大きな声。



「ミクちゃん大丈夫? 殴られたよね?」


 俺はポーチからポーションを取り出しながら小走りに駆け寄り、ミクちゃんにそれを渡しながら助け起こす。


「アキラさっ、……わたっ」


「いや、大丈夫。君を襲ってたはもう駆除したから」


 周囲から人死に対する悲鳴や怒号が聞こえるが、全部無視をする。お前らがミクちゃん助けてたらこんな事にはならなかったんだっての。野次馬なら馬らしくヒヒーンって鳴いてろよウゼェな。狩るぞ? 馬も狩るぞ? おん?


 俺は煩わしい周囲にイラつきながらも、ミクちゃんにポーションを飲ませて頬の腫れを治す。こんな怪しい試験管に入った毒々しい緑色の液体を飲ませて良いのか一瞬悩んだが、レティが何も言わないから大丈夫やろ。


「……おお、腫れがスっと引いたよ。ポーションすげぇな」


 流石5000ポイントもする高級品。これなら俺があの時に腕を噛まれても大丈夫だったかな?


「アキ、らさっ……」


「大丈夫だよ、怖かったね。泣いても良いから」


 しゃがんだまま、震えるミクちゃんの背中をさする。マジで一人にした罪悪感がヤバい。ダンボールアーマーくらい、一日我慢すりゃ良かった。


 殴られて落としてしまったミクちゃんのエコバッグを手繰り寄せてミクちゃんに持たせ、俺は地面に刺さって歪んでしまった矢を見る。くそっ。石畳に射ったからダメにした。買ったばかりなのに……。


 ひんひんと泣くミクちゃんがボソボソと事情を話してくれるけど、概ね俺が予想した通りだった。と言うか予想よりも馬鹿だった。


 俺が殺したコイツ、一発目にポーション買ったらしい。なんか持病の腰痛だかなんだかが辛かったらしい。


 初期ポイントは5000。ポーションの値段も5000。つまり男はきっかり所持金使い切ったんだ。


 腰が治ってからポイントを使い切ったヤバさに気が付いたアホは、ショップに食材を買いに来て、色々も買ってエコバッグに詰めて帰ろうとするミクちゃんを見付けて追い掛けた。気の弱そうな女の子から、それを奪う為に。


 それで広場を抜けてすぐのこの辺でミクちゃんを捕まえ、さっきのアレだ。いやぁ、通りかかって良かったよ。


「ほらミクちゃん、立てる? 俺もすぐ用事を終わらせるから、一緒に帰ろうな。ハウジングの中は安全だから」


 泣きながら頷くミクちゃんをゆっくりと立たせて、肩を支えながらギルドへと移動しようと歩き出す。いや、俺だってミクちゃん連れてすぐ家に帰りたいけどさ、サソリに獲物乗せっぱなしだもん。サソリくんは時間貸しだし、このままだとポイントだけ嵩んでく。


 このゲームが始まった時点ではまだ朝だったんだろう。今は昼を超えて日が傾き、段々と空が茜色に変わりつつある時間で、もう今日はこれ、家で休んで良い頃合いだろ。


 だから、そうして、俺はすぐ用事を終わらせて家に帰りたいのに。


「き、君ィ! なんで殺したんだ!?」


 なんか馬鹿が絡んで来た。サソリくんを呼んで少しミクちゃんを寄りかからせると、優しいサソリくんは何も言わず壁になってくれる。サソリくんは良い子だなぁ。


 ミクちゃんをサソリくんに任せて両手をフリーにした俺は仕舞ったばかりのレイヴンを出して矢を番えた。


「ひッ!? まっ、殺すのか……!?」


「きゃんきゃんうるせぇ犬が居るから仕留めようと思っただけだわ。で、なに? なんか用か? 急いでるんだが?」


 俺がレイヴンを出して構えた事で、威勢の良かった声の主はビビり散らして尻もちをついた。


 良く見ると、コイツあれだな。ミクちゃんと一回帰ってきた時に広場で演説してた奴だ。大学生くらいか? 金髪の男で、チャラさとカリスマを取り違えたような見た目の準ギャル男?


「な、なんで殺したんだ!? 僕達は協力して……」


「協力したかったんならまず、俺じゃなくソコで死んでる馬鹿を止めろよ。お前が止めて解決してら、俺だって弓なんて使わなかった」


 もう面倒だから射っちゃおうかな? 悩む俺に、馬鹿は馬鹿だからこそ馬鹿な事を言い続ける。


「今はそんな事を聞いてるんじゃない! なんで殺す必要があったのかを聞いてるんだ!」


「へぇ、そう。……で? 俺がそれに答える義務は? お前は当事者ですら無いのに?」


 俺がノリで殺したとしても、高尚な理由があって殺したとしても、コイツが納得出来ようと出来なかろうと、コイツは全く、微塵も、一切の関係も無いただの外野だ。


「な、理由も無く殺したのか!?」


「…………ああ、なるほど。お前人の話しを聞かない上に話しが通じないタイプだな?」


 理由を答える義務が有るのかを問うたのに、何故それが無回答扱いになるのか。


 質問に質問で返すなと、とある漫画の漫画家は言ったけど、そもそもお前の質問に答える義理が無いんだから文句を言うなと俺は言いたい。お前は俺のベイビーでもなけりゃ俺はお前のママンでも無い。


 自分の疑問に何時でも答えが欲しいなら親に電話するかウィキでも見てろ。


 しかし、とても悲しい事に、日本言う国の国民性として、馬鹿は連鎖するのだ。


 ノイジーマイノリティと言う言葉が有るように、別にこの馬鹿の意見がマジョリティでも無いにも関わらず、この馬鹿の声が大きいが為に、周りの奴らは


 俺の周りでヒソヒソと、指をさして眉を顰める。ほんと、タチの悪い事にマジで、馬鹿って感染するんだよな。


 本当なら流石にそこまで頭が悪くない人だろうと、その場の雰囲気に流されて思考がブレる。そして、一度流されて脳に刻まれた思想は、何故か次からはあたかも自分がそう思ったかのように想起される。


 本当によぉ、声のデカさだけが取り柄の無能がよぉ! ご大層な夢想を語る時だけ上役に聞こえる大声で喋りやがってよぉ! そのツケを払ってケツ持つのは何時だって下っ端おれたちなのによぉッ!


 ああダメだ。生前のクソ上司に関するイライラが湧いてきてイライラの相乗効果だ。だめだ止めろ、俺は死んだからもう関係ないはずだ。リスタちゃんも死ぬ時の記憶を消すくらいなら奴の記憶と存在を消してクレメンス…………。


 まぁ良いや。お前がその手口だって言うなら、俺も乗ってやるよ。なにせ、ソレは生前、俺の上司も得意でなぁ!? やり方だけなら俺も知ってるぞぉ!?


「お前っ、まさか! こんな気の弱そうな女の子が殴られてるのは黙ってたのに、暴漢が犠牲になった途端騒ぎ出すなんて!? もしかしてコイツの仲間か!? イチャモンつけて食料を奪うつもりだな!?」


 俺は馬鹿に負けない大声で、ある事ない事言い始める。


 まさかそんな事言われるとは思ってなかった馬鹿は狼狽うろたえ、その仕草が逆に迫真のに変わる。


「なっ、違っ……」


「何を狼狽えてんだ!? 図星だったのか!? でも残念だったな! この子は俺が守ってる! 法律も無くて警察も居ない世界だからって好き勝手出来ると思うなよ!」


 はい。法律も警察も無いから好き勝手に暴漢を射殺した俺が通りますよっと。


「何やっても許される世界で、こんなか弱い女の子の顔が腫れ上がるまで殴ってでも人の物を奪いたかったんだろうけどな! 何でも出来るって事はお前ら盗っ人も酷い目に遭うって事なんだよ! 人のポイントで好き放題出来なくて残念だったな! お前らが犯罪行為に走るなら射殺してでも止められる世界で残念だったな! 頭の弱そうな奴らに演説して騙そうともしてたよなお前! あれも人から奪う準備だったんだろう!? ああ残念だったな! 次も犯罪の現場を見掛けたら同じ事してやるか! 悪人らしく震えて暮らせ!」


 こう言うのは言いたい事を言い切って逃げた方が勝ちなんだ。ちなみに必勝法だ。だって相手は後から何を言ったって『言い訳』にしかならない。


 しかも『正論っぽい』事を言えば良いだけなので超楽だ。だって『ぽい』で良いんだ。正論である必要は一切ない。


 俺は好き放題叫んだ後に、ミクちゃんを少し抱えてサソリくんの上に座らせて、そのまま小走りで広場を駆ける。


 後ろから「ち、違う! 俺はコイツの仲間じゃない!」とか聞こえるけど良いザマだ。


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