プレイヤーはあくまで人。



「ね、ねぇお兄さん……、一晩どう?」


 チビッ子達を狩人に仕立てあげてからまた数日、着々とポイントを稼いで装備の充実に備えてる俺は、広場で最近始まった『屋台』を見に広場に来てた。


 運営からしつこく『狩りに行け』と急かされる様なシステムをしてるこのゲームだが、それでも頑張れば比較的安全に過ごす事も可能である。


 その一つに、町の中で独自に仕事をする方法がある。


 誰もがその仕事にポイントを払ってくれるタイプの物ならば何でも良い。前に説明された鍛冶師もその一つだ。


 そして今日見に来た屋台もその一つであり、俺が屋台の順番待ちは面倒臭ぇなって少し萎えて、結局ショップで買った焼き鳥をもぐもぐしながら屋台を眺め、広場に面してるハウジングの塀に寄りかかってる所に、知らない人から声がかけられ。


 俺が寄りかかってるハウジングと、そのまた隣のハウジングの間にある『裏路地』的な小道から顔を出してるのは、二十代後半、つまり同い歳くらいに見える女だった。


 裏路地から声を掛けて来る切羽詰まった感じの売春婦コールガールと言えば、見た目もアレで病気が怖いイメージある。


 しかし、此処は死後の世界なので病気とは無縁だとレティに確認し済みだし、実際に病死して此処に来たけど病気が治ってて嬉しいとタケルも言ってた。


 それと、女の方もそこまで酷い見た目はして無い。まぁゲーム始まってまだギリ一ヶ月未満って所なのだから、そこまで酷い事にはならんだろうな。


「あー、すまん。間に合ってる」


 しかし、病気が無くて相手の見た目も悪くないとは言え、率直に言って興味が無い。なので断る。


「そんなこと言わずにさぁ……、安くするよぉ?」


 いや、安くするならヤるなよ。いくらか知らんけど、それポポポをダースで狩るより稼げる?


 しつこく食い下がる女に、俺はラックからナイフを取り出してチラつかせた。すると女は悔しげな顔をしながら舌打ちをして、裏路地に消えて行った。


 ………………悔しげな顔? 舌打ち? 何故だ?


 ナイフをチラつかせて断る様な奴を相手に、何を悔しがる? 普通は怯えるか、危ない奴だと知って忌避するはずだ。なぜ舌打ち?


 分からん。だけど違和感が有るので、気を付けて置こう。


「レティ、今の奴の顔を覚えて置いて欲しい」


『了解しました。オプションは?』


「俺の視界が通る場所に居た場合、無条件で強調表示して欲しい。それと、俺の視界外から近付いて来た場合にも俺へ警告出来るか?」


『可能です。設定しておきましょう。…………モテる男性はお辛いですね?』


「レティ達程じゃないさ。プレイヤー全員に求められてる」


『ふふふ、所詮は機能からだだけが目当てですもの』


「そんな事は無いぞ? 俺は会話以外の全機能がオミットされてもレティと一緒が良い」


『………………ふむ、なるほど。これが照れですか。貴重な体験をさせて頂きました』


「急に素へ戻るなや」


 いつも通りの他愛無い会話を交わしてメンタルをケアしたら、また屋台の観察に戻る。広場にポツンと一つだけある屋台は、焼き鳥を売ってた。


『そんなに気になるので?』


「ああ、そうだな。正直、上手いことやったなーって思ってる」


 あれは、良い仕事だと思う。素直にそう思う。


 屋台その物を作るのにどれくらい初期投資したのか分からないが、あとは多分、ホールセールや業務用スーパーなどで買った格安のお肉を売り捌くだけでポイントを錬成出来るシステムだ。


 あれは生前に買った事がある格安肉が安ければ安い程良い。


 例えば2キロ二千円程で鶏胸肉を買ったとする。


 焼き鳥なんて一本が精々30グラム前後か。コレには串の重さも入ってるが、串なんて一本1グラムもしないだろう。大雑把な計算にはなるが無いものとして扱う。


 2キロは2000グラムなので、2キロ二千円はグラム=1円だ。つまり30グラムの焼き鳥は原価も30円になる。串の代金を入れても31円とか32円とかだろう。


 さて、この世界は1ポイントが1円相当の世界である。


 この世界でこの焼き鳥を、一本50円程度で売ったらどうなるか?


 出来るだけポイントを節約したいプレイヤーがまだ大半の今、暖かくて良い匂いのする、『安い肉』が売ってたらどうするか?


 料理しようにも安いハウジングではキッチンがかまどで上手くいかない人も多く、ポポポを狩っても一匹で五個も買えるか分からない冷たいコンビニおにぎりに飽きた人も沢山居る中で。


 ポポポをA判定で狩れば十本も買える出来たて熱々のお肉料理が、誰でも来れる広場で売ってたらどうなるか?


 まぁその結果が、「並ぶの面倒」って俺が諦めたあの行列だよな。


 ショップで買った物ならポーチに仕舞えるし、枠一つに999まで収納出来る。それをじゃんじゃん売って焼いて売って焼いて、屋台の主は嬉しそうな顔で「へいらっしゃい!」と叫んでる。


 うーん、上手いことやったな。あれはもう、売れば売るほど儲かるシステムが完成してる。


「…………そう言えば、さっきの女もアレと同じか」


 売春も、プレイヤーに金を払わせられる仕事の一つだよな。ハントレット同士の契約を使えば支払いも確実だし。法も秩序も無いこの世界で『客と二人きり』って言うのは想像を絶するリスクだと思うけど。


 とはいえ、仕方ない面もある。


『あまり望ましくは無いのですがね』


「仕方ないさ。嬉々として遊んでる俺がおかしいんだ。普通はあれで正しい。というか、他のサーバーだって似たような事してる人は居るだろ絶対」


『まぁ居るんですけどね』


 この世界はゲームだ。死後の世界に築き上げられたゲームである。


 しかし、そのゲームを遊ぶ俺達プレイヤーは、あくまで人だ。ゲームシステムの内部で、ゲームシステム通りに動かす設定で組まれたポリゴンやデータじゃない。あくまで人なのだ。


 そりゃシステムの外から連れて来た存在だ。システムに無い事だってするともさ。


 生きる為なら焼き鳥も売るし、身体も売る。それに価値が着くのなら。


「まぁ、安心してくれよレティ。俺はあくまで狩人だからさ」


 やっと自由に狩れる世界に来れたんだ。辞めて堪るかよってんだ。


『それを聞いて安心しました。共に、末永く旅をしましょう』


「ああ、良い死出の旅を。…………ってな」


『ふふふ、アキラ様は本当に、リスタ様のその言葉を好まれますね』


「おう! 実際凄い好きだし!」


 ここ暫くずっと狩りだったから、たまには息抜きと思って無為に過ごしてるが、やっぱり俺は狩人だ。狩人に憧れた死人なのだ。


 だから、明日からは相応しい場所に戻ろうと思う。やっぱ俺は狩りがしたい。


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