうく悲鳴あげる所だった。


 あれが、ヘルヘルか? 声を出さずに手首をトントンして確認する。洞窟に入る前からレティの設定は俺にだけ聞こえるパーソナル状態にしてあるからモンスターには聞こえないはず。


『はい。あれがヘルヘルです。よく入り組んだ洞窟の中を一発で当たり引けましたね』


 それは、黒い犬だった。…………いや、犬なのか?


 形は犬なんだが、サイズがクマよりデカいんだが……?


 そこはヘルヘルの巣なのか、広いドーム状になってる洞窟の突き当たりだった。その奥に寝そべって顔を伏せる黒い犬、ヘルヘルが居た。


 ちなみにケミカルライトは寝てるヘルヘルの真上2メートル程の壁に突き刺さってる。刺さる時に結構良い音がしたと思うが、もしかして聴力が弱いのか?


 取り敢えず、目的のモンスターを見付けたのでどうするか。顔を見る目的は達成した。もう帰るか? 思ったよりモンスターの顔が怖いし。


 なんて言うかな。ブチ切れた顔で寝てるブルテリアって言えば分かるかな。そう、切れた顔がデフォルトなの。その顔で寝てるの。超怖ぇ。


 まぁしかし、やるだけやって見るか。


 巣穴の周囲にケミカルライトを追加で一本ずつ射る。天井や壁に刺さるように一本ずつ。ゆっくりと様子を見ながら。


 急いでやるとヘルヘルを起こす可能性があるから、ゆっくりと光源を用意していく。


 準備が終わったら、死ぬほど気が進まないけど一当てしてみる。帰り道はケミカルライト転がして来たから、迷わないで全速力で逃げられるし、退路は確保してあるのだから頑張ってみるか。


 まず危ない事をするのでケープマントを少し引き上げて口元を覆う。この装備って機能的にマスクの替わりにもなるんだよね。便利だ。


 口元を覆ったら、俺は胸ポケットから用意しておいた小瓶を取り出して蓋を開け、地面に置いた。


 次に、ポーチから矢を取り出してそのやじりを小瓶に突っ込む。念の為に選んだ矢は高い方だ。ハイアロー初の実戦投入と言える。


 小瓶の中にヒタヒタに入ってる液体に鏃を浸し、カチャカチャと掻き混ぜたら矢を抜いて、小瓶の蓋を閉める。 


『……それは?』


 いやお前見てたじゃん。俺がこれ準備するの見てたじゃん。色々と突っ込みたいが騒ぐと奴が起きるかもしれない。

 

 しかしまぁ、ケミカルライトを壁に刺した程度じゃ起きなかったので多少は大丈夫だろう。


「見てただろ」


『いえ、何かしらの種子を加工してる様子を見ていただけなので、それが何かは知らないのです。恐らくそれが毒物だろう事しか分かりません』


 いや充分だよ。正解だよ。これ毒だもん。


「これね、リシン」


『…………うわっ』


 補助AIに『うわっ』て言われちゃったよ。


『なんて物を用意したんですか……』


「確殺したいので」


『即死はしませんよそれ』


「知ってる」


 俺が矢に塗った毒は、リシンと言う超猛毒。


 少し前にあーだこーだ考えてた時に登場した『トウゴマ』と呼ばれる植物に含まれるヤバい物だ。


 トウゴマとはヒマシ油を搾る原料なのだが、実は死ぬ程毒性が高い。この『死ぬ程』は比喩じゃなくてマジでそのままの意味。


 あ。ちなみにヒマシ油には毒性が無い。リシンは水溶性なので油には溶けないのだ。


 そのヒマシ油の原料くんをあーだこーだと加工すると、まぁスペシャルな猛毒が完成する訳だ。やり方は内緒よ。やろうと思えばめちゃくちゃ簡単に作れるからな。やり方知らないとどうやっても抽出は出来ないけど。


 もちろん、素人抽出したこのままだと不純物など多過ぎて粗悪な毒でしか無いのだが、別に粗悪で良いのだ。リシンは毒性が高過ぎるので、ゴミみたいな精製精度でも問題無い。


 霧吹きで噴いたミクロ単位の水滴がちょっと血中に入れば、それだけで人が一人死ぬ程の毒性なのだ。ヤバすぎるだろトウゴマ。こんなん自生してる国とか怖過ぎる。


 そんな毒物がまぁまぁの量溶けてる水を塗った矢が、今目の前にある。ちなみにコレ、間違って自分に刺したらマジで死ぬから気をつける。解毒とか不可能なので本当に確実に死ぬ。めちゃくちゃ苦しんだ上で死ぬ。


『どうやって用意したのですか?』


「恐ろしい事にさ、トウゴマって普通にネットで買えるんだよね」


『…………人間恐ろし過ぎるでしょう』


 狩りに使う毒を研究してた時期があり、俺はトウゴマを買ったことがあった。狩りに憧れてる子だからな、俺。


 まさか本当に利用する日が来るとは思わなかったが、調べてて良かったよ。良い子は絶対真似しちゃダメだぞ☆

 

 て言うか素人が管理して自分で被毒したら洒落にならないからマジでやめろ。現代の科学じゃ解毒出来なくて確実に死ぬから。絶望しながら死ぬ事になるぞ。


 さて、マイクログラムで人を死に至らしめる最強格の猛毒だが、あの大きな獣を殺すにはどの程度の量が要るんだろうな。矢にはタップリ塗ったけど、致死量に届いたかな?


「まぁこれ致死毒ではあるけど、死に至らしめるメカニズムがそもそも遅効性だから使い所少ないんだけどな」


 めちゃくちゃ苦しんでゆっくり死ぬ毒だ。ただ即効性は皆無だ。こんなの使うくらいなら刺し殺した方がよっぽど早い。


 矢が乾いたので弓に番えて引き絞る。毒なんてなくてもヘッドショットで殺せる確率は大いにあるが、備えあれば憂いも裸足で逃げて行くのさ。


「こんな狩り方で、ごめんな」


 ケミカルライトで全体像が見えてる犬に向かって、俺は気負いなく矢を放った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る