ぎゅってなる。



 かっこいい弓を射るその人は、アキラさんは、とても綺麗だった。


 茂みに隠れながら見守る私は、その光景をずっと見ていたいと思ったくらいで、それは一つの芸術なんじゃないかとさえ思った。


 木の影から遠くを見て、膝立ちで、綺麗で洗練された姿勢で、次々と矢を射るアキラさんを、私はずっと近く遠くで眺めてた。


『……ああ、マズイですね。ではミク様、予定通りに覚悟を決めて下さい』


「う、うんっ……」


 私のハントレットが言うには、この世界はゲームであり、殆どは現実世界と同じように処理されるけど、中には完全にゲームとしか言えないような機能もあると言う。


 その一つが、さっきハントレットに促されるままにアキラさんを真似して『薬草』を売り払ったシステムと、その時に行われた実績解除。


 そして、開放された新機能アイテムポーチ。


 十種類までのアイテムを、まるでデータとしてメモリーにでも保存するかのように、実態も無く収納出来る不思議な機能。ともすれば、本当にゲームみたいなシステムだった。


 私はアキラさんのお零れで解除出来たけど、アキラさんは自分でそれをやった。凄すぎて尊敬する。


 私なんて、何が居るかも分からないこんな森に、一人で入るだけでも怖過ぎて泣いちゃいそうなのに、そんな場所に堂々と踏み入って、先を見据えてアキラさんは、とても、とても大人なんだと思う。かっこいいなぁ……。


 私が今、安全に森を歩けてるのも、アキラさんの後ろを追い掛けてるからだってハントレットが言う。ハントレットはアキラさんを凄く褒める。


 曰く、慣れた森ならまだしも、初めて入る森での歩き方としては完璧。足音を殺し切る適切な足運びや、道の選び方は非の打ち所が無い。


 曰く、木の影に入る何気ない動きでさえ、周囲を警戒しきって、敵から見付かりにくい場所と入り方をしてる。是非アレを真似しろ。


 曰く、見付けた足跡から正確に戦力を把握して速度を更に落とした。近付き過ぎると返り討ちに逢うのだと足跡だけから読み取った行動は完璧を通り越していっそ笑える。


 等々、大絶賛だった。


 何も知らない私には、ただ森をゆっくり歩いてるだけにしか見えないのに、アキラさんはそんなに沢山の事を考えながら動いてるんだ。す、凄過ぎる…………。


 ハントレットは、『生き残りたかったら、アキラさんの真似をしてお零れに預かりましょう』って方針らしい。


 そんな、恩人にたかるような事はしたくないけど、でも、私みたいに料理しか取り柄の無い高校生が一人で居たら、きっとすぐ死んじゃう。


 恥知らずかもしれないけど、私はその恥を忍んでアキラさんの後を追い掛けてきた。


 それで、あわよくば、アキラさんが危ない目にあったら死なない程度に身をていして守って、恩を売って交渉しようとハントレットは言う。


 い、嫌だなぁ……。


 アキラさんを助けるのは良い。死なない程度なら、恩人の為に身を呈するのも良い。


 けど、それをダシにして恩人に交渉するのは嫌だなぁ。恩返しって事じゃダメなのかなぁ。ダメなんだろうなぁ。


 そんなモヤモヤした気持ちで居ると、アキラさんは何かを見付けて弓を構え始めたんだ。


 本当に、綺麗だなぁ。


 でも、その後は綺麗だとか言ってられなくなった。


「きょっ、恐竜っ!? この世界は恐竜なんて居るのっ!?」


 アキラさんが弓を射ってると、遠くから恐ろしい生き物が凄い勢いで走って来て、私はアキラさんが何を攻撃してたのかをやっと知ることが出来た。


 あれ、私でも知ってるよ。子供の頃に見た恐竜図鑑とかに乗ってる、ディノなんとかって言う恐竜でしょ? こ、怖過ぎる……。


『レベリアストです。群れで行動する肉食性のモンスターですので気をつけてください』


 そうして、恐ろしい生き物レベリアストと戦うアキラさんを見守ってると、なんとアキラさんは矢が無くなってしまった。


 ハントレットがマズイと言って、助ける用意をしろと言う。ダンボール鎧の腕を口に噛ませれば、とりあえず即死はしないと教えられる。即死しなくても凄い怖い…………。


 でも、弓にくっ付いてた矢も、腰に付けてた矢も、全部なくなっちゃったアキラさんが、恐竜に襲われそうになってる。矢が無いアキラさんはもう攻撃が出来ないのに。


 た、助けなきゃ!


「クソがっ、殺ってやらぁ!」


 叫びを聞いて走り出すと、アキラさんがナイフを持ってるのが見てた。


 矢が無くなっても、アキラさんは戦い続けるつもりなんだと知った。なんて勇敢な人なんだろう。私だったら、矢が無くなった時にきっと諦めちゃう。


 足の遅い私じゃ、もしかしたら間に合わないかもしれないけど、でも、私はあの勇敢な人を助けたいと思ったから、頑張って走るんだ。


「ダンボールアーマー作って良かったぜコンチクショー!」


 また叫ぶアキラさんの言葉を聞いて、たしかに、アキラさんが教えてくれたこの鎧を着てなかったら、どうなってたかを考える。


 きっと噛み付かれるのが怖くて、私は動けなかったと思う。


 でも、アキラさんの優しさがあったから、私は今、走ってる。動けてる。アキラさんを助けられる。


 ああ、情けは人の為ならずって、本当なんだなって思う。私達を助けてくれたアキラさんの優しさが、今、アキラさんの為になるなら、私はもっと頑張れそうだ。


 ダンボールアーマー、だっけ? うん、着てて良かったですよね。


「ホントですよねぇえッッ……!」


 段々楽しくなって、私も叫んじゃった。こんなに大きな声を出したのは何時いつぶりだろう?


 ビックリして振り返るアキラさんを追い越して、怖い顔で走ってくる恐竜に対面する。…………こ、怖過ぎるっ。


 でも、頑張れる!


 恐竜が私とアキラさんを食べようと大きな口を開けるから、私は自分の腕を叩き込むように差し込んだ。犬が骨を咥えるみたいに、恐竜の口も閉じて私の腕が噛まれる。


 い、痛い!? 凄く痛いっ…………!


 でも、でも……! ダンボールアーマーがあるから、痛いだけだもん!


 痛くて頭が真っ白になって、恐竜と一緒に地面に転がる。恐竜は小さな前脚で私に抱きつくように、爪をガリガリ立てて引っ掻こうとする。


 ひ、ひぃいっ、本当にダンボールアーマー着てて良かったよぉ……!


「お嬢ちゃん大丈夫か!?」


 何がどうなってるのか分からない私は、パニックのままにアキラさんから助けられた。


 気が付けば、恐竜の首にはアキラさんのナイフが刺さってて、ぐったりして、もう動かなくなってた。


 助かったと分かった私は、肩を抱いて助け起こしてくれたアキラさんの顔を見る。…………あ、えっ、じっくりお顔を見るの初めてだから恥ずかしい。


 ダンボールアーマーの時も見てたけど、ちょっと遠かったし、アキラは手首とダンボールを見ててこっち見てなかったし、追い掛けてる間は後ろ姿しか見てない。


 こ、こんな顔してるだ。…………ちょっとお目々が怖いけど、かっこいい人だなぁ。


 そう思うと、突然私は自分が凄く恥ずかしくなって慌ててしまう。地面をゴロゴロして汚れてるし、髪もボサボサになっちゃって……。


「ん、どうした? 怪我したか? 噛まれた所が痛いのか?」


「えと、そのっ、私いま、酷い格好して…………」


 恥ずかし過ぎて涙が出そうになって、顔も熱くなって、もう何が何だか分からなくなって……、そしたら、アキラさんが「ぶふっ」と吹き出した。わ、笑われちゃった。


「ああ、たしかに酷い格好だな」


 そう言われて、心が冷たくなるのを感じる。そう、だよね。こんな格好の女の子なんて--…………。




「死ぬかも知れなかったのに、命懸けで俺を助けようとしてくれたんだろ? 今のあんたは確かに、。…………ああ勿論、嫌味じゃねぇぞ? ほら、顔上げろよ。恥ずかしがる事なんて少しもねぇから」




 …………………………………………ぁぅ。




 ま、待って欲しい。そ、そう、そう言うのは狡いと、思いますっ。


 あぅ、だめ、もっと顔が熱くなって、アキラさんのお顔が見れない。


 胸が、胸がぎゅってなって、痛いよぉ…………。


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