ハウジング。



 レティにショップメニューを出してもらったら、まず家の値段をチラッと見る。ハウジング解放したからちゃんとラインナップに不動産が増えてる。


 しかし、クソ高ぇ。買うのはまだ無理だな。最低で八桁だぞ。


 次に賃貸の値段を見ると、巫山戯ふざけた事に月極つきぎめ料金じゃなくて一日単位だった。


 だがよく考えると此処は神的な存在が用意したゲームの世界であり、地球じゃない。つまりこよみが無い。いや有るかも知れないが、地球の暦とは違うのだろう。


 なら月極めで貸せないのも当たり前か。一ヶ月って単位は地球の物だ。そんな明確な基準が無いこの世界で最も簡単に区切れる時間の単位と言うと、日が登って日が沈む『一日』なのかも知れない。


 ふむ、そう考えると普通のシステムだな。


「レティ、このハウジングに付いてるランクって?」


 俺はラインナップを見て得た疑問をそのままレティにぶつける。表示される物件にS〜Cまでの四段階でランク付けがされてた。


『ハウジングのランクとは、つまりハウジングのランクの事です』


「おい小○構文止めろ。お前分かってて言ってるだろ」


 んな事は分かってんだよ。俺はランク分けされてる基準が知りたいの。このランクからは庭があるとか、部屋がいくつ有るとか、そう言うのだよ。


「お前結構平気でボケるよな」


『お気に召しませんでしたか?』


「いや友人としては面白いから良いんだけどな」


『そうですか。ではご説明します』


 まずハウジングその物だが、外から見るとどれも大差無いように見えるが、さっき見たオッサンが蹴飛ばしてた見えない壁を超えると別空間みたいになってて、購入や賃貸したハウジングのランクによって別物となるらしい。


 要は、外から見るとどの家もCランクのしょぼい家に見えるが、敷地の中に入るとAランクの豪邸だったりする訳だ。


 敷地への入退場は家主が設定出来て、個人レベルでの識別も可能らしい。


 今まで触れられて来なかった狩猟組合ハンターギルドで何かしらの組織みたいなのを作れるらしく、その組織に所属してる奴は入れて他はダメ、みたいな設定も可能なんだそうだ。


 狩猟組合ハンターギルドの詳しい説明はまた今度と言われる。今はハウジングだ。


 Cランクは外から見たまま、昭和のトタン張り的な一軒家らしい。八畳一間で、土間の上で暮らす感じ。キッチントイレ家具付き風呂無し。キッチンは薪で炊く竈だ。


 Bランクは少し土間暮らしは変わらず、六畳一部屋と四畳二部屋に風呂と庭まで増えてランクアップ。


 Aランクは5LDK程の家屋で、全面土間タイプと土足厳禁の板張りタイプが選べる。土間タイプなら庭と風呂が広くて、板張りタイプだと最低限は現代日本人らしい生活が出来そうだ。


 Sランクは小城か豪邸か選べるってさ。…………小城? まぁ土足で動き回れて部屋が大量にある物件なんだろうな。…………要らね。


「Cだと日割り1000ポイント、Bで5000、Aで10000、Sだと50000か」


『ハウジングシステムでアップグレードも可能ですが、最初に契約したランクの施設が増設されていくだけです』


「例えばCなら、アップグレードしても広さが増えるだけ?」


『その認識で合ってます』


 なるほど。ならBだと部屋数が増えたり、庭が広がったりするだけか。


「購入する時に上のやつ選べば良いから、賃貸のうちは風呂が有れば良いかな。Bにしよう」


 ホログラムをぽちぽちタップして契約を締結。以後、日を跨ぐと勝手に俺のポイントから料金が引き落とされるらしい。


「それと、家具も選んで配置出来るんだな」


『レイアウトはハウジング内部でも可能ですが、購入は此処でのみ可能です』


『プレイヤー・アキラ様、少しよろしいですか?』


「んぉ? どしたの?」


 また放置する形になってしまってるミクちゃんだが、所在なさげにキョロキョロしていた。その手首にあるデフォルト状態のハントレットに声をかけられて、俺はメニューの操作を一旦止めた。


『ゲーム序盤ではBランクのハウジングでも一人では持て余すと予想されます。そも、初心者は軒並みCから始めるゲームデザインなので』


 そりゃまぁ、賃貸で五千だと安く感じるが、つまり十日で五万なのだ。地球基準で言うと月に都内でそこそこのマンションが借りれる金額だろう。だって生前のアイテム買うのに一円イコール1ポイントなんだから。初心者一人では手を出しずらいだろ。


 それは装備も充実してない序盤で、一人のプレイヤーが三部屋も使うかって言うと微妙だ。広さ的にも持て余す。精々寝床とリビングを分けるくらいか。どうせ居間リビング食堂ダイニングなんて分けて使うほど高尚な生活してねぇし。


「それで?」


『そこで提案なのですが、ミク様とシェアハウスなど如何でしょう? ミク様は料理もお得意との事ですから、多少は生活の助けになるかと』


「ぴゃんとれっとッ!? にゃに言ってぅのッッ!?」


 突然水を向けられた(向けられてない)ミクちゃんが顔を真っ赤にして手首に怒鳴る様子を見れば、今のはハントレットの独断らしい。へぇ、そんな事もするんだな。


 いや、そう変でもないか? 俺は自分でサクサクと行動するけど、ミクちゃんは見るからに自分から決めるのとか苦手そうだし。プレイヤーを補助する為に存在するハントレット的には、こう言う世話焼きも必要なのか。


 ふむふむ、なるほどな。持ち主の性格次第でハントレットは行動も変わると。結構面白い存在だな。


「まぁ、俺も一人暮らしが長いから料理くらいは出来るが、それも趣味って言う子より出来るとは思わんな。俺としては助かるし生活も華やかになるとは思うが、それでミクちゃんはどんなメリットを受けるんだ?」


 俺としては、自分の家に控え目可愛い女の子が同棲するぞ、料理も作ってくれるぞってだけで結構万々歳だが、それは俺のメリットだ。


 ミクちゃんからしたら、今日初めて顔を合わせた野郎の家で一緒に暮らすのだ。身の危険だってあるだろ。俺だって男だしな。


 このゲームは自衛が基本。秩序も治安も自助努力で何とかしろとレティがさっき言ってたし。ならばミクちゃんは自分の身は自分で守らなきゃいけない。


 仮に、俺と一緒に住んでミクちゃんが俺に襲われたら、それはミクちゃんが自衛出来なかったのがマヌケってだけなのだ。この世界に児童略取を罰する法律も、淫行条例も存在しない。例え今この場でミクちゃんを使も、俺は悪くないのだ。


 しかし、ハントレットは思わぬ反論をする。


『恐れながらプレイヤー・アキラ様。貴方様は素晴らしいプレイヤーです』


 え、なんか突然褒められた背中痒い。


『初動の速さ。我々ハントレットと言う得体の知れない擬似知性を最初期から信用し、そして正しく運用し、そのついでに周囲のプレイヤーに対する気遣いまでする人間性を持ち、ゲーム開始一時間以内で単身フィールドへ出る度胸と行動力。更に森ではほぼ最短でレベリアストを見付けてコレを討伐する技術と知識。恐らく、当サーバーに来られました同ロットの全プレイヤーと比べましても、プレイヤー・アキラ様は確実に上位に位置する方でしょう』


 なになに、褒め殺そうってか? 止めろそれは俺に効く。マジで背中が痒い。


『当ゲームの秩序はプレイヤー皆様の自助努力によって成り立ちます。それは、つまりのもプレイヤー次第なのです。そんな当ゲーム空間に於いて、生前高校二年生だった非力な女性プレイヤー一人が活動していること自体が既にマイナスです』


「あー、そうか。つまり、周りの奴らにと思わせたいんだな? 要は俺の女に手を出すな的な?」


 一緒に住んでる時点で、当然ながら一緒に生活しても良いと思えるだけの仲だと周りに見せられる。もしミクちゃんに手を出したら、一緒に暮らしてる弓馬鹿が黙ってねぇぞって言外に脅せるんだ。


 実際に俺とミクちゃんがどんな関係かはこの際どうでも良い。周りの奴らがどう思うのかだけが重要だ。


『ご明察の通りです。加えて言うならば、例え貞操の危機であろうとも、その相手がプレイヤー・アキラ様であるなら悪いようにはならないとの判断です。仮にミク様が此処でプレイヤー・アキラ様と組まずに活動したとして、プレイヤー・アキラ様のよりも優しいパターンは、極稀かと』


 それもそうか。


 俺がミクちゃんに欲情して手を出したとして、そしたら俺は多分ミクちゃんの事を大事にするし、気を使う。ミクちゃんがそれを喜ぶか否かは置いといて、というか襲われたんだから十中八九嫌がるだろうけど、庇護しようとは思う。


 だけどほかの場合は? 此処でミクちゃんと俺が別れて行動した場合は?


 ………………ろくな未来が待ってるとは思えねぇな。善良な人しか居ない奇跡みたいなグループに参加出来れば良いけど、そうじゃなかったら騙されて貞操散らされたり、なんなら複数からオモチャにされる可能性だってある。


 俺の盾になってくれた時は勇敢だったが、それ以降は見るからに自己主張しなさそうな、大人しい女の子だ。強めに迫られたら何も出来ないだろう。


「まぁ俺も理性のない獣じゃ無いからさ、ミクちゃんに酷いことをするつもりは無いよ。やっぱ俺も男だから、絶対何もしないとは確約出来ないけど、努力はする」


 うん。確約は無理だよ。性欲って感情の部類だからさ。人は行動の約束は出来ても、感情の約束は出来ない生き物だ。殴らないと約束出来ても、ムラムラしませんとは約束出来ない。


 そして男って生き物は一度ムラムラすると知能指数が八割程落ちるからな。理性的な思考とか無理なのよ。努力はするけど。


「えーと、それで、ミクちゃんはどうするの? どうしたい?」


「ふぇぁっ!? ぇと、あぃぇ……」


 人の顔って此処まで赤くなれるのかって、一種の感動さえ覚える程に赤面したミクちゃんに聞く。これはあくまでミクちゃんの事であって、決定権はミクちゃんにある。ハントレットはオススメをしてるだけ。ハントレットに決定権は無い。


「あにょ、しょの、ぇう……」


「いや、勿論無理にとは言わないよ? ほら、ミクちゃんハウジング解放されてるだろうし、ハウジングの中だけは治安最強だろうから」


 なにせ、許可が無い奴ら見えない壁に阻まれて何も出来ないからな。危なくなったら走って家まで逃げれば良い。


「……ぇと、そにゃぁ、ぇう、おねっ、おねがぃ、しまっ」


 しかし、ミクちゃんは何かを決断したらしい。でも良く聞こえねぇ。


「ん? え、今あれ、もしかしてお願いしますって言った? 聞き間違いか?」


 今聞き間違いで話しが進むと取り返しが付かないから、ラノベの難聴系主人公みたいな事を言いたくは無いが「え、なんだって?」と聞き返さなくちゃならない。ここで「じゃぁよろしくね」ってなって、実は全然そんなつもり無かったとなったなら、お互いに致死性のダメージを受ける。


「は、はひっ、おにゃが、しまっ……」


 だか聞き間違いじゃ無かったようで、ミクちゃんは噛み噛みながらも何回も頷いて意思表示してくれた。


 まぁ、でも、あれだな。こんなに恥ずかしがる女の子と暮らすなら、めっちゃ気を使ってやらなくちゃな。


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