ダサい英雄。



 突然、お前は死んだって言われても分からない。納得出来ない。ただ混乱するだけだった。


 それでも逆らう事は出来ず、声を出すクリスタルを攻撃していた人達もやがて疲れ果てて、どうしようも無くてゲームに参加するしかなかった。


 私も、混乱して、泣き出して、結局はゲームに転送されるしかなかった。


 選べと言われた生前の道具は、趣味の料理道具が入ってるバッグを選んだ。お父さんがキャンプ好きで、現地について行ってその場で料理するのに、調理器具や調味料、スパイスが一通り入った大きなバッグが私物にある。


 勿論、包丁も入ってるから、一応は武器にもなるはず。


『では、プレイヤー・ミク。良い死出の旅を』


 何が、死出の旅だ…………! 憤り、私もこのクリスタルを蹴飛ばしてやろうかと思った。けど、転送は足から分解される仕組みだったから無理だった。蹴ろうと思った時にはもう、私の足は分解されて此処には無かったから。


 それで、転送された先は建物の中だった。

 

 イメージはそのまま学校の体育館みたいで、天井が高くて四角いフロアに、壁には光彩用の窓が並んで、床には色んな椅子がバラバラに置いてあった。


 それで、それから…………、いや、これから、私はどうすれば良いのか分からなかった。


 あのクリスタルは、危ない事をして死ねと言ってた。何かと戦って倒して、その死体を売らないとお金みたいな物が稼げないって。


 お金が無いと、食べ物も買えないんだろう。だから、戦って死ぬか、飢えて死ぬかの二択なんだ。


 だって私は、普通の高校生だ。狩猟? なんて、経験無い。


 それに此処は、ゲームみたいな場所らしい。普通の鹿とか猪よりも恐ろしいモンスターだって居るかも知れない。そんなの、私に倒せっこない。


 こんな、普通のブレザーを着た16歳に、戦いなんてできる訳が無い。バッグの中の包丁なんて持ち出しても、私には仔犬すら倒せる気がしない。


 もう私は、このまま死ぬしか無いんだ。






『ああ、なるほど。自作のプロテクターにするのですね』






 そうやって絶望する私の耳に、無機質な声が聞こえて来た。


 さっきまで聞いてたクリスタルの声と瓜二つで、凄くイライラする声だった。


「そうそう。ラップってグルグル巻きにすると、意外とカッチカチになるからな」


 声の方を見てみると、一人の男性が自分の手首に向かって喋ってた。髪は黒くて少し長い感じの、色々とツンツンした雰囲気がある二十代の後半くらいに見えるお兄さんだ。少し声が大きいが、そういう人はたまに居る。


 お兄さんの足元には黒い箱があって、それはクリスタルが生前の道具を呼び出した物にそっくりだ。そこから取り出したのか、…………厚紙の太いパイプと、ラップ? なんで?


 えと、あのお兄さんは、いったい何をしてるの?


 あまりにも変なことをしてるので、気になって、観察してしまった。


 すると何となく、身を守る為の防具を作ってるんだと分かった。


 そのまま観察してると、お兄さんは切り分けた厚紙パイプにラップをたくさん、ギッチギチに巻いて『紙とビニールで作った鎧パーツ』を作った。


 それを腕や足に身に付けて、その上から更にラップを巻いて体に固定した。


 正直、凄くかっこ悪い。なんでそんな、小学生の工作みたいな事をしてるんだろう? 凄く活き活きしてるけど、もしかして私みたいに絶望して、おかしくなっちゃったのかな。


 周りで見てる人も、哀れんだり鼻で笑ったりしてる人が沢山居る。多分、私も似たような顔をしてると思う。


『関節や胴体はどうするのですか?』


「こうする」


 相変わらず手首と会話をしてるお兄さんは、また新しく黒い箱を床から呼び出して、今度はダンボールと…………、あれは子供が自転車に乗る時使うプロテクターかな?


 あれは、もしかして買い物をしてるの? お金はどうやって用意したのかな。ひょっとしたら、最初から皆、少しは持ってるのかな。


 観察を続けてると、お兄さんはそのダンボールを使って、今度は胴体の鎧を工作て作り上げた。やっぱりとてもかっこ悪い。


「どうよ?」


『見た目は犠牲となりましたが、防御力は充分ですね』


 自分の手首にも見た目は犠牲となりましたカッコ悪いって言われてるのに、お兄さんは笑ってる。やっぱり、頭がダメになっちゃったのかな。


 …………そう、思ってた。




 でも、ダメなのは私達だった。




「ははっ、見た目に命を賭けたい奴はそうすりゃ良いんだよ。俺は違うから、こうやって見た目を犠牲にして防具を作った。ラップとダンボールなら誰でも用意出来るだろうし、材料費安いからな。初期ポイントでも充分な物を用意出来たぜ」




 そうか。そうなんだ。


 お兄さんが口にした初期ポイントって言うのは、やっぱり皆が最初から持たされてるお金があるんだろう。お兄さんの口ぶりだと、多分そんなに多くないだ。


 それで、お兄さんはそのお金ポイントをやりくりして、懸命に生きるための道具を作り上げた。生きる為に。死なない為に。


 なんで私はさっきまで、お兄さんの事をカッコ悪いだなんて笑ってたんだろう。


 死にたくなければ、身を守る。守れないなら、その為の道具を作る。当たり前だ。凄く当たり前の事だ。


 お兄さんはなにもオカシイ事して無かったのに、小学生のダンボール工作みたいな見た目のせいで、ただカッコ悪いと思ってしまった。


 馬鹿なのは私だった。戦えないなら、仔犬にも負けるって言うなら、仔犬に噛まれても大丈夫な鎧を作れば良いじゃないか。そうすれば生きれるじゃないか。


 そうだよ。出来ることは有るんだよ。お兄さんがそれを教えてくれた。


『………………お優しいのですね』


「……んー? なんの事だ〜? 俺には分からんなぁ」


 ワザとらしい大声も、私達に教える為だったのか。もう、お兄さんの手首が言う通りに、『お優しい』人だ。


 お兄さんを見て鼻で笑っちゃう様な私達なんて、ほっとけば良かったのに。


 最後にまた何やら買い物をしたお兄さんを見送りながら、周りで見ていた人は一斉に動き出した。


 わ、私も防具作らなきゃ!


 さっきまで呆然としたり、絶望したりしてたのに、皆がワイワイと声を出して工作を始める。


 そんな中に、「あのダサい英雄の防具を--」って言葉が聞こえて、私は少し笑ってしまった。


 うん、ダサかった。ダサかったけど、英雄だったよね。私達の目に希望を灯した、ダンボールの鎧を着た英雄様。


「……えと、たしか、ハントレット、だったよね? 私もお買い物って、出来ますか?」


 私もお兄さんの真似をして、自分の手首に話し掛ける。


『--起動完了、マスター認証開始。…………プレイヤー・ミク様のパーソナルデータを確認』


 青銀の刺青いれずみみたいな腕輪が、光って皮膚から剥がれる様に浮いて、本当の腕輪みたいになってから手首の周りを回転しだす。


『プレイヤー・ミク様をマスター登録完了。システムオールグリーン。…………ようこそミク様。ハンティング・リィンカーネーションの世界へ』


 やっぱり、私も少し頑張ってみようと思う。死ぬしか無いって思ったけど、死なないで済む方法だって探せば見付かる気がして来たから。


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